楽園遊記

紅創花優雷

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後編

大切なあなたは、もういない。

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 栗三号はとても早い。乗り心地もいいしスピードも申し分なし、ただ、障害物に当たったらそれがどんなものであろうと一発で壊れるという代償つきで。
 白刃の誘導で、その場所にはあっさり辿り着いた。これもまた、最初に龍ノ川に行った時と同じだ。
 降り立って栗三号を回収すると、よく感じてみれば確かに力の歪みを感じる。ここに結界があるのだろう。
「確か結界があるんですよね。どうやって解除するんでしょうか」
 下手に触れないように、少し離れた所で言う。
「そういや、最初に会った時さ、鏡月が結界張ってたろ? あれと同じ奴だったりしない?」
 最初も最初の話、鏡月の中に寄生虫がいた時だ。彼は白刃達から逃げる途中に、結界らしく物を使って一時道を塞いだ。あれも結界だし、この結界を解く事が出来たりしないか。山砕が言いたいのはそう言う事だ。しかし、それは違う。
「あれは結界の下位互換だ、結界と違って誰でも破壊できる」
「そっか」
 やはりそう簡単にはいかないかと、残念そうに返事をする。
 じゃあどうしようかと三人が考えていると、白刃がそれを横目に一本の木に触れる。
「白刃、なんかあったん?」
 尖岩がひょこっと顔を出して、白刃に尋ねる。その次の瞬間だった。
 聞いた事のない音が聞こえ何かと見てみれば、なんと驚き、白刃がその木を根っこから引き抜いていたのだ。
「ぅええええええ!?」
「ちょ、え、白刃!?」
「わあぁ、凄いです白刃さん!」
 三人がそれぞれの反応を見せ、そこにいるだけでひっこ抜かれた哀れな木は結界のある方に投げ飛ばされる。
 ぱりんとガラスが割れたような音がして、そこにあった歪みが消える。
「よし、壊れたな」
 ごく普通にそう言った。
「よし、じゃねぇよ! え、木、木を……?」
「あ? 別にそんな騒ぐ事じゃないだろ。塞がれる前に行くぞ」
 騒ぐことではない、木を引っこ抜いて、それを軽々しく投げておいてそれを言うか? ちなみに、牢屋の鉄格子と森の木、どちらが強いのだろうか。
 一つ言える事は、彼奴は怒らせちゃ駄目だと言う事だ。
 結界があったところをくぐれば、正常通りに繋がりを戻した空間は、素直に白刃達をその先に進ませる。
 真っ直ぐ進めば、すぐそこに屋敷があった。しかし、第二組織の本部よりも小ぶりの、金持ちな家族が住んでいる家にしてはやけに広い家と言った感じだ。
 ここが、魔潜の第一組織と呼ばれる場所。こんな人の入らない森の中にあるとは、そりゃ長い事四壁が探しても見つからない訳だ。しかも、結界も張られてしまってはこの広い世界の中、ピンポイントで探し出すのは不可能に近い。
「なぁ、念のためお師匠さんとかに報告した方が」
 尖岩が言葉を言い切る前に、茂みの中からひょっこりと出てくる双子がいた。
「あ、来た!」
「本当だぁ!」
 金砂と銀砂の双子だ。二人はそこから出てくると、四人の前までやってくる。
「付いてきて! かあさんが待っているんだ、おっきな白龍もそこにいるよ!」
「あれ、けど今はちっちゃいよ? 僕等でも抱っこ出来るもん!」
「あ、そっかぁ。とにかく、付いてきて!」
 二人はとことこと家に入り、「「こっち!」」と声を合わせて四人を誘う。その先の部屋で、金砂と銀砂は中に駆けこんだ。
 部屋の中には黒髪の女が待っていた。彼女は双子が入って来ると「あら」と小さく声を漏らす。そして、金砂と銀砂は母親の足元でぴょんぴょんと跳ねた。
「かあさん! しっかり案内したよ! ね、金砂」
「ね、銀砂! だから、かあさん!」
「「お小遣いちょーだい!」」
 どうやらそれ目当てだったよう、そりゃ気合の入っている訳だ。
 お手伝いをしてお金を手に入れる、よくある幼子の手段だろう。ちなみに尖岩もやった。
「あらぁ。じゃあ、そのセリフをそっくりそのまんま汰壊に言いなさい」
 これは母親のよくやる手段。旦那に放り投げるアレだろう。それを受けた双子は、元気よく手をあげ返事をする。
「「はーい!」」
「どのくらい貰えるかな? 金砂」
「いっぱいもらえると良いねぇ、銀砂」
 四人を素通りして、父親に小遣いの催促をしに行った。
 ぱたりと扉が絞められてから、その女は広げた扇の下で笑みを浮かべる。
「初めまして。ワタシは扇羅、巷の言葉で言えば『魔潜』ってやつねぇ」
 ここにいる時点で確実に一般人ではないのだが、確かに彼女は魔潜の人間だ。白刃は色々と言いたい事も訊きたい事もあったが、まずは切り出しとして一つ疑問を問いかける。
「第一組織のお前に訊く。魔潜の目的は何だ」
「目的だなんて大それたモノはないわぁ。これはワタシの、趣味なの。まぁ、ボスにはまた別の思惑があるのでしょうけどねぇ。それは、ワタシには関係のない事よねぇ」
 目を細めた彼女は、心から愉しそうで。まさしく愉快犯であった。
 そんな事で、沢山の犠牲者を出したのだ。
「アナタにはなぁい? 他者を虐めて得る快感が、気持ちいと感じる事」
「否定はしない」
 依然と怒りを孕ませたまま、真顔でそう答える白刃。その怒りは主に、愉快犯の今までの身勝手な行動に対してではない。
 出来れば否定してほしかったが、ここで白刃がいいえと答えても説得力はないだろう。
「そうよねそうよねぇ。だって、アナタのその魔は、ワタシと同じだもの」
 扇羅が瞳を歪めたその時、身が震えるほどの魔が彼女から溢れ出した。
 形を持たない黒い靄、人間の悪い感情。多く持ち過ぎれば、人は魔に堕ち「魔の者」へと変わる。人間として大事な全てを無くし、意思を無くした哀れな成れの果てへと変貌してしまう。
 何故あんなにも魔の者が存在しているのか。理由は簡単、魔は、誰しもある心の弱みを突けば溢れ出すのだ。
 彼女が手で合図を出すと、その魔は散り、宙で四つの球体に変わる。球は地面に落ちると、ぐにゃりと姿を歪ませる。
 そこに現れた者は――
「寝心ちゃんが作ってくれた最高傑作よぉ。よくできていると思わなぁい?」
 扇羅が笑う。その目に映っているのは、驚きとその他様々な感情を含ませた彼等の顔だ。
 魔の者が姿を変えた。しかもそれは、もうこの世にはいない人。
 何事もないのは、尖岩だけだった。
「まお、ちゃん? 猫ちゃんなの?」
 山砕の問いかけに応えるように、それは可愛らしく微笑む。山砕が飛びつくと、彼女はそれを何も言わずに受け入れた。
 可笑しい。どう考えてもあれは「魔の者」だ。しかし、尖岩でもそうではないと思ってしまう。
「おい山砕! それは魔の者だぞ!」
 声を掛けるが、聞こえりゃしない。これは不味い。
 他の二人は大丈夫かと窺うと、鏡月の前の魔の者は、彼によく似た大人の姿をしている。直ぐに分かった、あれは鏡月の父、花水の姿だ。白刃の前にいるのは、彼と同じ白髪の美しい青年。察するに、彼の実父だろう。
「ぱ、ぱ……。パパ、パパ……ごめんなさい。僕、が……ごめんなさいっ……」
「お、おい鏡月。鏡月!」
 鏡月も意識を持っていかれ、虚像を前にひたすら謝り始める。声を掛けてみるが、こちらも聞こえている気配がない。
 漬け込まれている。魔の者が相手の心を読み取り、最もそれに衝撃を与えられる人の姿を見せているのだろう。心の引きつけ、離さんとして。
 ただ白刃は完全には嵌っていなさそうだ。何も言わず、立ち尽くしている彼に声を掛ければ、少しだけ返答があった。だがそれでも「あぁ」という軽い返答のみ。その意識は完全に向こうに取られている。
 尖岩はくっと声を漏らし、扇羅を怒鳴る。
「おい扇羅、何がしたいって言うんだよ!?」
「言ったでしょ、ワタシは他人の出す魔が大好きなのぉ。けど、不思議なモノねぇ。アナタ、人を失った事はないの?」
 不思議そうに尋ねてくる、何かを失った事はないのかと。
 三人の前に現れている者を見るに、その条件は自分に関わった故人だろう。しかし、考えてもみてほしい。尖岩がどこで育ち、そして五百年間も何処にいる羽目になっていたのか。
「あるわけねぇだろ! 赤子ん時から天ノ下で育って、そん後ちょっと下で遊んだだけで、それから五百年は牢屋の中だわ!」
 この状態でどうやって人と関われと。あったとしたら、店員と客と言う一時の関係。後は森にいる大勢の猿だ。
 自分の人生の薄っぺらいモノときたら。しかし、この状態でそれを嘆く事は出来ない。どうにかして、こいつらを引き戻さねば。
「あぁもう、鏡月! しっかりしろって、な? 三歳児はもういい加減吹っ切れろ女々しい奴だなっ!」
 そうは言ってみるが、どう足掻いても二人の意識は向こうにある。
「言っとくけど白刃もだぞ! 親の事は覚えてないから他人と同じって言ったのお前だぞ、何普通にダメージ受けてんだよ!」
「うるさい……俺だって、そう思ってるんだよ」
 白刃の押し出すような返答。彼も必死に、魔に抵抗しているのだろう。しかし、正常な意識を保つのに精一杯だ。
 これはもう、本人ではなく魔の者をどうにかするしかなさそうだ。
「お前等、これは魔の者だからな。悪く思うなよ!」
 尖岩は力を活性化させ、花水の姿をした魔の者に殴りかかる。所詮は魔の者、ろくな戦闘は出来ないだろうと勘ぐったのだ。
 しかし、それは違った。拳が当たるその直前に、花水の姿がふっと消え、背後に回った。ほんの一瞬の事だった、背中に術によって作り出された弾が直撃し、背から腹にかけて衝撃が走った。
 地に足を付けると、そこに術が発動された。力によって作り出された鎖が、尖岩の腕に巻き付いたのだ。
「なっ……魔の者じゃなかったのか?!」
 驚いている暇も束の間、己の影が動き出し、体がそれに連動する。尖岩は術について詳しくないが、不味いと言う事だけは分かった。
 体が勝手に動き、自分の意思に関係なく首を締めようとしている。必死に抵抗するが、動きが鈍るだけだった。
 頭をフル回転させてみる。どうすればいいか、動きを操作されていると言う事は、術者に一撃攻撃を入れなければならない。どうやら、相手は「魔の者」と一括りに入れてはいけないらしい。
 意識の中で術に抗う。その時、向こうで鏡月が何かを感じて意思を取り戻した。
「……っ、尖岩さん」
 そこで、何がどうなっているかは理解したのだろう。
「パパ、やめてっ!」
 その叫びで、術が緩まる。尖岩はそれを見逃さず、すぐさま術を破った。
 花水の姿をしたそれ反応は、ただ単に声に驚いただけのようには見えなかった。尖岩はそれが何かを考え付き、ふっと笑う。
「なるほどなぁ……記憶の中にある物から、実物を写し取ったって所か。どーりで術が使える訳だ」
 これがただ姿形を作るだけなのであれば、相手が大切な人を前に怯んでいる所を問答無用で襲えばいい。それをしないと言う事は、多少なりとも感情も写し取っているのだろう。勿論、完全な複製ではないのだろうが。
「あら、正解。流石大悪党ねぇ」
 尖岩の叩きだした正解に驚いたような顔をする扇羅。これに関して大悪党は関係ないと思うが。
 とにかく、あれが何かは分かった。となれば後は、対処をしなければならない。幸い、他の二人への魔の者は何もしていない。正確に言えば、結猫は山砕と抱き合っているが。
 結猫は一般的な女の子だ、力もなければ術も使えない、とりあえずは存分に思い出に浸らせても大丈夫だろう。
「鏡月。いいか、あれはお前の父さんじゃなくて、魔の者がその形をしているだけだ」
「目瞑っとけ。それでも、父親の殴られる所なんて見たくねぇだろ」
 尖岩は握った拳に力を籠め、飛び上がる。どんなに写し取ろうと、魔の者は魔の者。そうでなくても、人間殴り続けりゃ死ぬ。
 避けられても、すぐさまターンしてもう一度取っかかる。相手はそれに追いつかず、まずは一発入れる事が出来た。
 魔の者自体は脆かったようで、その一発で大分怯んだ。それにより、姿だけではなく実力のコピーも大分劣ったようだ。数発入れ、花水の姿をしていた魔の者は姿を消す。
「鏡月、もう大丈夫だぞー!」
「は、はい」
 ショックはそれなりにあるのだろう。鏡月は落ち着かない様子で返答をし、自身の服の袖をぎゅっと握る。後で美味しいモノでも食べさせてやろう、そう決め尖岩は次に移る。
「白刃、もう少し耐えててくれよ! 先に山砕どうにかすっから!」
 そう声を掛けるが、向こうも必死で返答はない。それ以上は何も言わず、尖岩は山砕の近くに立った。
 そして次の瞬間、山砕を殴った。
 そうすると、山砕の意識が覚めたようだ。
「ったいなもー! なんで殴るのさ!」
「正気に戻すにはこれが手っ取り早いだろ、三歳児」
 ちらりと結猫を見ると、彼女はおろおろと山砕を心配しているよう。まるで本物と同じような行動だ。
「悪く思うなよ三歳児! これが本物の奥さんなら、こんな事しないんだぞ!」
 断りを入れてから、尖岩は彼女の腹に蹴りを入れ、その後に一発だけ殴り飛ばす。その画ずらだけ見れば、自分はか弱い女の子に暴力を振るう悪い男だなぁなんて思いながら、完全に変身が解けた魔の者に力を打ち込む。
「ふぅ、こっちは楽で良かったぜ」
 一仕事を終えたが、魔の者はまだ残っている。
「白刃」
 声を掛けると、頭の輪を締められる。この期に及んでなんなんだと白刃を見ると、彼は口を開く。
「人の弱みに付け込むやり方、私は好きではありません」
 何故ここで外面対応なのだと思うが、それを言うより先に、白刃は先ほどまで怯んでいたのが嘘のように刀を抜き、素早く父親に斬りかかる。
 相手もそれに応える。同じ純白の刃が重なり、金属が擦れ合う音が響いた。しばらくその音が続くと、白刃が押し切り、春風が飛ばされる。
「父よ、『白刃』は貴方を覚えています。ほんの一瞬だけ顔を合わせただけですが、確かに貴方と母の心は伝わっていました。強がってはいますが、本来あるべきであった道を望んでいる。これは事実です。しかし、失う事で得た今を愛しているのもまた事実」
「明らかに矛盾しておりますが、どちらも誠なのです」
 それは、自分の事を言っているようで、第三者として語っているようでもあった。集まる三人の視線、しかしそれは意に介さず、続けて語り掛ける。
「私を再びこの世に産まれさせてくれた貴方達には感謝しております。だからこそ、貴方は今ここにいるべきではない」
「その時が来たら、私も喜んで貴方の子となりましょう。ですから今は、『またいつか』と言わせてください」
 自身のその力を手に浮かび上がらせ、打ち込む。消える直前、それは微笑んだように見えた。
 事を済ませ、白刃はふうと息をつく。
「し、白刃、だよな?」
「えぇ、そうですよ。私も白刃です」
「よく頑張りましたね尖岩。いい子ですね」
 にこりと微笑んで、子どもを褒めるかのように尖岩を撫でる。その後、すんといつもの白刃に戻り、扇羅を見た。
「本題が遅れたが、扇羅。覇白はどうした」
 そうだ、魔の者のせいで大分話がそれてしまったが、それが本題だったのだ。
「あら、それが本題なのねぇ。まぁいいわ、十分面白い物を見せてもらったし」
「紅蛾~? そっちはどうかしらぁ?」
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