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サクラ
1.春の泣き虫
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例年より早めに咲いた桜が、ところどころ花を残し、青々とした葉を伸ばしていた。
散っていった花々は、側溝の隅にヘドロのように固まっている。
サクラには、それが自身の未来を暗示しているように見えた。
深夜2時、横浜駅。終電はとうにない。
それでも人は賑わい、集い、騒いでいる。
背中に背負うアコギがいつもよりも重く感じられた。
(今日もどうせ、みんな自分のことで精一杯だろうなあ)
ビブレ前の広場に陣取り、ギターを構えたサクラは、誰も見向きしない現実に小さく溜め息をつきながらも、ピックを握りしめた。
刹那、正面に座り込む中年男性がこちらを見ていることに気付く。
男の空気感の違いに、サクラは息を呑んだ。
(この感じ、前にも……)
強烈な既視感に、過去の記憶が重なった。
(お父さんの時と一緒だ、あの人)
「あ、お兄さん!いま目が合いましたね?」
サクラは咄嗟に声を出していた。
相手方の反応はないが、かなり大きい声を出していたのだろう。道行く人々が一斉にこちらを振り向き、声の行く先を探した。
衆目に晒されている、それでも構わないと思った。
サクラは負けじと言葉を続ける。
「運命ですよ、お兄さん。これだけの人間がいるのに、目が合ったのはお兄さんが初めて!」
顔を上げない。明らかに面倒に感じていることは百も承知だ。
それでも、この人をどうにか繋ぎ止めたい、その一心でサクラは言葉を続ける。
「そんな運命のお兄さんもいることですし、そろそろ歌いますね」
フレットを押さえ、弦を揺らす。
万人に届かなくていい、ただ目の前の一人に届け。
──溢れた涙掻き集めて
飲み干してしまえば、ほら
少しずつ満たされていく──
ありったけの思いを歌に乗せ、サクラは一曲、また一曲と歌い続けた。
見慣れた光景、誰も足を止めず、そそくさと目の前を通り過ぎていく人たち。
いつも通りの景色の中で、男は嗚咽を洩らし、しまいには号泣していた。
誰も見てくれない、誰も聴いてくれない。
そんなサクラのささくれ立った心に、何かが触れた気がした。
ギターを仕舞い、サクラは彼の元へ歩いた。
目の前に立っても気付かないほど、憚ることなく涙を流す姿に、思わずサクラはハンカチを差し出した。
「これ、使う?」
大きく首を振り、乱暴に涙を拭った男は、蚊の鳴くような声で、それでも確かに自身に向けた賛辞を述べた。
「ありがとう」
サクラがお礼を言うと、男は再び俯いた。
同時に、彼の胃腸が空腹を訴える大きな音を奏でた。
あまりの唐突さにこみ上げる笑いを押し殺しながら、サクラは男の手を取り、立たせ、タクシーを探した。
後ろで驚き、慌てる男の手をしっかりと掴み、タクシー乗り場へとサクラは向かう。
「お腹空いてるんでしょ?ご飯、食べに行こ」
「頼む、手を離してくれ」
男の懇願を無視し、ロータリーへ停まるタクシーに乗り込んだサクラは、行きつけの中華屋の名前を告げた。
「一体どういうつもりなんだ」
半ば強引に乗せた男が、不満を露わにした。
「中華、好き?」
「は?」
「いや、お兄さん、中華料理は好きですか?って」
「まあ、どちらかといえば、な。っじゃなくて!」
「んじゃ、中華に決定しまーす」
(さっきより、元気になってきたみたい)
小さく溜め息をつき、窓の外を見つめる男を横目に、サクラはかつての父の姿を重ね合わせた。
(お父さんも、私みたいに気付いてもらえたら、きっと……)
車窓を流れるヘッドライトが、サクラの頬に光る一筋の跡をそっと照らし続けていた。
散っていった花々は、側溝の隅にヘドロのように固まっている。
サクラには、それが自身の未来を暗示しているように見えた。
深夜2時、横浜駅。終電はとうにない。
それでも人は賑わい、集い、騒いでいる。
背中に背負うアコギがいつもよりも重く感じられた。
(今日もどうせ、みんな自分のことで精一杯だろうなあ)
ビブレ前の広場に陣取り、ギターを構えたサクラは、誰も見向きしない現実に小さく溜め息をつきながらも、ピックを握りしめた。
刹那、正面に座り込む中年男性がこちらを見ていることに気付く。
男の空気感の違いに、サクラは息を呑んだ。
(この感じ、前にも……)
強烈な既視感に、過去の記憶が重なった。
(お父さんの時と一緒だ、あの人)
「あ、お兄さん!いま目が合いましたね?」
サクラは咄嗟に声を出していた。
相手方の反応はないが、かなり大きい声を出していたのだろう。道行く人々が一斉にこちらを振り向き、声の行く先を探した。
衆目に晒されている、それでも構わないと思った。
サクラは負けじと言葉を続ける。
「運命ですよ、お兄さん。これだけの人間がいるのに、目が合ったのはお兄さんが初めて!」
顔を上げない。明らかに面倒に感じていることは百も承知だ。
それでも、この人をどうにか繋ぎ止めたい、その一心でサクラは言葉を続ける。
「そんな運命のお兄さんもいることですし、そろそろ歌いますね」
フレットを押さえ、弦を揺らす。
万人に届かなくていい、ただ目の前の一人に届け。
──溢れた涙掻き集めて
飲み干してしまえば、ほら
少しずつ満たされていく──
ありったけの思いを歌に乗せ、サクラは一曲、また一曲と歌い続けた。
見慣れた光景、誰も足を止めず、そそくさと目の前を通り過ぎていく人たち。
いつも通りの景色の中で、男は嗚咽を洩らし、しまいには号泣していた。
誰も見てくれない、誰も聴いてくれない。
そんなサクラのささくれ立った心に、何かが触れた気がした。
ギターを仕舞い、サクラは彼の元へ歩いた。
目の前に立っても気付かないほど、憚ることなく涙を流す姿に、思わずサクラはハンカチを差し出した。
「これ、使う?」
大きく首を振り、乱暴に涙を拭った男は、蚊の鳴くような声で、それでも確かに自身に向けた賛辞を述べた。
「ありがとう」
サクラがお礼を言うと、男は再び俯いた。
同時に、彼の胃腸が空腹を訴える大きな音を奏でた。
あまりの唐突さにこみ上げる笑いを押し殺しながら、サクラは男の手を取り、立たせ、タクシーを探した。
後ろで驚き、慌てる男の手をしっかりと掴み、タクシー乗り場へとサクラは向かう。
「お腹空いてるんでしょ?ご飯、食べに行こ」
「頼む、手を離してくれ」
男の懇願を無視し、ロータリーへ停まるタクシーに乗り込んだサクラは、行きつけの中華屋の名前を告げた。
「一体どういうつもりなんだ」
半ば強引に乗せた男が、不満を露わにした。
「中華、好き?」
「は?」
「いや、お兄さん、中華料理は好きですか?って」
「まあ、どちらかといえば、な。っじゃなくて!」
「んじゃ、中華に決定しまーす」
(さっきより、元気になってきたみたい)
小さく溜め息をつき、窓の外を見つめる男を横目に、サクラはかつての父の姿を重ね合わせた。
(お父さんも、私みたいに気付いてもらえたら、きっと……)
車窓を流れるヘッドライトが、サクラの頬に光る一筋の跡をそっと照らし続けていた。
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