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15、魔王からの贈り物
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真新しい色鉛筆が雨上がりの虹みたいに鮮やかに、三十六本きれいに並んでいた。
「時間が戻ったんだ――」
そっと指で触れてみたけれど、ヒビも何もない。ゆっくりとうなずいた魔王に、
「ありがとう!」
と抱きついた。ちょっと涙目になっているのを、気付かれないように。
包装紙の裏に絵を描きたいけれど、今まで見たどの柄よりかわいくて、もったいないと躊躇していたら、それを察したのか、魔王が宙から大きなスケッチブックを取り出してくれた。布団に寝そべって、まず肌色と黒と赤の色鉛筆で、自分の似顔絵を描いた。「時と絆の部屋」でみつけたお母さんの描いた絵には及ばないけれど、なかなかよくできている。今度は魔王をモデルにしようと思って見上げたら、彼も美紗を見下ろしていた。
「かっこよく描いてくれよ」
ちらりと牙を見せて、ふっと笑う。聞いているのかいないのか、美紗は十秒ほどでちゃらっと書き上げた。色も黒一色、美紗の頭の上にちょこんと乗っかっている。その紙をスケッチブックから切り離して、
「あげる」
と魔王に差し出す。
「全然私に似ていないじゃないか。お前、絵の才能ゼロだな」
「だってそのサイズだったでしょーっ」
頬を膨らませる美紗に、
「今の私を描け」
髪をかきあげポーズを決める。美紗はしぶしぶ色鉛筆を手に取る。だが魔王はモデルをやるのにすぐ飽きて、
「私の芸術的な絵を見せてやろう」
と宙からまた一枚、紙を出した。美紗が色鉛筆からちょっと手を放した隙に、我が物顔で使いだす。
「あー、肌色はあたしが今使ってるのに」
「私はもっと色白いぞ」
「白い紙に白使ってもしょうがないでしょ! わがまま言うと、かっこよく描いてあげないよ」
今返す、と言いながら、お絵かきに熱中している魔王の横顔を手持ちぶさたで見上げながら、美紗はみんなの大切なものも返してあげよう、と考えた。みんなも昨夜は不安で眠れなかったろう。そして、大切なものにまつわる誰かの夢を見たかもしれない。
「できたぞ」
ややあって魔王は、デッサン風に描いた少女の絵を美紗に見せた。大烏の背に乗ったネグリジェ姿の女の子が肩に髪を絡ませ、なんとなく色っぽい姿で怪鳥の首にすがっている。
うまい。美紗は思わず息を呑んだ。だが、
「どうだ、うまいだろう。私の絵は美紗のと違って実に芸術的だろう」
とたたみかけられ、ほめてあげる気がいっぺんに失せた。自慢げに、ひらひらと絵を振って、
「欲しいか」
実際欲しいからしゃくに障るけど、いらないなんて言うのはかわいそうだから、美紗はうん、と素直にうなずいた。魔王は満足そう。
「一生大切にしろよ。きっと高値がつくだろうけど売ってはだめだぞ」
売れないよ、と言いたいところを、
「売らないよ」
と言ってあげた。美紗は時間をかけて魔王の絵を完成させた。一生懸命描いたわりにうまくもないのだけど、美紗本人は上出来だと思っている。
「はい、あげる」
「さっきよりはずいぶんましだな」
また美紗をむかっとさせてから、
「これは契約の品ではないよな?」
え、と聞き返す美紗に、
「なんの交換条件もないということだ」
「そりゃそうだよ、あたしがあげたいから描いたんだもん」
いまいち腑に落ちない顔をしている美紗に魔王は、
「いやいいんだ」
と呟いた。百三十九年生きてきて生まれて初めてもらった贈り物を、魔王は目に焼きつけるようにじっとみつめた。ふと思いついて、宙から黒木の額を取り出すと丁寧に絵を入れて、いつまでも眺めている。
「一生大事にするんだよ」
美紗に言われて思わず素直に、
「するよ」
と答えてしまう。美紗は布団の上に散らばった色鉛筆を缶ケースにしまい、魔王の描いてくれた自分の絵を、そっとスケッチブックにはさんだ。またひとつ大切なものが増えた。一生なくさなければ、今日のことを死ぬまで覚えていられるだろうか。だけどあたしは、日々いろんな「忘却のメロディ」に出会ってしまうんだ。世の中は美しいもの魅惑的なもの楽しいものにあふれていて、その快楽に身をゆだねるうち、いろんなことを忘れてしまう。
「魔王の大切なものはなんだったの?」
まだ美紗の描いたつたない絵をみつめている魔王に、美紗はずっと訊いてみたかったことを尋ねた。
「時間が戻ったんだ――」
そっと指で触れてみたけれど、ヒビも何もない。ゆっくりとうなずいた魔王に、
「ありがとう!」
と抱きついた。ちょっと涙目になっているのを、気付かれないように。
包装紙の裏に絵を描きたいけれど、今まで見たどの柄よりかわいくて、もったいないと躊躇していたら、それを察したのか、魔王が宙から大きなスケッチブックを取り出してくれた。布団に寝そべって、まず肌色と黒と赤の色鉛筆で、自分の似顔絵を描いた。「時と絆の部屋」でみつけたお母さんの描いた絵には及ばないけれど、なかなかよくできている。今度は魔王をモデルにしようと思って見上げたら、彼も美紗を見下ろしていた。
「かっこよく描いてくれよ」
ちらりと牙を見せて、ふっと笑う。聞いているのかいないのか、美紗は十秒ほどでちゃらっと書き上げた。色も黒一色、美紗の頭の上にちょこんと乗っかっている。その紙をスケッチブックから切り離して、
「あげる」
と魔王に差し出す。
「全然私に似ていないじゃないか。お前、絵の才能ゼロだな」
「だってそのサイズだったでしょーっ」
頬を膨らませる美紗に、
「今の私を描け」
髪をかきあげポーズを決める。美紗はしぶしぶ色鉛筆を手に取る。だが魔王はモデルをやるのにすぐ飽きて、
「私の芸術的な絵を見せてやろう」
と宙からまた一枚、紙を出した。美紗が色鉛筆からちょっと手を放した隙に、我が物顔で使いだす。
「あー、肌色はあたしが今使ってるのに」
「私はもっと色白いぞ」
「白い紙に白使ってもしょうがないでしょ! わがまま言うと、かっこよく描いてあげないよ」
今返す、と言いながら、お絵かきに熱中している魔王の横顔を手持ちぶさたで見上げながら、美紗はみんなの大切なものも返してあげよう、と考えた。みんなも昨夜は不安で眠れなかったろう。そして、大切なものにまつわる誰かの夢を見たかもしれない。
「できたぞ」
ややあって魔王は、デッサン風に描いた少女の絵を美紗に見せた。大烏の背に乗ったネグリジェ姿の女の子が肩に髪を絡ませ、なんとなく色っぽい姿で怪鳥の首にすがっている。
うまい。美紗は思わず息を呑んだ。だが、
「どうだ、うまいだろう。私の絵は美紗のと違って実に芸術的だろう」
とたたみかけられ、ほめてあげる気がいっぺんに失せた。自慢げに、ひらひらと絵を振って、
「欲しいか」
実際欲しいからしゃくに障るけど、いらないなんて言うのはかわいそうだから、美紗はうん、と素直にうなずいた。魔王は満足そう。
「一生大切にしろよ。きっと高値がつくだろうけど売ってはだめだぞ」
売れないよ、と言いたいところを、
「売らないよ」
と言ってあげた。美紗は時間をかけて魔王の絵を完成させた。一生懸命描いたわりにうまくもないのだけど、美紗本人は上出来だと思っている。
「はい、あげる」
「さっきよりはずいぶんましだな」
また美紗をむかっとさせてから、
「これは契約の品ではないよな?」
え、と聞き返す美紗に、
「なんの交換条件もないということだ」
「そりゃそうだよ、あたしがあげたいから描いたんだもん」
いまいち腑に落ちない顔をしている美紗に魔王は、
「いやいいんだ」
と呟いた。百三十九年生きてきて生まれて初めてもらった贈り物を、魔王は目に焼きつけるようにじっとみつめた。ふと思いついて、宙から黒木の額を取り出すと丁寧に絵を入れて、いつまでも眺めている。
「一生大事にするんだよ」
美紗に言われて思わず素直に、
「するよ」
と答えてしまう。美紗は布団の上に散らばった色鉛筆を缶ケースにしまい、魔王の描いてくれた自分の絵を、そっとスケッチブックにはさんだ。またひとつ大切なものが増えた。一生なくさなければ、今日のことを死ぬまで覚えていられるだろうか。だけどあたしは、日々いろんな「忘却のメロディ」に出会ってしまうんだ。世の中は美しいもの魅惑的なもの楽しいものにあふれていて、その快楽に身をゆだねるうち、いろんなことを忘れてしまう。
「魔王の大切なものはなんだったの?」
まだ美紗の描いたつたない絵をみつめている魔王に、美紗はずっと訊いてみたかったことを尋ねた。
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