15 / 19
15、魔王からの贈り物
しおりを挟む
真新しい色鉛筆が雨上がりの虹みたいに鮮やかに、三十六本きれいに並んでいた。
「時間が戻ったんだ――」
そっと指で触れてみたけれど、ヒビも何もない。ゆっくりとうなずいた魔王に、
「ありがとう!」
と抱きついた。ちょっと涙目になっているのを、気付かれないように。
包装紙の裏に絵を描きたいけれど、今まで見たどの柄よりかわいくて、もったいないと躊躇していたら、それを察したのか、魔王が宙から大きなスケッチブックを取り出してくれた。布団に寝そべって、まず肌色と黒と赤の色鉛筆で、自分の似顔絵を描いた。「時と絆の部屋」でみつけたお母さんの描いた絵には及ばないけれど、なかなかよくできている。今度は魔王をモデルにしようと思って見上げたら、彼も美紗を見下ろしていた。
「かっこよく描いてくれよ」
ちらりと牙を見せて、ふっと笑う。聞いているのかいないのか、美紗は十秒ほどでちゃらっと書き上げた。色も黒一色、美紗の頭の上にちょこんと乗っかっている。その紙をスケッチブックから切り離して、
「あげる」
と魔王に差し出す。
「全然私に似ていないじゃないか。お前、絵の才能ゼロだな」
「だってそのサイズだったでしょーっ」
頬を膨らませる美紗に、
「今の私を描け」
髪をかきあげポーズを決める。美紗はしぶしぶ色鉛筆を手に取る。だが魔王はモデルをやるのにすぐ飽きて、
「私の芸術的な絵を見せてやろう」
と宙からまた一枚、紙を出した。美紗が色鉛筆からちょっと手を放した隙に、我が物顔で使いだす。
「あー、肌色はあたしが今使ってるのに」
「私はもっと色白いぞ」
「白い紙に白使ってもしょうがないでしょ! わがまま言うと、かっこよく描いてあげないよ」
今返す、と言いながら、お絵かきに熱中している魔王の横顔を手持ちぶさたで見上げながら、美紗はみんなの大切なものも返してあげよう、と考えた。みんなも昨夜は不安で眠れなかったろう。そして、大切なものにまつわる誰かの夢を見たかもしれない。
「できたぞ」
ややあって魔王は、デッサン風に描いた少女の絵を美紗に見せた。大烏の背に乗ったネグリジェ姿の女の子が肩に髪を絡ませ、なんとなく色っぽい姿で怪鳥の首にすがっている。
うまい。美紗は思わず息を呑んだ。だが、
「どうだ、うまいだろう。私の絵は美紗のと違って実に芸術的だろう」
とたたみかけられ、ほめてあげる気がいっぺんに失せた。自慢げに、ひらひらと絵を振って、
「欲しいか」
実際欲しいからしゃくに障るけど、いらないなんて言うのはかわいそうだから、美紗はうん、と素直にうなずいた。魔王は満足そう。
「一生大切にしろよ。きっと高値がつくだろうけど売ってはだめだぞ」
売れないよ、と言いたいところを、
「売らないよ」
と言ってあげた。美紗は時間をかけて魔王の絵を完成させた。一生懸命描いたわりにうまくもないのだけど、美紗本人は上出来だと思っている。
「はい、あげる」
「さっきよりはずいぶんましだな」
また美紗をむかっとさせてから、
「これは契約の品ではないよな?」
え、と聞き返す美紗に、
「なんの交換条件もないということだ」
「そりゃそうだよ、あたしがあげたいから描いたんだもん」
いまいち腑に落ちない顔をしている美紗に魔王は、
「いやいいんだ」
と呟いた。百三十九年生きてきて生まれて初めてもらった贈り物を、魔王は目に焼きつけるようにじっとみつめた。ふと思いついて、宙から黒木の額を取り出すと丁寧に絵を入れて、いつまでも眺めている。
「一生大事にするんだよ」
美紗に言われて思わず素直に、
「するよ」
と答えてしまう。美紗は布団の上に散らばった色鉛筆を缶ケースにしまい、魔王の描いてくれた自分の絵を、そっとスケッチブックにはさんだ。またひとつ大切なものが増えた。一生なくさなければ、今日のことを死ぬまで覚えていられるだろうか。だけどあたしは、日々いろんな「忘却のメロディ」に出会ってしまうんだ。世の中は美しいもの魅惑的なもの楽しいものにあふれていて、その快楽に身をゆだねるうち、いろんなことを忘れてしまう。
「魔王の大切なものはなんだったの?」
まだ美紗の描いたつたない絵をみつめている魔王に、美紗はずっと訊いてみたかったことを尋ねた。
「時間が戻ったんだ――」
そっと指で触れてみたけれど、ヒビも何もない。ゆっくりとうなずいた魔王に、
「ありがとう!」
と抱きついた。ちょっと涙目になっているのを、気付かれないように。
包装紙の裏に絵を描きたいけれど、今まで見たどの柄よりかわいくて、もったいないと躊躇していたら、それを察したのか、魔王が宙から大きなスケッチブックを取り出してくれた。布団に寝そべって、まず肌色と黒と赤の色鉛筆で、自分の似顔絵を描いた。「時と絆の部屋」でみつけたお母さんの描いた絵には及ばないけれど、なかなかよくできている。今度は魔王をモデルにしようと思って見上げたら、彼も美紗を見下ろしていた。
「かっこよく描いてくれよ」
ちらりと牙を見せて、ふっと笑う。聞いているのかいないのか、美紗は十秒ほどでちゃらっと書き上げた。色も黒一色、美紗の頭の上にちょこんと乗っかっている。その紙をスケッチブックから切り離して、
「あげる」
と魔王に差し出す。
「全然私に似ていないじゃないか。お前、絵の才能ゼロだな」
「だってそのサイズだったでしょーっ」
頬を膨らませる美紗に、
「今の私を描け」
髪をかきあげポーズを決める。美紗はしぶしぶ色鉛筆を手に取る。だが魔王はモデルをやるのにすぐ飽きて、
「私の芸術的な絵を見せてやろう」
と宙からまた一枚、紙を出した。美紗が色鉛筆からちょっと手を放した隙に、我が物顔で使いだす。
「あー、肌色はあたしが今使ってるのに」
「私はもっと色白いぞ」
「白い紙に白使ってもしょうがないでしょ! わがまま言うと、かっこよく描いてあげないよ」
今返す、と言いながら、お絵かきに熱中している魔王の横顔を手持ちぶさたで見上げながら、美紗はみんなの大切なものも返してあげよう、と考えた。みんなも昨夜は不安で眠れなかったろう。そして、大切なものにまつわる誰かの夢を見たかもしれない。
「できたぞ」
ややあって魔王は、デッサン風に描いた少女の絵を美紗に見せた。大烏の背に乗ったネグリジェ姿の女の子が肩に髪を絡ませ、なんとなく色っぽい姿で怪鳥の首にすがっている。
うまい。美紗は思わず息を呑んだ。だが、
「どうだ、うまいだろう。私の絵は美紗のと違って実に芸術的だろう」
とたたみかけられ、ほめてあげる気がいっぺんに失せた。自慢げに、ひらひらと絵を振って、
「欲しいか」
実際欲しいからしゃくに障るけど、いらないなんて言うのはかわいそうだから、美紗はうん、と素直にうなずいた。魔王は満足そう。
「一生大切にしろよ。きっと高値がつくだろうけど売ってはだめだぞ」
売れないよ、と言いたいところを、
「売らないよ」
と言ってあげた。美紗は時間をかけて魔王の絵を完成させた。一生懸命描いたわりにうまくもないのだけど、美紗本人は上出来だと思っている。
「はい、あげる」
「さっきよりはずいぶんましだな」
また美紗をむかっとさせてから、
「これは契約の品ではないよな?」
え、と聞き返す美紗に、
「なんの交換条件もないということだ」
「そりゃそうだよ、あたしがあげたいから描いたんだもん」
いまいち腑に落ちない顔をしている美紗に魔王は、
「いやいいんだ」
と呟いた。百三十九年生きてきて生まれて初めてもらった贈り物を、魔王は目に焼きつけるようにじっとみつめた。ふと思いついて、宙から黒木の額を取り出すと丁寧に絵を入れて、いつまでも眺めている。
「一生大事にするんだよ」
美紗に言われて思わず素直に、
「するよ」
と答えてしまう。美紗は布団の上に散らばった色鉛筆を缶ケースにしまい、魔王の描いてくれた自分の絵を、そっとスケッチブックにはさんだ。またひとつ大切なものが増えた。一生なくさなければ、今日のことを死ぬまで覚えていられるだろうか。だけどあたしは、日々いろんな「忘却のメロディ」に出会ってしまうんだ。世の中は美しいもの魅惑的なもの楽しいものにあふれていて、その快楽に身をゆだねるうち、いろんなことを忘れてしまう。
「魔王の大切なものはなんだったの?」
まだ美紗の描いたつたない絵をみつめている魔王に、美紗はずっと訊いてみたかったことを尋ねた。
0
あなたにおすすめの小説
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
オバケの謎解きスタンプラリー
綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます!
――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。
小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。
結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。
だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。
知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。
苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。
いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。
「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」
結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか?
そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか?
思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
まぼろしのミッドナイトスクール
木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる