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第20話、骨董品屋で魔道具を手に入れた
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俺は我に返って、あわてて玲萌から離れる。
「なんの音?」
玲萌にも聞こえていたようで、気味悪そうに露店のほうを見遣る。
「へい、らっしゃい」
奥からいかにも商売上手な笑みを浮かべた露天商が出てきた。こざっぱりとした若い男である。
「嬢ちゃん、もしや霊感ある?」
唐突な質問に玲萌は面食らって、
「はぁ!? まったくないけれど――」
「じゃあ兄ちゃんかな」
と俺のほうを振り返る。
「なんのことですかい?」
問い返す俺。初対面の相手だとコミュ障発動してつい敬語になるわ。
「さっきの変な音と関係あるんでしょ?」
玲萌にたたみかけるように問い返され、
「実は先月、高山神社の宮司さんから無理やり買い取らされた三味線があってな――」
と、店の方へ戻って行く。そのあとをついて、古い花瓶に取りはずした看板、年季の入った家具やらをよけて歩く俺たちに、古びて黒ずんだ三味線を見せた。
「高山神社の宮司さんて惠簾ちゃんのお父さんよね」
玲萌がこそっと耳打ちする。
「だな、金に困って売ったのかな」
「でもなんで神社に三味線なんてあるのよ」
玲萌のつぶやきが聞こえたのか、
「こいつぁ相当な年代物らしいんだが、弾き手のじいさんがおっ死んじまって、困った家族が神社に納めたそうなんだ。というのもな――」
と声をひそめ、
「こいつにゃぁ付喪神が憑いていなさるんだとよ」
いわくつきの古い楽器を持て余して、神社に押しつけたってぇわけか。
「なんでそんなものを旦那、買い取っちまったんでぃ?」
俺の問いに、
「宮司さんにゃぁ世話ンなってるから仕方ねぇと思ってさ」
「お気の毒さま!」
玲萌がちっとも気の毒になんぞ思っていない声で言う。「で、ときどき勝手に音が鳴るの?」
「ま、そうなんだが――」
店主は片手であごのあたりをなでつつ、
「勝手に鳴るってぇよりおそらく、霊感が強いやつが昂ると鳴るんだ」
「昂る?」
おうむ返しに問い返す玲萌。
「ああ。この三味線は寂しがり屋だから寝るときもそばに置いとけって宮司さんから頼まれてな、仕方ねぇから女房と二人の寝床の枕元にたてかけてるんだが、うちの女房、霊感の強い女だからさ、アレのさいちゅうあいつが声あげるたび三味線が反応しやがるんだ。
『アア―― あんた』
ベンっ
『ああんっ』
ベベンっ
『イ、イクぅぅ』
ベベン、ベンベンベン
――ってんで、あっしぁ怪談とかお化け話ってなぁ苦手だから、タマタマが縮みあがっちまっていけねえ。そうそうに手放しちまおうと思ってたところに、おめぇさんがたがあらわれたってぇ寸法よ」
「ちょっとそんなもの押し付けられたって困るわよ!」
怪談だか猥談だか分からねえものを聞かされた玲萌は、耳まで赤くなって怒り出す。
「そうはいってもなぁ、こいつ気に入らねえ客のところに買われると戻って来ちまうんだ。つい先日もお代はいらねぇってんで引き取ってもらったんだが、どうも弾いてると気力だがなんだかを吸い取られるとか言いやがって客が返しに来ちまった」
「そんなの呪われた楽器じゃない!」
「いや、もとのじいさんとこじゃあ何十年もかわいがられてたんだ。おめぇさん試しにちょいと弾いてみねえ」
「あたし楽器なんて弾けないわよ。でも樹葵なら――」
期待を込めた目つきで振り返る玲萌に、
「えっ……」
ついさっき楽器演奏ならできるとか発言したことをすでに後悔する俺。
「へぇ、兄ちゃん三味線の心得があるのかい?」
お化け三味線を押し付けたい店主は、待ってましたとばかりに晴れやかな顔。
「そうなのよ!」
と、なぜか俺の代わりに胸を張る玲萌。「彼の家は小さな演芸小屋で、彼自身もそこに出演して歌舞音曲やるんだって!」
「俺そんな話したっけ?」
「してたわよ。半年くらい前に旅先で」
きっぱり答えやがる。――そういえば、将来的に故郷に帰ったらという仮定の話でしたかもしれねぇ。
「玲萌って記憶力いいな……」
尊敬のまなざしを向けると、
「だれでも好きなことや興味のあることは覚えてるものよ。あたし、樹葵の言ったことは忘れないの」
えーっと、それってつまり―― 俺が玲萌の顔をみつめたまま思考をめぐらせていると、急にハッとして、
「そ、そんなことより!」
と話を変えてしまった。「さっき三味線が勝手に鳴ったのって、樹葵の膨大な魔力に反応したんじゃないかしら?」
店主はポンと手を打って、
「なるほど、兄ちゃん人の姿してねぇもんな。あやかしの血を引く者と、付喪神と化した楽器てなぁ相性ばつぐんだぜ!」
店主は俺の返事も待たずに三味線を渡した。「てこたぁつまりは兄ちゃんさっき、この嬢ちゃんを抱きしめながら勃ってたってわけか。ぎゃっはっは」
「なっ、違――」
俺は慌てた。「なんてこと言いやがる! やめてくんねえ旦那、俺ぁ断じて玲萌にそんなよこしまな気持ちはいだいてねぇんだ!」
ついつい声が高くなる。
「どうどう、大丈夫よ樹葵。落ち着いて」
玲萌が俺の背中をさする。こんなやさしい玲萌に誤解されちゃあたまんねえ。俺は店主をにらんで、
「だいたいさっきから聞いてりゃあ、女の子のまえでそんな話ばっかするもんじゃねえですぜ」
とたしなめた。まったく響いてねえ店主は、
「さっさと弾いてみ、優男な兄ちゃん」
とからかった。
俺は舌打ちして敷かれたむしろにあぐらをかくと、調弦しはじめた。
「なんの音?」
玲萌にも聞こえていたようで、気味悪そうに露店のほうを見遣る。
「へい、らっしゃい」
奥からいかにも商売上手な笑みを浮かべた露天商が出てきた。こざっぱりとした若い男である。
「嬢ちゃん、もしや霊感ある?」
唐突な質問に玲萌は面食らって、
「はぁ!? まったくないけれど――」
「じゃあ兄ちゃんかな」
と俺のほうを振り返る。
「なんのことですかい?」
問い返す俺。初対面の相手だとコミュ障発動してつい敬語になるわ。
「さっきの変な音と関係あるんでしょ?」
玲萌にたたみかけるように問い返され、
「実は先月、高山神社の宮司さんから無理やり買い取らされた三味線があってな――」
と、店の方へ戻って行く。そのあとをついて、古い花瓶に取りはずした看板、年季の入った家具やらをよけて歩く俺たちに、古びて黒ずんだ三味線を見せた。
「高山神社の宮司さんて惠簾ちゃんのお父さんよね」
玲萌がこそっと耳打ちする。
「だな、金に困って売ったのかな」
「でもなんで神社に三味線なんてあるのよ」
玲萌のつぶやきが聞こえたのか、
「こいつぁ相当な年代物らしいんだが、弾き手のじいさんがおっ死んじまって、困った家族が神社に納めたそうなんだ。というのもな――」
と声をひそめ、
「こいつにゃぁ付喪神が憑いていなさるんだとよ」
いわくつきの古い楽器を持て余して、神社に押しつけたってぇわけか。
「なんでそんなものを旦那、買い取っちまったんでぃ?」
俺の問いに、
「宮司さんにゃぁ世話ンなってるから仕方ねぇと思ってさ」
「お気の毒さま!」
玲萌がちっとも気の毒になんぞ思っていない声で言う。「で、ときどき勝手に音が鳴るの?」
「ま、そうなんだが――」
店主は片手であごのあたりをなでつつ、
「勝手に鳴るってぇよりおそらく、霊感が強いやつが昂ると鳴るんだ」
「昂る?」
おうむ返しに問い返す玲萌。
「ああ。この三味線は寂しがり屋だから寝るときもそばに置いとけって宮司さんから頼まれてな、仕方ねぇから女房と二人の寝床の枕元にたてかけてるんだが、うちの女房、霊感の強い女だからさ、アレのさいちゅうあいつが声あげるたび三味線が反応しやがるんだ。
『アア―― あんた』
ベンっ
『ああんっ』
ベベンっ
『イ、イクぅぅ』
ベベン、ベンベンベン
――ってんで、あっしぁ怪談とかお化け話ってなぁ苦手だから、タマタマが縮みあがっちまっていけねえ。そうそうに手放しちまおうと思ってたところに、おめぇさんがたがあらわれたってぇ寸法よ」
「ちょっとそんなもの押し付けられたって困るわよ!」
怪談だか猥談だか分からねえものを聞かされた玲萌は、耳まで赤くなって怒り出す。
「そうはいってもなぁ、こいつ気に入らねえ客のところに買われると戻って来ちまうんだ。つい先日もお代はいらねぇってんで引き取ってもらったんだが、どうも弾いてると気力だがなんだかを吸い取られるとか言いやがって客が返しに来ちまった」
「そんなの呪われた楽器じゃない!」
「いや、もとのじいさんとこじゃあ何十年もかわいがられてたんだ。おめぇさん試しにちょいと弾いてみねえ」
「あたし楽器なんて弾けないわよ。でも樹葵なら――」
期待を込めた目つきで振り返る玲萌に、
「えっ……」
ついさっき楽器演奏ならできるとか発言したことをすでに後悔する俺。
「へぇ、兄ちゃん三味線の心得があるのかい?」
お化け三味線を押し付けたい店主は、待ってましたとばかりに晴れやかな顔。
「そうなのよ!」
と、なぜか俺の代わりに胸を張る玲萌。「彼の家は小さな演芸小屋で、彼自身もそこに出演して歌舞音曲やるんだって!」
「俺そんな話したっけ?」
「してたわよ。半年くらい前に旅先で」
きっぱり答えやがる。――そういえば、将来的に故郷に帰ったらという仮定の話でしたかもしれねぇ。
「玲萌って記憶力いいな……」
尊敬のまなざしを向けると、
「だれでも好きなことや興味のあることは覚えてるものよ。あたし、樹葵の言ったことは忘れないの」
えーっと、それってつまり―― 俺が玲萌の顔をみつめたまま思考をめぐらせていると、急にハッとして、
「そ、そんなことより!」
と話を変えてしまった。「さっき三味線が勝手に鳴ったのって、樹葵の膨大な魔力に反応したんじゃないかしら?」
店主はポンと手を打って、
「なるほど、兄ちゃん人の姿してねぇもんな。あやかしの血を引く者と、付喪神と化した楽器てなぁ相性ばつぐんだぜ!」
店主は俺の返事も待たずに三味線を渡した。「てこたぁつまりは兄ちゃんさっき、この嬢ちゃんを抱きしめながら勃ってたってわけか。ぎゃっはっは」
「なっ、違――」
俺は慌てた。「なんてこと言いやがる! やめてくんねえ旦那、俺ぁ断じて玲萌にそんなよこしまな気持ちはいだいてねぇんだ!」
ついつい声が高くなる。
「どうどう、大丈夫よ樹葵。落ち着いて」
玲萌が俺の背中をさする。こんなやさしい玲萌に誤解されちゃあたまんねえ。俺は店主をにらんで、
「だいたいさっきから聞いてりゃあ、女の子のまえでそんな話ばっかするもんじゃねえですぜ」
とたしなめた。まったく響いてねえ店主は、
「さっさと弾いてみ、優男な兄ちゃん」
とからかった。
俺は舌打ちして敷かれたむしろにあぐらをかくと、調弦しはじめた。
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