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人はみんな、搾取される側と、搾取する側に分かれるんだ。おまえ、される側だな。
分かるよ。目を見たら分かる。
俺はね、目を見りゃぁ大体その人間がどっちの側か、分かるんだ。
おまえの目はダメだ。負けっぱなしの目をしてる。
俺には分かるよ。
おまえはずっと搾取される側だったし、これからもずっとそうだ。絶対にこっち側にはなれねぇよ。
客の男はそう言ってせせら笑った。
横山涼平は男に命じられたまま、ソファに踏ん反りかえる男の横の床に膝をついて、男が口に咥えるタバコに火を付けた。灰皿を両手で持っているように言われ、涼平はテーブルの上の灰皿を両手で持ち、捧げるように彼の前に出した。
タバコに火を付けるのは本当は隣についたキャバ嬢の仕事だが、男は何が気に食わないのか涼平に目をつけていて、彼を呼びつけてそういった細々とした雑用をやらせながら、キャバ嬢達の前でこき下ろすのが好きだった。彼女達の中には自分より下の立場の人間を馬鹿にする事で仕事の鬱憤を晴らすのが好きな人達もいて、そういう子達がキャーキャーと笑ってその男を煽った。
涼平はただ、男の傍で膝をつき、黙って言われるまま灰皿を差し出し続けた。
何を言われても、彼の表情が変わる事はない。それが男を苛立たせるのか、その日男は執拗に彼を罵った。
でも、涼平は別に、意地を張って表情を変えないのではない。彼は、男の言う事を、ただ認めているだけなのだ。言われて当然の事を言われているに過ぎない。されて当然の扱いをされているに過ぎない。彼はそう思っていた。
確かにそうなのだ。この男の言う通り。
涼平は、18年の短い人生の大半の間、時間とか労力とか、いろんなものを搾り取られてきた。それはきっと自分が、他の人間よりも劣っているからなのだろう。頭の出来も、気持ちの強さも、身体の強さも、何もかも。
幼い頃から、自分は何もかもが人より劣っている。そう涼平は信じて疑わなかった。
何かを聞かれたり言われたりして、すぐに返答できない事がよくあった。もう少し成長しても、大人達の言う事がよく分からない時があった。よく分からないから考えていると、大人達は苛立ち、急かした。急かされると焦り、ますます分からなくなり、考えがまとまらなかった。ずいぶん後になってどう返事を返すべきだったか分かっても、大人達はもう聞いてはくれなかった。
トロい。頭が悪い。ボーッとし過ぎている。
叱られる度に悲しくなった。どうして他の子達のようにできないのだろう。どうして。考えても答えはなく、涼平はなるべく目立たないように、なるべく喋らないように、そうやって過ごしてきた。
だから、周りの人達にやれと言われた事はできるだけ言われたようにやろうと努力した。理不尽に感じても、我慢した。そうしたら、こんな自分でも、すみっこにそっと居る事を許してもらえるかも知れない。そう思ったから。自分は劣っている上に何も持っていない。だから、時間も労力も、差し出せるものは全て差し出さないといけない。
そう思っていた。
でも、それでも涼平は、中々周りのみんなに満足してもらう事はできなかった。だから、もう要らないと言われる事は多々あった。
自分はいつか、不要だと言われて追い出される。あの施設でも、あの家でも、そうだった。
ここでも、搾り取られるだけ搾り取られたら、もう要らないと叩き出されるのだろうか。
ここを追い出されたら、自分は次はどこにいけば良いのだろう。なるべく長く、ここにいさせてもらいたい。何でもするから。何を言われても良いから。何をされても、我慢するから。
でも、夜になって店の控室のソファで毛布にくるまって眠る時、涼平はどうしようもなく寂しくなった。どうして、自分はこんなに劣って産まれてきてしまったのだろう。そう思うと、胸がギュッとなって、息が詰まった。
だけど、そんな自分にも、一度だけ、たった1人だけ、自分の存在をまるまる許してくれた人がいた。何もかもをただただ与えてくれた人がいた。
「涼平、ほんまにおまえはめんこいなぁ。」
そう言って、頭をガシガシと撫でてくれた。
大きくて分厚くて、温かい手をしてた。
焚き火みたいな良い匂いがした。
あの人は今、どこで何をしてるのだろう。
おいちゃんに、会いたい。
分かるよ。目を見たら分かる。
俺はね、目を見りゃぁ大体その人間がどっちの側か、分かるんだ。
おまえの目はダメだ。負けっぱなしの目をしてる。
俺には分かるよ。
おまえはずっと搾取される側だったし、これからもずっとそうだ。絶対にこっち側にはなれねぇよ。
客の男はそう言ってせせら笑った。
横山涼平は男に命じられたまま、ソファに踏ん反りかえる男の横の床に膝をついて、男が口に咥えるタバコに火を付けた。灰皿を両手で持っているように言われ、涼平はテーブルの上の灰皿を両手で持ち、捧げるように彼の前に出した。
タバコに火を付けるのは本当は隣についたキャバ嬢の仕事だが、男は何が気に食わないのか涼平に目をつけていて、彼を呼びつけてそういった細々とした雑用をやらせながら、キャバ嬢達の前でこき下ろすのが好きだった。彼女達の中には自分より下の立場の人間を馬鹿にする事で仕事の鬱憤を晴らすのが好きな人達もいて、そういう子達がキャーキャーと笑ってその男を煽った。
涼平はただ、男の傍で膝をつき、黙って言われるまま灰皿を差し出し続けた。
何を言われても、彼の表情が変わる事はない。それが男を苛立たせるのか、その日男は執拗に彼を罵った。
でも、涼平は別に、意地を張って表情を変えないのではない。彼は、男の言う事を、ただ認めているだけなのだ。言われて当然の事を言われているに過ぎない。されて当然の扱いをされているに過ぎない。彼はそう思っていた。
確かにそうなのだ。この男の言う通り。
涼平は、18年の短い人生の大半の間、時間とか労力とか、いろんなものを搾り取られてきた。それはきっと自分が、他の人間よりも劣っているからなのだろう。頭の出来も、気持ちの強さも、身体の強さも、何もかも。
幼い頃から、自分は何もかもが人より劣っている。そう涼平は信じて疑わなかった。
何かを聞かれたり言われたりして、すぐに返答できない事がよくあった。もう少し成長しても、大人達の言う事がよく分からない時があった。よく分からないから考えていると、大人達は苛立ち、急かした。急かされると焦り、ますます分からなくなり、考えがまとまらなかった。ずいぶん後になってどう返事を返すべきだったか分かっても、大人達はもう聞いてはくれなかった。
トロい。頭が悪い。ボーッとし過ぎている。
叱られる度に悲しくなった。どうして他の子達のようにできないのだろう。どうして。考えても答えはなく、涼平はなるべく目立たないように、なるべく喋らないように、そうやって過ごしてきた。
だから、周りの人達にやれと言われた事はできるだけ言われたようにやろうと努力した。理不尽に感じても、我慢した。そうしたら、こんな自分でも、すみっこにそっと居る事を許してもらえるかも知れない。そう思ったから。自分は劣っている上に何も持っていない。だから、時間も労力も、差し出せるものは全て差し出さないといけない。
そう思っていた。
でも、それでも涼平は、中々周りのみんなに満足してもらう事はできなかった。だから、もう要らないと言われる事は多々あった。
自分はいつか、不要だと言われて追い出される。あの施設でも、あの家でも、そうだった。
ここでも、搾り取られるだけ搾り取られたら、もう要らないと叩き出されるのだろうか。
ここを追い出されたら、自分は次はどこにいけば良いのだろう。なるべく長く、ここにいさせてもらいたい。何でもするから。何を言われても良いから。何をされても、我慢するから。
でも、夜になって店の控室のソファで毛布にくるまって眠る時、涼平はどうしようもなく寂しくなった。どうして、自分はこんなに劣って産まれてきてしまったのだろう。そう思うと、胸がギュッとなって、息が詰まった。
だけど、そんな自分にも、一度だけ、たった1人だけ、自分の存在をまるまる許してくれた人がいた。何もかもをただただ与えてくれた人がいた。
「涼平、ほんまにおまえはめんこいなぁ。」
そう言って、頭をガシガシと撫でてくれた。
大きくて分厚くて、温かい手をしてた。
焚き火みたいな良い匂いがした。
あの人は今、どこで何をしてるのだろう。
おいちゃんに、会いたい。
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