救い

ken

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花森君

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学校というのは、どうしてこうも同じような見た目なんだろう。
僕は新しく転校した学校の中を、よく喋る教頭の後ろを母と並んでついて歩きながら思った。どこも同じようにみすぼらしくて醜悪だ。

「いきなり教室に行くのがハードル高かったらね、保健室で過ごす事もできますよ。どうですか?保健室で過ごしても出席扱いになりますしね。どうでしょう、しばらく保健室にしますか?」
「そうね!その方が良いんじゃない、どうかしら、たかし?」
「…あ、うん。」
「それが良い!そうしましょう。今、1人男子生徒が保健室登校なんです。
たしか…彼も同じ学年じゃなかったかな。仲良くできるかも知れないですよ!もし1人が良かったら言って下さい。部屋、たぶん用意できます。ま、あんまり緊張せずにね。ゆっくり教室に戻っていけば良いですよ。お母さん、安心して下さい。」
「ええ、ありがとうございます。」

それにしても教師というのはどうしてどいつもこいつもこう声が大きいのだろう。うるさい!と怒鳴りたくなる。

もう二度と行かないと思っていた学校に、行く事にしたのは大学に行きたいと思ったからだ。大学に行って、爆弾か毒薬を作る知識を得て、あいつらをみんな殺してやる。僕をいじめた奴も、笑って見てた奴も、みんなみんな、殺してやる。特にあの4人は、出来るだけ苦しませて殺してやる。

だから、保健室でもどこでも勉強できれば良かった。家でも良かったけれど、中学に通った方が高校に行きやすく、高校を出ていた方が大学に行きやすい。それだけのためだった。そのはずだった。


でも、保健室で花森君と会った時、僕は彼から目が離せなくなった。
ガラッと開いたドアを驚いたような目で見つめていた花森君の、透き通るようなキレイな瞳を見た時、僕は胸がズキンッと刺されたような衝撃に息が止まった。教頭が馬鹿みたいに大きな声で喋っている間、花森君も僕の事をじっと見ていた。こんなキレイな顔の子に、僕の顔はどう映っているのだろう。父親に似て一重の細い目や治ったと思うとすぐにまた出来る頬のニキビを思い浮かべて、僕は急に恥ずかしくなって俯いた。


初めて会話を交わすのに、それから2週間位かかった。僕は花森君の瞳を見たくなる欲求を抑える為に、目の前の参考書を脇目も振らずに解いた。花森君は勉強はせず、いつも本を読んでいた。本を読んでいない時は机に突っ伏して寝ていた。昼近くに登校する時もあったし、給食を食べたら帰っていく時もあった。ひどく疲れたようにぐったりとしている日が多く、気怠げに瞳を伏せるとクルリとカールした長い睫毛が白い頬に影を作った。僕は花森君にバレないように、俯いて目を閉じる花森君を眺めるのだった。

花森君は僕の将来の夢を笑わなかった。むしろ真剣な表情で聞いて、一緒に手伝うと言ってくれた。花森君は新宿を爆破したいらしい。新宿に何があるのかは分からなかったけれど、花森君と一緒ならなんでもできそうな気持ちになった。

でも、花森君は日に日に痩せて窶れていった。ここ最近は特にひどく、本を読まなくなり、いつも眉を寄せて、痛みに耐えているような様子だった。休みがちになり、来てもベッドで寝ている日も多く、給食を食べるためだけに学校に来ているみたいだった。
心配すると大丈夫と微笑んでいたのが、次第に大丈夫と言わなくなり、微笑みも出なくなった。
目から力と光がなくなったけど、それでも花森君の瞳は透き通ってキレイだった。むしろますます透き通っていくような気がした。

そして知ってしまった花森君の残酷な秘密。あの美しい花森君が他の男達に汚されていると知った時の、衝撃と震えるほどの怒り。3日後に学校に来た花森君に、僕は我を忘れて怒りをぶつけてしまった。
花森君が悪いわけじゃないのに。
花森君がそんな事、望んでやっているわけ無いのに。

そして花森君は、見た事もないほど哀しい瞳で、「ぼくを殺して。」と言った。
その瞬間、僕は僕の復讐をやめた。

花森君を楽にしてあげる。
僕も同じ目にあったから、分かるのだ。
死ぬ事でしか、逃れられない苦しみもある。花森君がそう望むのなら、僕はそれを叶えてあげる。
そして、花森君を汚した奴に復讐する。

僕の人生全部を、花森君にあげよう。


僕は包丁を2本キッチンの開戸の中から取り出すと、そっと家を出た。
さっき、僕は処方されていた睡眠薬を全部フードプロセッサーですり潰して、ココアに混ぜて花森君に飲ませた。

僕の部屋のベッドで、花森君は死んでいる。ようやく、楽になったのだ。

新宿に向かう地下鉄の中で、僕はスマホを取り出して花森君が言っていたお店を調べた。でもそんなお店は検索できなかった。未成年の子を売春させているお店だ。簡単には見つからないだろう。

でも、僕にはプランがあった。
家出少年を装って、僕が売春したいようなフリをする。声をかけてくる男達から、そのうちにつながる事ができるかも知れない。その為だったら、男達に身体を売る覚悟だった。心配なのは、僕は花森君みたいにキレイじゃないから、買おうとする男がいるか、という事だった。

「吉田君の顔、すごく好きだった。」

花森君の言葉が、僕の心を奮い立たせてくれた。花森君、待ってて。僕もすぐ行くよ。


でも、結局僕は花森君が働かされていた店を見つける事はできなかった。誰一人殺す事はできず、復讐する事も、自分の事すら殺す事はできなかった。
僕は翌日の朝、新宿の路上で警察に捕まった。

夕方、僕が学校を抜け出したと連絡を受けた母が会社を早退して帰宅したのは僕が包丁を持って家を出たほんの数十分後の事だった。母はすぐに僕のベッドに横たわる花森君を見つけて、救急車を呼んだ。花森君はすぐに胃を洗浄され、一命を取り留めたけど今も意識を取り戻していないそうだ。

花森君はきっと、もうこの世界に戻ってきたくないのだ。
かわいそうな花森君。
ずっと自分の気持ちを押し殺して大人達に働かされて、初めて心から願った事も、大人達に勝手に邪魔されて。
それなのに、心のどこかで、花森君が死ななかった事を、もう一度花森君に会えるかも知れないという事を、喜んでいる卑怯な自分がいた。
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