笑顔の消えたおまえを

ken

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救出

入院

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桜亮はその日、目を覚まさなかった。翔太は病院を離れたがらなかったけど、施設の職員に説得され、明日また来る事を念押しして帰って行った。

翌朝医師の小林は出勤するとすぐに桜亮の部屋を訪れた。桜亮は、目を開けて、微動だにせず窓の外の空を眺めていた。小林が部屋に入った事にも気付かないようだった。
「おはようございます、桜亮くん。」
小林が話しかけても、桜亮はぴくりともせず空を見続けた。全身は死んだように力が抜け、胸がほんの少し上下するその動きだけが彼が生きている事を示していた。
「桜亮くん?」
小林がそっと彼の手を持ち上げても、桜亮は動かなかった。
解離症状だろうか?
小林はそっと桜亮の手をベッドに戻すと、静かに部屋を出た。

午前の外来の合間に警察が来て、簡単な事情聴取をされた。来院した時の様子や、最初の診察室の様子を聞かれ、医師としての所見を述べた。
「外傷について詳しくは、外科の吉田にお聞きになった方が良いでしょう。内科としましては、慢性的な栄養失調と、それから扁桃腺炎が酷いです。性感染症の疑いもあり、今検査しています。結果はまだですが、彼自身が性感染症を疑って、検査して欲しいと言ってました。正確には筆談ですが。」
「彼が話す事ができないのは、扁桃腺炎のせいですか?」
「いや、あのバッヂを付けている事からして、相当前から話せないんだと思います。声帯に異常はありませんでした。心因性の失声症が考えられます。」
「心因性の失声症…?」
「酷いトラウマになるような事を体験すると、声が出なくなる人がいます。」
「なるほど。」
「昨日彼を連れてきてくれた子からは話を聞きましたか?」
「昨夜、別の者が少しだけ。今日、学校が終わったらここに来るそうで、彼の施設の職員立ち会いでもう一度調書を取ります。彼が何か?」
「いや、彼が、矢幡さんは保護者から暴力を受けているらしいと打ち明けてくれました。保護者には連絡したのですか?」
「児童相談所と連携しており、今は保護者には警察で保護されているとしか。」
「良かったです。」
「とりあえず、先生には今日のところはこれで。ご協力ありがとうございました。」
「いえ、またいつでも。」

外来が終わって、また桜亮の病室に行くと、看護師が点滴を取り替えていた。小林が部屋に入ると、看護師が会釈した。桜亮も、今度は小林を見て、僅かに顔を微笑ませ頭を下げた。
「桜亮くん、どこか辛いところはありますか?」
そう問うと彼は静かに首を横に振った。
「しばらく、入院してもらいます。身体がとても疲れていて、栄養も足りていない。怪我もしていますね?」
彼はさらに微笑み、ゆっくりと首を縦に振った。小林は枕元にペンとノートを置いた。
「何か、質問とか、言いたい事はありますか?」
桜亮はしばらく考えて、そっとペンを取った。
『検査はしてもらえましたか?』
「はい。まだ結果は出ていません。」
そう言うと、桜亮はゆっくりまた首を振り、そっと瞳を閉じた。小林がしばらく黙って立っていると、桜亮の閉じた瞳からはらりと涙がこぼれ落ちた。
小林はそっと部屋を出た。

小林はそのまま精神科の病棟に行き、友人の精神科医の部屋を訪ねた。
「おう、小林。相変わらず厄介事ばかり拾ってくるんだって?受付の女性陣、疫病神だって怒ってたぞ?」
「ふん、怒らせときゃいいんだ。カルテは見た?」
「吉田からもらったよ。」
「写真は?」
「ああ、見たよ。失声症なんだって?」
「たぶんね。そこはお前の領域だろ?」
「まあね。コミュニケーションは?」
「筆談。自分で持ってたよ、筆談用の紙を。まあ、それほど書いてくれてないけどね、今のところ。診察の時、『性病の検査をして欲しい』と書いたのと、さっき、『検査の結果はでたのか?』って。そのくらい。性病の可能性を相当心配してるみたいだ。」
「性的暴行の痕跡があるって吉田が言ってた。酷かったって。」
「なぜ性病の心配をするのか聞いたら、『不特定多数とコンドームを使わずに性交渉しました』って書いたんだ。普通、16歳の男の子がそんな風に表現する?」
「うーん、まあ、そこはいろいろなタイプがいるだろうね。でも、少なくとも、16歳の子が不特定多数とコンドームを使用せずに性交渉するのは、それほど普通の事ではないよね。」
「病院に連れてきた高校の同級生によると、彼は両親を亡くして親戚の家に引き取られているらしい。今は、従兄弟と2人で住んでいる。保護者のその親類が、彼を虐待していると、現在は同居していないもう1人の従兄弟から聞いたそうだ。でも、それだと、なぜ不特定多数の人間が関わるのだろう?」
「本人と話さないことにはなんとも言えない。被虐待児童は性的な行為に逃避する事もある。」
「そうだね。まあ、とにかく。時間を作って欲しい。警察も事情聴取したがっているけど、その前に一度診て欲しいんだ。警察の事情聴取に耐えられるか、判断して欲しい。」
「分かったよ。小林の頼みならな~。断る事はできないよね~。ところで、今度学会で京都に行くんだけど、ホテルオークラのすっぽんの朝食、食べてみたいなぁ。」
「お前って本当…」
「なに?本当、優しい、だろ?」
「ああ、分かったよ。」
「お前も一緒に来てくれるんだろ?来月の2週目の金曜日。」
「考えておくよ。」
「楽しみだな~」
「神宮寺、お前なぁ……」
「なに?」
「何でもないよ。頼むよ。」
まったく、コイツは……
小林は、どこぞのアイドルも顔負けの眩しいような笑顔でニッコリと笑う友人を、呆れたように眺めた。




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