その日、私は龍に喰われた。

蒼井泉

文字の大きさ
2 / 14
序章

第1話 千人目

しおりを挟む
 夢を見るのだ。
 在る日は、かつての屈辱を。
 在る日は、真っ黒な龍が空を駆け抜ける、写真のような夢を。
 今日はどちらの夢を見るのだろう。私は苛まれるのだろうか。或いは、笑っているのだろうか。
 毎晩床について、天井に絡む植物を見上げるたびにそんなことを思う。
「……うん。おはよう」
 重たい眼を擦ってみる。私の前にいる小鳥は可愛い声で鳴いていて、私の目覚まし代わりだった。
 毛布を畳んで小鳥のくちばしをつつく。視界に映る小麦色の指を通じて己の意識が戻ったことを確認する。
「大丈夫、今日もやることは変わらないよ」
 ゆっくりと指を離せば、小鳥はちゅん、と挨拶をして外へと飛び去っていく。
 私——メリア・アルストロは、魔王の力に二度屈した。
 一度目は、孤児だった私を育ててくれた兄のような存在を奪われたとき。
 二度目は、十七歳になった頃、たった一人で挑んだ魔王との戦い。
 二度の敗北を重ねて、なぜ私が生きているのかはわからない。
 私は義兄が製作した森の奥にある拠点で生活していた。木で大きめに枠を組み、蔦や葉を絡ませただけの簡素な家だが……おかげで、毎朝小鳥が起こしに来てくれる。
 寝起きの頭に襲い来る偏頭痛に耐えながら、自作した木製の椅子に腰掛ける。机の上には紙とペンだけが置いてあって、反対側には中身のない割れた写真立てがある。
「次は必ず魔王を倒す。敗北の汚泥などあれが最後だ」
 苦い記憶が蘇る。
 世界の完全支配を目論む魔王。その強さは筆舌に尽くし難く、実にこれまで九九九人の勇者が命を落としていた。
 私の親にあたる者が生きていた時代の遥か前から、魔王はこの地に君臨し続けている。幼少期に私を育ててくれた義兄は毎晩哀しそうに教えてくれた。


『魔王のせいでたくさんの人がいなくなった。みんな魔王の手で殺されたんだ』
『なんで魔王は悪いことをするの?』
『寂しい生き物なんだ。そうしないと生きていけないんだよ』
『なら、私がやっつける』
『頼もしいな……でも、君ならできるはずだ』
 
 義兄にはたくさんの物語を教えてもらった。幼い頃にこんな会話をしたことが魔王討伐を志すきっかけとなった。彼を失ってから、私は人生の大半を魔法の修行に充てた。
 十七歳の誕生日。私は魔王討伐を計画する冒険者一団の集まりに行った。しかし、「今更こんなガキ一人いたところでどうしようもない」と話すら聞いてもらえなかった。
 私は一人で戦うことを決めた。力のない他人は信用しなかった。密かに鍛え上げた魔法はと思う。


 
 朝食の用意を行うため私は椅子から立ち上がった。就寝時用の服を脱ぎ捨て、適当に見繕みつくろったものを取り出す。露わになった腹部には忌々しい魔力の残滓ざんしが残っていた。魔王に敗北し、つけられた傷跡だった。

 私はかつて魔王に敗北し、確かに殺されたはずだった。
 しかし、私は再び目を覚ました。腹部に残滓がついたことを引き換えに、二度目の生を得ることになった。
 今この瞬間、本当に生きているのかわからない。
 
 響かぬように舌打ちをして、食事を確保するため外に出る。
 夏の日差しは心地良さをとうに超えている。煮えたぎった体を冷やすためにも、朝食は魚にしようと決めた。
雷の翼エレ・トネール
 目をつむってそう呟くと、私の全身をまばゆい電流が駆け巡った。
 ここでは割愛させていただくが、魔法という力を使った技だと定義しておくことにする。
 
 私は勢いよく飛び上がる。森の木々と同じ目線まで到達してから、遠くに見える小川まで己の体を直進させた。
 真上の青空と真下の緑が目にも止まらぬ速さで流れていく。魔力が尽きぬ限りどこまでも飛んで行けるこの魔法がお気に入りだった。
 こうして空を飛んでいると、自分がドラゴンにでもなった気分になる。
 鳥よりも大きな体躯たいくに輝ける翼。生物として完成されたそのデザインを心から愛していた。
 しかし、誰が思うだろうか。
 
「……ッ!?」
 真っ黒な巨体が私の背中を叩いたと、垂直落下の途中でようやく理解した。寝耳に水を入れられたように体は驚愕し、私は目を白黒させながら森へと落ちていく。
 土と体が先に衝突したところで、私を丸々覆う影の正体に気がついた。
 まずい、潰される。
「やめっ」
 魔法詠唱の余裕もなく、赤子同然の四足歩行に残った魔力を駆使してやっとのことで巨躯を逃れた。
 間髪を容れず、私の背後に凄まじい衝撃が起こる。私程度の体では軽々と吹き飛ばされてしまい、受け身を取るのでやっとだった。
 激しい土煙に咳き込みながら、改めて背後を一瞥する。微かに見た光景の通り、そこには黒いドラゴンがいた。
「綺麗だ」
 外敵やもしれぬ生物に、私はそんな声を漏らしてしまう。事実、私は龍の夢を見るが、この世界においてドラゴンは姿を消した存在。目の前にいること自体が異常だった。
 そんなことを思っていると、真っ黒なドラゴンは姿を消した。やはり理解は追いつかず、目の前の光景に呆然としてしまう。
 数秒の間があった。黒は真っ白な煙を発しながら溶けていき、徐々に新たな形を形成していく。
「一体何が起こって……」
 当たり前の感想しか口にできない。
 そんな私に追い打ちをかけるように、白い煙は人型へと変化していった。黒の面影はどこへやら——真っ白な髪に中位の背丈、綺麗な形をした胸の膨らみ——ドラゴンだったものは少女になった。
「キミは?」
 白い髪は綺麗に結えられており、こちらを見つめる双眸はルビーのように赤く煌めいている。
 強いていうのなら、身につけている破廉恥はれんちな衣装がドラゴンの面影を残しているくらいだろうか。
 一国の姫、或いは女王のように美しかった。常に放たれる儚さと幻想的な美しさに加え、どこか蠱惑的こわくてきな雰囲気を纏っていた。
 白の少女は問いに答えない。ずっと私を見つめるままで顔色が変わる気配はなく、接触のための行動をせねば時が止まったままなのではないかと錯覚させられる。
 さて、どう会話を始めたものか。
 切り出しのセリフを迷っていると、白い少女は意外にもそちらから話しかけてきた。
「はじめまして。ここ、どこだかわかる?」
 彼女は場所を問うてきた。
 なんと答えてよいのかわからず、私はこの世界を定義付ける名前を口にした。
「シェーン・ヴェルトと言う。……ところで、キミの名前は?」
「あたし? あたしは涼華りょうか。よろしく」
 彼女の名を聞いた時、私は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
 ドラゴンの姿もそうだったが、彼女は『龍華』によく似ていた。
 龍華——人類が終焉を迎えかけた時、人類を生存させようとする世界が空から降らせる黒い龍。義兄が語った物語の中に、大陸で語られる伝承として聞いたことがあった。
 似ているどころか龍華そのものだった。
ドラゴンから現れる少女なんて聞いたこともない。キミは一体何者なんだ?」
 突然の衝撃と感動、興奮に魅せられた私が彼女の心胸を汲み取ることはできなかった。冷めやらぬ熱を宿したまま彼女に近づき、その白い手をぎゅっと握る。
「私はメリア・アルストロ——メリア、とでも呼んでくれ。
 よければ、話だけでも聞いていってはくれぬだろうか。話の内容次第では協力してほしい」
 私は涼華の手を握ったまま、彼女の顔をしばらく見つめた。遠目では妖艶な女王のような雰囲気の彼女だったが、近くで見てみれば愛嬌と元気、明るさが顔に表れていた。
 私がどんな顔をしていたのかは当然わからないが、少なくとも彼女のどこかに訴えかけるような表情だったのだろう。涼華は真剣な顔つきで、私の手を優しく握り返した。
「もちろん。よろしくね」
 
 その日、私は彼女と出会った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

聖女を追放した国で地獄の門が開きました。すべてはもう手遅れです

小平ニコ
ファンタジー
貧民街出身というだけで周囲から蔑まれてきた聖女エリシア。十年もの間、自らの身を犠牲にしてバロンディーレ王国の『魔』を封じ続けたが、新たな聖女が見つかったことで『もう用済み』とばかりに国を追放される。 全てを失ったエリシアだったが、隣国の若き王フェルディナントと出会い、彼にこれまでの苦労を認められて救われた気持ちになる。その頃、新しい聖女の力では『魔』を封じきれないことに気づいたバロンディーレ王国の者たちが、大慌てでエリシアを連れ戻そうとしていた。 窮地に陥ってなお、傲慢な態度を見せるバロンディーレの者たちにエリシアは短く言い放つ。 「もう手遅れですわ」

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...