クールな女医さんはお砂糖で出来ている

桜屋敷 櫻子

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プロローグ

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 おばちゃんは今日は寝ていなかった。そして、乙女ちゃんのエクレア、確保してあるからね!と言って、冷蔵庫からエクレアを取り出した。私が浮かない顔をしているからか、おばちゃんは心配そうな顔で言った。体調が悪いのかい?違うの、寂しいの。そんな会話をする。おばちゃんはレジカウンターから出てきて、私を抱き締めてくれた。



 ふわり、洗濯物のいい匂いがした。おばちゃんはいつでもここにいるからね。そんなおばちゃんの言葉に涙腺が緩んでしまう。私は涙でおばちゃんの服を濡らしながら、もう退院が決まりそうなのだと言った。すると、おばちゃんは私の背中を撫でながら、おめでとう、と言ってくれた。おめでたいけどおめでたくない。私は、もうおばちゃんに会えないのが嫌だ、と泣いた。わがままの類であることは分かっている。それでも、おばちゃんには何でも言えてしまう。看護師さんに言えないようなことも。





 「乙女ちゃん、指切りしよう」



 「っく、ぅ……指切り?」



 「そう。乙女ちゃんが高校を卒業したら、この売店でおばちゃんを手伝っておくれ。絶対だよ」





 高校を卒業したら、私は絶対にこの売店で働く。私の将来は決まった。私はおばちゃんに言う。私が高校を卒業するまで、元気でいてね。すると、おばちゃんは私と指切りをしながら言った。おばちゃん、生まれてこの方、風邪1つ引いたことないから安心しな!私は何だか安心して、エクレアを買って、笑顔で売店を出ることが出来た。



 病棟に戻ると、また主治医と会った。退院が不安?と聞かれ、今日は元気に「そんなことなくなりました!」と答えられた。すると、主治医は少し驚いた顔をして、でも、次の瞬間には笑顔で言った。退院後は元のクリニックに戻ってもらうから、書類、作っておくね、と。私はもう、この病院に来ることは無くなってしまう。でも、不思議と元気でいられた。私はおばちゃんと契った小指に触れ、小さく、大丈夫、と呟いた。今から進学していくことが楽しみになった。



 これが私の、花咲総合病院・小児病棟の思い出。母を亡くした幼少期の全て。学校で絶対に被らないような苗字の私、一豪 乙女は、無事に小学校へ復学して、大きく体調を崩すことなく中学校へ進学し、そして、必死の勉強のお陰で無事に高校へ進学出来た。私がおばちゃんとの約束を忘れた日は無かった。絶対に守ると決めて、辛いことがあっても大切に温めていた約束。私は高校を卒業した、その春にずっと足を向けなかった花咲総合病院を訪ねた。売店は色褪せず、そこにあった。





 「こーんにーちはー……」





 私が売店の中を見回しても、そこにおばちゃんの姿は無い。まさか、辞めちゃった?嫌な汗が滲み出る。商品のラインナップは私が入院していた時より充実している。おばちゃんの好みだろうと思う物も散見される。でも、その肝心のおばちゃんがいない。私は思わず、おばちゃん!と呼んでしまった。すると、倉庫から顔が出てくる。白髪は増えたけど、間違いなくおばちゃんだった。あの赤いアップリケだらけのエプロンも現役だ。私は思わず泣いてしまった。私、約束を守りに来たよ!と。



 おばちゃんも目を潤ませながら、あたしも約束を守ってここにいたわよ、と笑った。私たちを祝福するように、桜の匂いを運ぶ春の風が、売店の窓から吹き込んだ。
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