聖なる乙女の××

笠原久

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第3章 聖なる乙女の英雄

第22話 瞬殺すると相手に強さが伝わらない

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「まぁ人に竜の性別を見分けるのは至難の業であろうな!」

「おい、聞いているのか! なんだそいつらは!?」

 大きな竜は怒った様子だ。ラオカは笑いをこらえながら答えた。

「前に話したであろう? 例の、我に勝った人間――プリムとデイジーだ。二人の仲間であるリリーとシスルも一緒だぞ」

「勝ったことにするの、勘弁してほしいんですけど?」

 私が抗議すると、ラオカは楽しげに笑う。

「別によいではないか。減るものでもなし」

「私の変な噂が増えていくんです! っていうか、ラオカさまの名声は確実に下がってるじゃないですか! 減ってますよ思いっきり!」

「我は気にせん。それに畏敬の念と恐れの感情はワンセットだ」

「どっちもいらないんで返品させてください! 単品注文もしません!」

「おい! 私を無視するな!」

 竜が怒鳴り声を上げた。

「貴様に勝ったことなど自慢になるか! そもそもお前は魔王との戦いから逃げた! そんなやつに勝ったところでなんになる!? 魔王を倒すことなど――!」

「方針変更で魔王軍は追い払うが、魔王は倒さぬらしいぞ?」

「なんだ、そのふざけた理由は!? 魔王を倒さず、どうやって魔王軍を駆逐する!?」

「長老会っていうのが――」

 私は説明しようとしたが、

「矮小な人間の話なぞ聞いておらん!」

 と相手は聞く耳を持たなかった。困ってラオカに目を向けると、彼女は楽しげににやりと笑った。

 竜の顔は意外と表情豊かで、思っていることがすぐにわかるのだった。

「ひとつ勝負をして、納得させてやればよいではないか。お主らの実力を知れば、あやつも認識をあらためると思うぞ?」

 ラオカの言葉に、長老が大きくため息をついて頭を振った。

「最初からそれが目的か……ラオカミツハよ」

「わかりやすくてよかろう? 人の力を理解すればおとなしくなるであろうし、一石二鳥よ。悪い手ではないと思うが?」

「そのための犠牲はどう考える?」

「犠牲など出んよ、デイジーがいる限りはな」

 ラオカは不敵に笑ってみせた。大きな竜は、自分が馬鹿にされたと思ったようだ。

「まさか、そこの脆弱な人間ふぜいに私が負けるとでも――」

「実際苦戦しているのだろう? 聖王国の誇る聖騎士に。力づくで従わせようとしたが、思いのほか相手が強く、うまく行かない――」

「黙れ! 戦いから逃げたものにとやかく言われる筋合いはない! そもそも奴らが我らの戦いを邪魔してくるのだ! ドラゴンに任せておけばよいものを、横からしゃしゃり出てきて鬱陶しい!」

「えーと……やっちゃっていいの?」

 舌戦が続いているので、私は竜を指さした。相手は駄々をこねるように空中で手足と翼を動かした。

「何をだ!? 貴様ごとき人間に誇り高きドラゴンが倒せるか!」

「攻撃していいのかしら……?」

「まだ言うか! やれるものなら――」

「あ、やっていいんだ」

 私は闇の大魔術を放った、全力で。

 仮にもラオカを雑魚扱いしているのだ。かなりの使い手だろう。私は警戒し、本気で撃った。一〇〇〇メートルを軽く超える闇の龍が現れる。

 目の前のドラゴンを喰らい尽くそうと、渦を巻きながら突進していく。あらためて見ると、東洋の龍と西洋の竜が戦っているかのようだ。絵になる光景である。

 闇の龍は大口を開けて、ドラゴンの体を飲み込んだ。

 そのまま勢いを殺すことなく、後方に見える海に突っ込んでいった。山にぶつかりそうだったので、私が方向をそらしたのだ。

 何千メートルにも及ぶ巨大な水柱が上がって、大地が激しく揺れた。大気に衝撃が走る。振動した空気が拡散して、山脈の巨樹を大きくしならせた。枝葉が折れそうなほどに揺れ動いて、嵐のような轟音を立てる。

 ドラゴンの姿は跡形もなかった。

 デイジーの治癒魔法が飛んだ。どうやら喰らった時点で体が吹き飛んでいたらしく、竜はその場で再生した。

 気を失っているようで、復活と同時に地面に落ちていった。だが激突直前で気づいたらしく、慌てた様子で元いた高度まで戻ってきた。

「な、なんだ!? 何が……!」

 竜は明らかに焦っていた。自分に起きた出来事を把握できていないらしい。混乱した様子で忙しく首を動かし、まわりを見ていた。
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