1 / 21
01
しおりを挟む
「逃げられた……だと?」
事務所の二階、明かりの点いていない組長室内で嘉島は視線だけを動かし、扉の前に立っている組員の西野へ冷淡な声を放った。
頭部を濡れタオルで押さえ、若干青褪めている西野は、頭を下げて謝罪の言葉を幾度も零す。
一ヶ月前から武闘派の嘉島組は、橋を挟んだ向こう側にシマを持つ菅田一家と抗争状態にあった。
菅田一家とは以前からいがみあっていたが、菅田の組員が嘉島組幹部の人間を一人暗殺した為、抗争は始まった。
組長と若頭を中心とする強い結束力で結ばれた嘉島組は、あまり類のない激烈な報復行動を行なう武闘派ぶりが有名で。
この一ヶ月間ほぼ連日、菅田一家の人間を容赦なく襲撃し続け、文字通り血の雨を降らせた。
菅田一家幹部を襲撃するグループや、事務所に直接殴り込む部隊などを決め、一番若い組員達は菅田を捜し出す部隊に回された所為で、西野もあまり寝る事無く行方を追って連日走り回っていた。
が、数刻前に歓楽街で漸く、菅田を見つけた。
西野は仲間の到着を待たず、一人で菅田を捕らえに掛かったが激しく抵抗され、結果的に逃げられたのだ。
「あの野郎、看板でオレの頭殴りやがって……すんません、組長。オレ、気絶しちまって……ホントに、すんません」
一人で菅田を捕らえれば、嘉島に気に入られて昇格させて貰えるかも知れないと考えたのが、悪かった。
未だ頭部が痛むが、それよりも己の不始末が許せず、西野は頭を下げたまま歯噛みする。
謝罪を耳にした嘉島は言葉をすぐに返す事は無く、懐から煙草を取り出し、口に咥えた。
傍らに立っていた若頭の田岡がすかさず、ジッポライターで火を点ける。
「菅田の野郎相変わらず、しぶてぇな」
深く吸い込み、苛立たしげに呟いてから紫煙を吐く。
未だ頭を下げたままの西野へ再度視線を移し、冷淡な口調で、顔を上げるよう命じた。
すると西野は素早く顔を上げ、嘉島へ恐る恐る目を向ける。
室内の明かりは点いていないが、外から入り込んで来る派手な光の所為で嘉島の憮然とした表情が嫌でも見え、思わず西野は恐怖感から背筋を震わせた。
傘下に数百もの組織を抱えている龍桜会内で、随一の勢力を張っている嘉島組の組長――嘉島憲吾。
組や龍桜会に刃向かう者には容赦せず、報復は徹底的に行なうと云う冷酷な一面を持っている上、ひどく扱い難い男だと、この世界では良く耳にする。
武闘派にしては珍しく、組員を意味も無く殴りつける事はしないが、使えない組員には無慈悲だとも聞いた事が有る為、西野は恐怖を抱かずには居られない。
「組長、お、オレ……許して貰えるなら何でもします」
震えた声を零すが、嘉島は窓の外へゆっくりと目を向け、ネオンが煌く夜の歓楽街をつまらなそうに眺め出す。
重苦しい沈黙が幾分か続いた後、煙草を燻らせていた嘉島が不意に、双眸を細めた。
「だったら、菅田ん所の幹部宅にでも殴り込め。」
冷淡な口調で言い放たれ、西野は、愕然とする。
口を開いて何か返そうとするものの、威圧的な嘉島を前にして反論など出来る筈も無く、すぐに力無く俯いてしまう。
濡れタオルを掴んでいた手は小刻みに震えていたが、それを目にしても、嘉島は慈悲の念すら抱かない。
「何してる、さっさと行け。てめぇの命、少しでも役に立たせてから終わらせろ」
冷たく、無慈悲な科白を浴びせられ、西野は少し間を置いた上で勢い良く顔を上げる。
蒼白の顔に汗を伝わせながらも視線を嘉島に注ぐが、すぐに踵を返して駆け出し、部屋を出て行った。
事務所の二階、明かりの点いていない組長室内で嘉島は視線だけを動かし、扉の前に立っている組員の西野へ冷淡な声を放った。
頭部を濡れタオルで押さえ、若干青褪めている西野は、頭を下げて謝罪の言葉を幾度も零す。
一ヶ月前から武闘派の嘉島組は、橋を挟んだ向こう側にシマを持つ菅田一家と抗争状態にあった。
菅田一家とは以前からいがみあっていたが、菅田の組員が嘉島組幹部の人間を一人暗殺した為、抗争は始まった。
組長と若頭を中心とする強い結束力で結ばれた嘉島組は、あまり類のない激烈な報復行動を行なう武闘派ぶりが有名で。
この一ヶ月間ほぼ連日、菅田一家の人間を容赦なく襲撃し続け、文字通り血の雨を降らせた。
菅田一家幹部を襲撃するグループや、事務所に直接殴り込む部隊などを決め、一番若い組員達は菅田を捜し出す部隊に回された所為で、西野もあまり寝る事無く行方を追って連日走り回っていた。
が、数刻前に歓楽街で漸く、菅田を見つけた。
西野は仲間の到着を待たず、一人で菅田を捕らえに掛かったが激しく抵抗され、結果的に逃げられたのだ。
「あの野郎、看板でオレの頭殴りやがって……すんません、組長。オレ、気絶しちまって……ホントに、すんません」
一人で菅田を捕らえれば、嘉島に気に入られて昇格させて貰えるかも知れないと考えたのが、悪かった。
未だ頭部が痛むが、それよりも己の不始末が許せず、西野は頭を下げたまま歯噛みする。
謝罪を耳にした嘉島は言葉をすぐに返す事は無く、懐から煙草を取り出し、口に咥えた。
傍らに立っていた若頭の田岡がすかさず、ジッポライターで火を点ける。
「菅田の野郎相変わらず、しぶてぇな」
深く吸い込み、苛立たしげに呟いてから紫煙を吐く。
未だ頭を下げたままの西野へ再度視線を移し、冷淡な口調で、顔を上げるよう命じた。
すると西野は素早く顔を上げ、嘉島へ恐る恐る目を向ける。
室内の明かりは点いていないが、外から入り込んで来る派手な光の所為で嘉島の憮然とした表情が嫌でも見え、思わず西野は恐怖感から背筋を震わせた。
傘下に数百もの組織を抱えている龍桜会内で、随一の勢力を張っている嘉島組の組長――嘉島憲吾。
組や龍桜会に刃向かう者には容赦せず、報復は徹底的に行なうと云う冷酷な一面を持っている上、ひどく扱い難い男だと、この世界では良く耳にする。
武闘派にしては珍しく、組員を意味も無く殴りつける事はしないが、使えない組員には無慈悲だとも聞いた事が有る為、西野は恐怖を抱かずには居られない。
「組長、お、オレ……許して貰えるなら何でもします」
震えた声を零すが、嘉島は窓の外へゆっくりと目を向け、ネオンが煌く夜の歓楽街をつまらなそうに眺め出す。
重苦しい沈黙が幾分か続いた後、煙草を燻らせていた嘉島が不意に、双眸を細めた。
「だったら、菅田ん所の幹部宅にでも殴り込め。」
冷淡な口調で言い放たれ、西野は、愕然とする。
口を開いて何か返そうとするものの、威圧的な嘉島を前にして反論など出来る筈も無く、すぐに力無く俯いてしまう。
濡れタオルを掴んでいた手は小刻みに震えていたが、それを目にしても、嘉島は慈悲の念すら抱かない。
「何してる、さっさと行け。てめぇの命、少しでも役に立たせてから終わらせろ」
冷たく、無慈悲な科白を浴びせられ、西野は少し間を置いた上で勢い良く顔を上げる。
蒼白の顔に汗を伝わせながらも視線を嘉島に注ぐが、すぐに踵を返して駆け出し、部屋を出て行った。
101
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる