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1章 名もなき村
13 叱責と圧力鍋
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「マサトさん、お話があります」
村長や調合師との話し合いが終わって食堂に帰ってくるなりミーナに迫られてしまった。
やっぱりあれかな? ミーナやレイジに相談もなしに勝手にこっちの手伝いを優先するように話し合いの方向を持って行ったのが悪かったかな。
本人も村長にその方向で話を合わせてくれたけど、本当は畑をもちたかったとか。
「ミーナ、勝手に話を進めて悪かった」
「本当ですよ。なんでミーナやお兄ちゃんに相談してくれなかったんですか?」
「いや、なんとなく俺の中ではプランはあったんだが今日の話であそこまで進んでいくと思っていなくてな。本当は二人には先に話しておこうと思ってたんだよ」
これは嘘じゃない。
二人にはレシピを教えて村人たちに教えるのを手伝ってほしいと伝えるはずだったんだ。
だが、調合師とあんなに簡単に会えるとは思ってなかったし、会えたとしても火をもらう許可だとかが難しいと思っていたんだ。
「なんで、ミーナたちにこの村から出ていくって教えてくれなかったんですか?!」
「は?」
え? そっち?
いや確かに二人に神様関連の話はしたけど世界中を旅するとは言ってなかったかもしれない。
言っていたとしてもそんな簡単にこの村から出ていくとは思わなかったのかもしれないが。
「ミーナたちのこと置いていくつもりだったんですか?」
「いやいや、そんなことはない。二人には手伝ってもらいたいってずっと思ってたんだ。でも、この村は二人の故郷だろ? だから離れるのもつらいんじゃないかなって」
俺には記憶はないが故郷から離れるのはきっと辛いことなのだろう。
「ミーナはいいのです。お父さんもお母さんもいないこの村には未練も何もないのです。それよりも今はマサトさんからいろいろなことを学ぶのが楽しいんです。だから、この村から離れるときにはミーナも連れて行ってください」
「わかったよ、この村から離れるときにはきちんとミーナにも伝える。勝手に出て行ったりはしないよ」
その時になってみないとわからないだろうが、伝えるのは大事だろう。
もしその時にミーナの気持ちが変わっていなかったらついてきてもらって一緒に旅をするのも楽しいかもしれない。
「お兄ちゃんにもですよ。最近、お兄ちゃんが剣の修業を頑張ってるのだってマサトさんのお手伝いがしたいからなんですから。マサトさん、よく森のほうを見てるから森の中でマサトさんを守れるようにって」
おお、レイジが最近頑張ってたのはそういう理由だったのか。
確かに森のほうはよく見てたがそれだけでよく森に行きたいってわかったな。
「わかったよ、レイジにもちゃんと伝える。そもそも俺は戦闘力皆無だからな、剣士の天職を持ってるレイジについてきてもらえれば心強いよ」
「ミーナは?」
「もちろん料理人の天職を持ってるミーナがついてきてくれるのもうれしいさ。俺は神様に料理を広めろって言われてはいるが料理人ってわけじゃないからな」
実際、俺が作る料理よりもミーナが作ったもののほうがうまいし。
「よし、じゃあ仲直りってことで斑芋のフライドポテトとデビルボアの角煮を作るか」
「あっ、それミーナ気になってたんですよ。村長に渡したやつですよね」
実は村長に渡した賄賂は試作品だったのでミーナとレイジ抜きで作ったやつだったのだ。
というか、フライドポテトは小腹がすいたから夜中に適当に作ったやつの残りだ。
角煮のほうは圧力鍋を見つけたから本当に使えるのか試したくて作ったやつだったりする。
この数日で食堂のほうでもいくつか発見があった。
まあ、そのうちの一つが圧力鍋だっていうのはさっき語ったが、とりあえず冷凍庫に関してはきちんと冷凍できているしレンジでの解凍も冷蔵庫を使った解凍も可能だった。
ただし、食堂を消している間は食堂内の時間が止まるらしく冷凍庫に放り込んだ肉も冷凍が進まず、食堂内に放置した冷凍肉もカチコチのままだった。
また、食堂内に生物がいると消した瞬間に食堂内にいた生物は外に放り出されるらしい。
というのも、斑芋を土がついたままで食堂内に放置したまま食堂を消してみたらその場に芋虫が数匹出現したからだ。
よくはわからないが、植物は食堂内に放置しても平気だが動物は食堂内に生きたまま放置してはダメらしい。
そして、包丁やボールなんかを外に出しても平気なのはデビルボアの解体の時に確認していたがどうも俺以外の人間が持ち出すには俺の許可が必要らしい。
レイジとミーナに手伝ってもらった結果、俺に何も言わずに持ち出そうとしたら食堂から外に出られなくて俺に一言持って行っていいか聞いたら外に出られた。
そして、調味料の類はたとえ俺でも食堂の外には持ち出せなかった。
料理の味付けとして使った場合はその限りではないらしいが、たとえば唐揚げの皿の横にマヨネーズを盛った状態で外に出るとマヨネーズは消えてしまった。
唐揚げにマヨネーズをかけた場合はそのまま持ち出せた。
この辺はこの世界にない調味料を世界に広げないようにするための神様の調整なのだろう。
確かにこの世界ではまだ発見されていない調味料が俺の食堂から広まってしまったらこの世界の人間は新しく調味料を作ろうなんてしないだろう。
そして、俺が死んでしまったら調味料のない世界に戻って料理の技術も衰退していってしまうかもしれない。
だからこその処置なのだろう。
「ねえ、マサトさん。マサトさんがよく使うこの醤油って調味料、すごいよね」
「醤油なあ、作る難易度が高すぎてこの食堂以外で作れる未来が見えないんだよな」
「そうなの?」
「ああ、まず大豆っていう豆を見つけなきゃならないし。作るために特別な菌が必要でその培養には麦とか米とかが必要だからそれも見つけなきゃいけないし。一定の温度にしておかないと菌が死滅してしまうから温度管理も必須だし」
「ミーナじゃまだよくわからないけど、とにかく大変なんだ」
「そう大変なんだよ。この世界でも何とか再現できそうなのはソースとか酒とかかな」
異界のレシピで調べてみれば酒はワインなどならそんなに難しい手順もないし作れるだろう。
ただし、ブドウが見つかれば、という条件が付くけれど。
ソースのほうはワインからワインビネガーかリンゴからリンゴ酢が作れれば他は野菜とか果物を刻んで作るから何とかなるだろう。
問題は果物類があるのかと、砂糖が作れるかどうかだろう。
ちなみに片栗粉だけは斑芋から作成できている。
本当は片栗の根から作るらしいが片栗なんて見つけられる気がしないし、でんぷんを取り出して乾燥させればいいとの記述もあったので斑芋で代用させてもらっている。
フライドポテトなんかにも使ってみているが別に問題はなさそうだった。
あとはデビルボアの脂身から獣脂はできているが、かなり臭みの強い油なので斑芋なんかを揚げるとかなり獣臭くなる。
一応、食堂内の調味料を使ったデビルボアのとんかつはかなり美味くできたのだが、いかんせん食堂以外では作成不可能なせいで獣脂を大量に生産する気にはなれない。
それに何と言っても保存しておくためのガラス瓶などがなかったのだ。
「まずは準備に時間のかかる角煮からやるか。まずは鍋に入るサイズに切り出したデビルボアのバラ肉とそれが隠れるくらいの水を入れて茹でる」
「あれ? 村長に渡した角煮はもっと小さかったよね?」
「ああ、茹でることによって肉の中のアクが出てくるんだ。一度茹でたものを取り出した後に水で洗って一口サイズに切った後に味付け用の調味料と一緒にもう一度茹でるんだ。本当は香りの強い野菜と一緒に煮ると肉の臭みが取れたり肉が柔らかくなるんだがない物はしょうがない」
「緑菜や斑芋じゃダメなんですね」
「そうそう。とりあえず今回は手早く作りたいからこの圧力鍋を使う」
「圧力鍋? ですか?」
「蓋が外れないようになっていて火にかけても蒸気が外に漏れないんだ。そうすると中で圧力が高まって中が高温になるから茹でる時間が少なくて済むんだ」
「よくわからないけどすごいですね」
「まあ、これを食堂以外で再現しようと思えばそれ専用の天職か魔法の才能でも必要になるんだろうな。時間がかかってもいいなら普通の鍋でも作れる料理だから問題ないっちゃ問題ないし」
「じゃあ村でも作れるようになるんですか?」
「いやあ、味付けに醤油や酒、砂糖なんかを使うから村で作るのは難しいな。村で作れるのは塩で味付けしたものがメインになるからな。これから作るフライドポテトとかあとは肉なら炒めたり焼いたりした肉に塩をかけるくらいかな。ああ、そういえば紫トマトがあるから頑張ればロールキャベツくらいは作れるか」
「ロールキャベツ? ですか?」
「切り刻んだ肉を緑菜で包んで紫トマトで作ったスープで煮る料理だな。本当はコンソメとか入れたほうが味に深みが出るんだけどまあなくてもいいだろ」
なくても、というか香味野菜がほとんどないこの村ではコンソメを作るのも難しい。
ネギ類や根菜類が山で見つかればいいが、なければただのデビルボア骨かフライラット骨のスープになるだけだろう。
「斑芋のほうはこの片栗粉をつけるんですか?」
「なくてもいいんだけど、片栗粉をつけたほうが外側がサクサクになるから美味しいんだよ」
「斑芋を使ってるのに斑芋から取れた粉をつけるなんて不思議ですね」
あんまり深くは考えなかったが確かに不思議だな。
まあ、斑芋から片栗粉を取り出すのもおろし金を使ったりしてこの村では難しいからそっちも実験してみないとだめかもしれないが。
包丁で細かく切るだけで、でんぷんが取れればフライドポテトにも片栗粉を使うレシピを伝えるってことで。
難しければそのまま揚げる方法を教える方向だな。
「マサトさん、斑芋の準備はできたよ」
「お、ありがとう。じゃあ、角煮のほうはまだ時間がかかるから先にフライドポテトのほうを作るか」
角煮は時間がかかるから先に準備したんだが、下茹ですら終わらない段階で斑芋の準備が終わってしまったのは完全に配分ミスだな。
しかし、斑芋の色も毎日のように見ていると慣れてしまった。
「じゃあ、斑芋は皮をむいて一口サイズの細切りにしてもらおうか」
「細切りですか?」
「そうそう、こんな感じで細めの枝みたいに切っていくんだ」
前の世界だったら細切りでって言っただけで伝わるのだろうが、料理技術がないこの世界では切り方ひとつとっても見本を見せなければ伝わらない。
「これって何か意味とかあるんですか?」
「意味というか、食材に熱を通すときにはなるべく大きさとか厚さとかをそろえておくと火の通りが均一になるから同じ食材でも一部が生焼けとか焦げたりしなくなるから食感がよくなるんだ。細長く切るのはフライドポテトは手で持って食べてもいい料理だから持ちやすいように、かな」
とかなんとか説明してる間にミーナは用意してあった大半の斑芋を細切りにしてしまった。
そのスピードはざっと俺の三倍近い。
これが天職を持ってる人間と持っていない人間の違いかと思うと悲しいやらむなしいやら。
きっと、レイジとミーナが農家の天職を欲していたのは天職さえあればこの村でも生きていけると子供ながらに感じていたからなのだろう。
おっと、そんなことをつらつらと考えている間に圧力鍋の調理が完了したみたいだ。
ミーナは錘がカタカタ鳴ったり、蒸気が漏れてくる音が怖いのか圧力鍋は見ないようにしていたから俺が何とかしないと中の肉が炭化してしまうだろう。
とりあえず、圧力が抜けるまで待つためにコンロから作業台のほうに移しておこう。
「マサトさん、その鍋まだ開けないんですか?」
「まだこの中に蒸気がたっぷり入っているから今開けると火傷しちゃうんだよ。とりあえずこっちはいったん放置しておいて切った斑芋のほうに片栗粉を付けていこうか」
食堂にはポリ袋も備品として常備されているが、外で作ることも考えてボウルに材料を入れて混ぜていく。
そういえば、よく考えなくてもこの村には皿も椀もないから料理を教える前にその辺をある程度作っておかないとまずいな。
まあ、皿のほうは最悪木を切り出してそのまま使う形でもいいだろう。
若干、まな板っぽい気もするが……。
椀のほうは調合師の家に材料を入れるためか、いくつかガラス製のものや鉄製のものがあったからそれを貸してもらうか……。
「ミーナ、村のみんなって果物の収穫の時ってどうやって収穫してるんだ?」
「急にどうしたんですか? 普通にナイフで収穫したのをボウルとか籠とかに入れてますよ」
なるなる、だったら収穫用のボウルとかはあるわけか。
だったら、最悪それでスープを分けるのもありか。
「いや、緑菜のスープとか教えるのはいいがこの食堂みたいに村には食器がないなと思ってな」
「ああ、そういうことですか。使ってはいないですけどミーナたちの家にもお皿とか器とかありますよ。お父さんとお母さんが生きていたころは緑菜とかも切ってからそれぞれに出していましたし」
そりゃあそうか、いくら料理の概念がないからって野菜をそのまま食べたりはしないか。
「スプーンやフォークはあるのか?」
「食堂のほど小さいのは見たことないですけど、スプーンもフォークも持ってると思います。切った野菜を盛るときに使ったりしますし。それにあれくらいなら村人は木から作れると思いますし」
「んじゃあ、問題はないか。……圧力鍋のほうも圧力が下がったみたいだから蓋を開けてみるかな」
「……マサトさん、気を付けてくださいね」
火傷するとか言ったからミーナの警戒心も上がってしまったようだ。
神様曰く、俺自身の自傷は守りの範疇らしいからたとえアツアツの蒸気にさらされても無傷だろうが、食堂が散らかるのは面倒くさいから圧力鍋の扱いは気を付けよう。
村長や調合師との話し合いが終わって食堂に帰ってくるなりミーナに迫られてしまった。
やっぱりあれかな? ミーナやレイジに相談もなしに勝手にこっちの手伝いを優先するように話し合いの方向を持って行ったのが悪かったかな。
本人も村長にその方向で話を合わせてくれたけど、本当は畑をもちたかったとか。
「ミーナ、勝手に話を進めて悪かった」
「本当ですよ。なんでミーナやお兄ちゃんに相談してくれなかったんですか?」
「いや、なんとなく俺の中ではプランはあったんだが今日の話であそこまで進んでいくと思っていなくてな。本当は二人には先に話しておこうと思ってたんだよ」
これは嘘じゃない。
二人にはレシピを教えて村人たちに教えるのを手伝ってほしいと伝えるはずだったんだ。
だが、調合師とあんなに簡単に会えるとは思ってなかったし、会えたとしても火をもらう許可だとかが難しいと思っていたんだ。
「なんで、ミーナたちにこの村から出ていくって教えてくれなかったんですか?!」
「は?」
え? そっち?
いや確かに二人に神様関連の話はしたけど世界中を旅するとは言ってなかったかもしれない。
言っていたとしてもそんな簡単にこの村から出ていくとは思わなかったのかもしれないが。
「ミーナたちのこと置いていくつもりだったんですか?」
「いやいや、そんなことはない。二人には手伝ってもらいたいってずっと思ってたんだ。でも、この村は二人の故郷だろ? だから離れるのもつらいんじゃないかなって」
俺には記憶はないが故郷から離れるのはきっと辛いことなのだろう。
「ミーナはいいのです。お父さんもお母さんもいないこの村には未練も何もないのです。それよりも今はマサトさんからいろいろなことを学ぶのが楽しいんです。だから、この村から離れるときにはミーナも連れて行ってください」
「わかったよ、この村から離れるときにはきちんとミーナにも伝える。勝手に出て行ったりはしないよ」
その時になってみないとわからないだろうが、伝えるのは大事だろう。
もしその時にミーナの気持ちが変わっていなかったらついてきてもらって一緒に旅をするのも楽しいかもしれない。
「お兄ちゃんにもですよ。最近、お兄ちゃんが剣の修業を頑張ってるのだってマサトさんのお手伝いがしたいからなんですから。マサトさん、よく森のほうを見てるから森の中でマサトさんを守れるようにって」
おお、レイジが最近頑張ってたのはそういう理由だったのか。
確かに森のほうはよく見てたがそれだけでよく森に行きたいってわかったな。
「わかったよ、レイジにもちゃんと伝える。そもそも俺は戦闘力皆無だからな、剣士の天職を持ってるレイジについてきてもらえれば心強いよ」
「ミーナは?」
「もちろん料理人の天職を持ってるミーナがついてきてくれるのもうれしいさ。俺は神様に料理を広めろって言われてはいるが料理人ってわけじゃないからな」
実際、俺が作る料理よりもミーナが作ったもののほうがうまいし。
「よし、じゃあ仲直りってことで斑芋のフライドポテトとデビルボアの角煮を作るか」
「あっ、それミーナ気になってたんですよ。村長に渡したやつですよね」
実は村長に渡した賄賂は試作品だったのでミーナとレイジ抜きで作ったやつだったのだ。
というか、フライドポテトは小腹がすいたから夜中に適当に作ったやつの残りだ。
角煮のほうは圧力鍋を見つけたから本当に使えるのか試したくて作ったやつだったりする。
この数日で食堂のほうでもいくつか発見があった。
まあ、そのうちの一つが圧力鍋だっていうのはさっき語ったが、とりあえず冷凍庫に関してはきちんと冷凍できているしレンジでの解凍も冷蔵庫を使った解凍も可能だった。
ただし、食堂を消している間は食堂内の時間が止まるらしく冷凍庫に放り込んだ肉も冷凍が進まず、食堂内に放置した冷凍肉もカチコチのままだった。
また、食堂内に生物がいると消した瞬間に食堂内にいた生物は外に放り出されるらしい。
というのも、斑芋を土がついたままで食堂内に放置したまま食堂を消してみたらその場に芋虫が数匹出現したからだ。
よくはわからないが、植物は食堂内に放置しても平気だが動物は食堂内に生きたまま放置してはダメらしい。
そして、包丁やボールなんかを外に出しても平気なのはデビルボアの解体の時に確認していたがどうも俺以外の人間が持ち出すには俺の許可が必要らしい。
レイジとミーナに手伝ってもらった結果、俺に何も言わずに持ち出そうとしたら食堂から外に出られなくて俺に一言持って行っていいか聞いたら外に出られた。
そして、調味料の類はたとえ俺でも食堂の外には持ち出せなかった。
料理の味付けとして使った場合はその限りではないらしいが、たとえば唐揚げの皿の横にマヨネーズを盛った状態で外に出るとマヨネーズは消えてしまった。
唐揚げにマヨネーズをかけた場合はそのまま持ち出せた。
この辺はこの世界にない調味料を世界に広げないようにするための神様の調整なのだろう。
確かにこの世界ではまだ発見されていない調味料が俺の食堂から広まってしまったらこの世界の人間は新しく調味料を作ろうなんてしないだろう。
そして、俺が死んでしまったら調味料のない世界に戻って料理の技術も衰退していってしまうかもしれない。
だからこその処置なのだろう。
「ねえ、マサトさん。マサトさんがよく使うこの醤油って調味料、すごいよね」
「醤油なあ、作る難易度が高すぎてこの食堂以外で作れる未来が見えないんだよな」
「そうなの?」
「ああ、まず大豆っていう豆を見つけなきゃならないし。作るために特別な菌が必要でその培養には麦とか米とかが必要だからそれも見つけなきゃいけないし。一定の温度にしておかないと菌が死滅してしまうから温度管理も必須だし」
「ミーナじゃまだよくわからないけど、とにかく大変なんだ」
「そう大変なんだよ。この世界でも何とか再現できそうなのはソースとか酒とかかな」
異界のレシピで調べてみれば酒はワインなどならそんなに難しい手順もないし作れるだろう。
ただし、ブドウが見つかれば、という条件が付くけれど。
ソースのほうはワインからワインビネガーかリンゴからリンゴ酢が作れれば他は野菜とか果物を刻んで作るから何とかなるだろう。
問題は果物類があるのかと、砂糖が作れるかどうかだろう。
ちなみに片栗粉だけは斑芋から作成できている。
本当は片栗の根から作るらしいが片栗なんて見つけられる気がしないし、でんぷんを取り出して乾燥させればいいとの記述もあったので斑芋で代用させてもらっている。
フライドポテトなんかにも使ってみているが別に問題はなさそうだった。
あとはデビルボアの脂身から獣脂はできているが、かなり臭みの強い油なので斑芋なんかを揚げるとかなり獣臭くなる。
一応、食堂内の調味料を使ったデビルボアのとんかつはかなり美味くできたのだが、いかんせん食堂以外では作成不可能なせいで獣脂を大量に生産する気にはなれない。
それに何と言っても保存しておくためのガラス瓶などがなかったのだ。
「まずは準備に時間のかかる角煮からやるか。まずは鍋に入るサイズに切り出したデビルボアのバラ肉とそれが隠れるくらいの水を入れて茹でる」
「あれ? 村長に渡した角煮はもっと小さかったよね?」
「ああ、茹でることによって肉の中のアクが出てくるんだ。一度茹でたものを取り出した後に水で洗って一口サイズに切った後に味付け用の調味料と一緒にもう一度茹でるんだ。本当は香りの強い野菜と一緒に煮ると肉の臭みが取れたり肉が柔らかくなるんだがない物はしょうがない」
「緑菜や斑芋じゃダメなんですね」
「そうそう。とりあえず今回は手早く作りたいからこの圧力鍋を使う」
「圧力鍋? ですか?」
「蓋が外れないようになっていて火にかけても蒸気が外に漏れないんだ。そうすると中で圧力が高まって中が高温になるから茹でる時間が少なくて済むんだ」
「よくわからないけどすごいですね」
「まあ、これを食堂以外で再現しようと思えばそれ専用の天職か魔法の才能でも必要になるんだろうな。時間がかかってもいいなら普通の鍋でも作れる料理だから問題ないっちゃ問題ないし」
「じゃあ村でも作れるようになるんですか?」
「いやあ、味付けに醤油や酒、砂糖なんかを使うから村で作るのは難しいな。村で作れるのは塩で味付けしたものがメインになるからな。これから作るフライドポテトとかあとは肉なら炒めたり焼いたりした肉に塩をかけるくらいかな。ああ、そういえば紫トマトがあるから頑張ればロールキャベツくらいは作れるか」
「ロールキャベツ? ですか?」
「切り刻んだ肉を緑菜で包んで紫トマトで作ったスープで煮る料理だな。本当はコンソメとか入れたほうが味に深みが出るんだけどまあなくてもいいだろ」
なくても、というか香味野菜がほとんどないこの村ではコンソメを作るのも難しい。
ネギ類や根菜類が山で見つかればいいが、なければただのデビルボア骨かフライラット骨のスープになるだけだろう。
「斑芋のほうはこの片栗粉をつけるんですか?」
「なくてもいいんだけど、片栗粉をつけたほうが外側がサクサクになるから美味しいんだよ」
「斑芋を使ってるのに斑芋から取れた粉をつけるなんて不思議ですね」
あんまり深くは考えなかったが確かに不思議だな。
まあ、斑芋から片栗粉を取り出すのもおろし金を使ったりしてこの村では難しいからそっちも実験してみないとだめかもしれないが。
包丁で細かく切るだけで、でんぷんが取れればフライドポテトにも片栗粉を使うレシピを伝えるってことで。
難しければそのまま揚げる方法を教える方向だな。
「マサトさん、斑芋の準備はできたよ」
「お、ありがとう。じゃあ、角煮のほうはまだ時間がかかるから先にフライドポテトのほうを作るか」
角煮は時間がかかるから先に準備したんだが、下茹ですら終わらない段階で斑芋の準備が終わってしまったのは完全に配分ミスだな。
しかし、斑芋の色も毎日のように見ていると慣れてしまった。
「じゃあ、斑芋は皮をむいて一口サイズの細切りにしてもらおうか」
「細切りですか?」
「そうそう、こんな感じで細めの枝みたいに切っていくんだ」
前の世界だったら細切りでって言っただけで伝わるのだろうが、料理技術がないこの世界では切り方ひとつとっても見本を見せなければ伝わらない。
「これって何か意味とかあるんですか?」
「意味というか、食材に熱を通すときにはなるべく大きさとか厚さとかをそろえておくと火の通りが均一になるから同じ食材でも一部が生焼けとか焦げたりしなくなるから食感がよくなるんだ。細長く切るのはフライドポテトは手で持って食べてもいい料理だから持ちやすいように、かな」
とかなんとか説明してる間にミーナは用意してあった大半の斑芋を細切りにしてしまった。
そのスピードはざっと俺の三倍近い。
これが天職を持ってる人間と持っていない人間の違いかと思うと悲しいやらむなしいやら。
きっと、レイジとミーナが農家の天職を欲していたのは天職さえあればこの村でも生きていけると子供ながらに感じていたからなのだろう。
おっと、そんなことをつらつらと考えている間に圧力鍋の調理が完了したみたいだ。
ミーナは錘がカタカタ鳴ったり、蒸気が漏れてくる音が怖いのか圧力鍋は見ないようにしていたから俺が何とかしないと中の肉が炭化してしまうだろう。
とりあえず、圧力が抜けるまで待つためにコンロから作業台のほうに移しておこう。
「マサトさん、その鍋まだ開けないんですか?」
「まだこの中に蒸気がたっぷり入っているから今開けると火傷しちゃうんだよ。とりあえずこっちはいったん放置しておいて切った斑芋のほうに片栗粉を付けていこうか」
食堂にはポリ袋も備品として常備されているが、外で作ることも考えてボウルに材料を入れて混ぜていく。
そういえば、よく考えなくてもこの村には皿も椀もないから料理を教える前にその辺をある程度作っておかないとまずいな。
まあ、皿のほうは最悪木を切り出してそのまま使う形でもいいだろう。
若干、まな板っぽい気もするが……。
椀のほうは調合師の家に材料を入れるためか、いくつかガラス製のものや鉄製のものがあったからそれを貸してもらうか……。
「ミーナ、村のみんなって果物の収穫の時ってどうやって収穫してるんだ?」
「急にどうしたんですか? 普通にナイフで収穫したのをボウルとか籠とかに入れてますよ」
なるなる、だったら収穫用のボウルとかはあるわけか。
だったら、最悪それでスープを分けるのもありか。
「いや、緑菜のスープとか教えるのはいいがこの食堂みたいに村には食器がないなと思ってな」
「ああ、そういうことですか。使ってはいないですけどミーナたちの家にもお皿とか器とかありますよ。お父さんとお母さんが生きていたころは緑菜とかも切ってからそれぞれに出していましたし」
そりゃあそうか、いくら料理の概念がないからって野菜をそのまま食べたりはしないか。
「スプーンやフォークはあるのか?」
「食堂のほど小さいのは見たことないですけど、スプーンもフォークも持ってると思います。切った野菜を盛るときに使ったりしますし。それにあれくらいなら村人は木から作れると思いますし」
「んじゃあ、問題はないか。……圧力鍋のほうも圧力が下がったみたいだから蓋を開けてみるかな」
「……マサトさん、気を付けてくださいね」
火傷するとか言ったからミーナの警戒心も上がってしまったようだ。
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授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
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