料理を作って異世界改革

高坂ナツキ

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1章 名もなき村

21 龍グルミ

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「すごい美味しかったです」

「美味かったけど、昼からこんなに食べていいのかな」

「まあまあ、俺が前にいたところでは朝、昼、晩と三食食べるのが普通だったから今日のところは俺に合わせてくれよ」

 ミーナはそれぞれの味を確かめながら、レイジは夢中になってハンバーガーとフライドポテト、それにレモンライム水を食べていた。
 大皿に盛ったフライドポテトは取り合いになるかな? と思ったが、そこは長年暮らしてきた兄妹だけあってきちんと三等分にして自分の分以外は食べないようにしていた。
 本当に気づかいのできる子たちだ。

 ミーナの天職は作れば作るほど、食べれば食べるほど次に作る料理の質が上がるようで、よく作る粉ふきいもやパンは俺に指示されなくても作ろうかと言えば一人で作れるレベルだ。
 それは調理過程の一手順でもそうで、ここ二日間フライドポテトを作ったから切り方や揚げ時間なんかは何も言わなくてもできて、作るたびにその精度は上がっていくだろう。
 たとえ知らない料理でも俺が横からレシピや調理手順を口に出すだけで作れるようになる日もそんなに遠くないのかもしれない。

 神様は料理の知識が全くない世界だから広めるのも大変と言っていたが、この調子なら料理人の天職持ちの人間に教えるだけならそんなに難しくないのかもしれない。
 問題は、料理人の天職持ちがどれほど貴重かって話になるが、この村で言えば絶望的。
 もともといた村人たちはほぼ全員が農家の天職持ちで、移り住んできた人間も商人か戦闘系の天職を持ってる人がほとんど。
 たまにいるのは、算術とか治療とかそれ単体やそもそもポーションが普及してるこの世界では実用性が少ない天職持ちだ。

 まあ、この村では簡単料理を根気良く教えるしかないかな。
 幸い、切ることに関しては戦闘系天職が恩恵を受けられるのはレイジで確認済みだし、焼いたり、煮たりなんかは程度の差はあれしっかり火元を見て放っておかなかければ失敗することもないだろう。

「ねえ、マサト兄ちゃん。またこれ作ろうよ。僕、これ好きだ」

「ミーナはね、ハンバーグに使ったソースはステーキにも合うと思うんだ。いつも使ってる塩コショウよりも味が複雑だから食べ応えのあるステーキにも合うと思うんだ」

 そういえば、白根が手に入ったから大葉がないけどおろしポン酢とかにもできるんだな。
 まあ、これも醤油とか出汁とかが手に入らない以上、食堂でひっそり食べるだけになるが。

「そうだな、ミンチ肉を作るのを二人が手伝ってくれるならまた作ってもいいかもな。今日手に入れた食材を組み合わせてもいいし」

 レモンライムのしぼり汁に水で溶いた塩を混ぜておろした白根の上からかけたら疑似おろしポン酢にならないか?
 多分難しいだろうが、ポン酢がない以上村人用のはそれもいいかとも思う。

「僕、絶対に手伝うよ」

「じゃあ、ミーナはパンも作るよ。このハンバーグにはパンが合うもん」

 二人のはしゃぐ様子を眺めつつふと地面を見ると、木の実がいくつも落ちている。
 どうもこのあたりの巨木は果実がそのまま地面に落ちるようなタイプではなく、固い木の実になってから落ちてくるタイプの樹木らしい。

『名前:龍グルミ 可食部:種 年齢:百八十日 食用:可 果実は硬くなり食用に向かないが中の種子は脂肪分が豊富で美味しい。果実が硬いので獣が食用にすることは少ない』

 クルミかあ、単体で食べてもおいしいみたいだけど、料理ってなると副菜か、ソースに使うか……ああそうか、パンに混ぜて焼いてもいいのか。

「レイジ、ミーナ、地面に落ちてる茶色い木の実だけど、実は食用なんだ。しかも、パン生地に混ぜて焼くとパンに固い食感が合わさっておいしくなる」

「本当!? じゃあいっぱい採るよ」

「ミーナも新しいパン作ってみたいから、拾うね」

 二人は地面に落ちている龍グルミを採りつくす勢いで拾っているが、これはレモンライムや白根と違って樹上で生るものだから全部拾っても大丈夫かな。

「ねえ、マサト兄ちゃん。マサト兄ちゃんを疑うわけじゃないけど、本当にこれ食べるの? すごく硬くて僕、噛み切れなさそうだけど……」

「ははは、その硬い果実の中に食べられる種が入っているんだよ。外側の硬い部分は食べないよ」

「だから、獣たちも食べてないんですね。でも、こんなに硬いのにどうやって中身だけ使うんですか?」

「ナイフで切り付けてみる?」

「食堂には専用の道具があったと思うけど、石の上においてその上から石でたたいても割れると思うよ」

 流石にくるみ割り人形はなかったが、ペンチ型のくるみ割り器なら食堂に備品にあったはずだ。
 それに、硬いと言ってもさすがに石や鉱石ほどじゃないのでその辺にある硬めの石を使えば、割るのはそこまで苦じゃないだろう。
 慣れるまでは中身まで潰しそうだけど……。

 二人が拾い終えるまでここから動けないので、適当に周囲を見回してみれば龍グルミの木の根にはキノコ連なって生えている。
 そういえば、この世界に来てからいくつも果樹は見てきたがキノコが生えてるところは見たことがないな。
 村の中はカラカラというわけではないが、湿気も少ないからキノコが生えなかったんだろうが、森の中は流石に湿気が多いからキノコも豊富かもしれない。

 まあ、ここは龍グルミの木が密集してるから下草が生えてなくて見つけやすかったけど、下草が生えてるところはキノコ探しも難儀するだろうし、見つけたらラッキーくらいに思っておくか。

『名前:ドラゴンマッシュルーム 可食部:傘 年齢:十日 食用:可 龍グルミの木に生える特殊なキノコ。傘はそのまま食べると胃の中で胞子をばらまき、胃の中をキノコだらけにするため普通の生物が生で食べると死ぬ。胞子は熱を通すと胞子の生殖能力が無くなるので食用可能になる。焼くと苦みが増すので茹でるか蒸す調理方法に向いている。他のキノコと共生しないので龍グルミの木を独占している』

 しかし、名前のドラゴンは龍グルミの龍に引っ張られているんだろうが、キノコ自体は群生していて一つ一つが小さいのでとてもドラゴンとは呼べないと思う。
 キノコだったら、茹でてから白根おろしと合わせて醤油をかけてもいいし、何だったら片栗粉とキノコを使ってあんかけを作ってハンバーグにかけてもいいだろう。

 多分二人は気味悪がるだろうけど、これも教えておくか。

「二人とも、この木に生えてるのも食べられる食材だよ」

「えっ!? マサト兄ちゃん、コレ、食べるの!?」

「さすがに、ミーナもこれは……」

 やはりというかなんというか、二人の反応は芳しくない。
 まあ、キノコって知らない人から見たら不気味な印象を与えるし、初めに口にした人はすごいなって感じの食材だもんな。

「はは、二人は無理して採らなくても俺が必要な分だけ採るから大丈夫だよ。ただ、この食材は生で食べると死ぬような劇薬だから絶対に生では食べないようにね。あと、焼くと苦くなるから、調理するなら茹でるか蒸すように」

 俺が食べていたら二人も食べてみるっていうかもしれないし、おいしくなる調理法や注意はしておく。
 注意のほうは村人にもしておかないと、龍グルミを常食にする話になったら挑戦者がポーションがあるからって試しに生で食べそうだし。

「ああ、レイジ。さっきレモンライムを見て酸っぱいって言ってたけど、あれ生で食べたことあった?」

「うん、森に村のおっちゃんたちと入った時に聞いてみたらすっぱくて食べられたもんじゃないって言われて試しに」

「多分、他の人も死人が出てないから止めなかったと思うんだけど、食べ物の中には食べた瞬間に死ぬような物もあるから、これからはよくわからないものは俺のところまで持ってきてほしいんだ」

「ポーションがあるよ?」

「ポーションが飲めなくなるような毒もあるし、飲む暇もなく死ぬような毒もこの世にはあるんだ。だから、な」

 斑芋も呼吸器系の毒があるがあれは即効性がある毒ではないうえに食道や胃は無事だからポーションが効いたのだろう。

「うん。……マサト兄ちゃんがそこまで言うならそうするよ」

「でも、マサトさん。ミーナたちにも神様の加護が付いたんですよね、怪我とかしなくなるってやつ? それでも危ないんですか?」

 レイジは素直に、ミーナは少し疑問をもって俺に問いかけてきた。
 確かにホーンラビットの時のことを考えれば毒すら跳ね返すかもしれない。

「確かに、神様の加護なら毒も効かないかもしれない。でも、俺にかかっている加護と違って二人の加護は自傷には効かないらしいんだ。だから、自分の意志で食べた食べ物に毒があった場合に加護が発動するかはわからないし、下手したら死ぬことを気軽に試すわけにもいかない。それに、加護が発動して俺たちだけが無事で同じものを食べた他の人が死んだ場合、俺たちが毒を盛ったんじゃんないかって責められる恐れもある」

 言葉にして初めて分かったが、俺が本当に恐れているのはこっちかもしれない。
 ただでさえ、誰も食べてないものを食べられるって言って広めようとしているのに、その食材が毒で死人が出た、しかも一緒に食べたはずの料理人は死なない。
 そうなったら、俺の前任者が討伐したらしい魔王の再来と言われて神様にも見捨てられるかもしれない。

「まあ、でもそこまで深刻になることでもない。初めて見る食べ物は俺も気になるからな。一人で勝手に食べないでみんなで共有した方が楽しいし、美味しい食べ方も見つかるかもしれないだろ?」

 二人があからさまに緊張した顔つきになったので場を和ますためにも軽い調子で言う。
 警戒心を持ってほしいのも確かだが、二人はまだ子供だしあんまり深刻に考えられても困る。
 二人とはいい関係を築きたいし、長い旅になった時に不満やすれ違いは仲たがいの原因にもなりかねないし。

「ふふ、わかったよ、マサト兄ちゃん。僕もすっぱい思いして食べるよりもマサト兄ちゃんに美味しくしてもらってから食べるほうがいいしね」

「じゃあ、マサトさんもミーナたちに隠れて新しい料理を作らないでくださいね」

 あ、これ、レイジは気にしていないけどミーナは俺が一人でパンやらフライドポテトやら角煮やら作ってたことに対してまだ怒ってるな。

「わかったわかった。俺も何か作ったら二人に最初に教えるよ。でも、試作することもあるし俺の勉強でもあるから一人で先に作るのはある程度目をつむってくれ。教えるのはミーナが一番先にするからさ」

「絶対ですよ。先に作るのは許しますけど、絶対に他の人に教える前にミーナに教えてくださいよ?」

「わかったわかった」

「マサト兄ちゃん、僕も。教えるのはいいけど、食べるのは僕もミーナと一緒で一番にしてよ?」

「わかったよ、約束する」

 未来は分からない。
 これから二人が俺のもとから離れることもあるかもしれない。
 でも、今だけは、少なくとも今だけは心の底からそう約束する。
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