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2章 領都
15 料理人の天職
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料理人の天職……そりゃあ、外には出せないし、信頼していても使用人に話すわけにもいかないだろう。
料理……なんていう見たことも聞いたこともないものに適性があるなんて言われても何の役に立つのか、それ以前に有益であるかどうかの判断すらできないのだから。
この世界での天職というのは本当に重要なもので、戦闘系の天職と料理人の天職をもっているレイジとミーナですらできることや、努力した結果が全く違う。
戦闘系の天職を持つレイジは刃物を使う才能にあふれている。
戦闘はもちろんのこと、肉を解体したり、部位ごとに切り分けたりするのは下手をすれば料理人の天職をもつミーナと変わらないくらいの成果を出す。
だが、刃物を使っていても苦手なことがある、それは野菜や果物の切り分けだ。
最初のことは緑菜と斑芋くらいしか切るものがなかったからわからなかったが、白根の皮をむいているときにその差は顕著になった。
ミーナは一度も途切れることもなく皮をむいているのに対して、レイジのほうは俺と変わらないくらいに皮がぶちぶちと切れていくのだ。
逆に農家の天職を持っている村の人たちは野菜を切ることに関しては抜群なのに、獣の肉を切るとまるで素人がやっているようで、結局村では野菜は農家の天職持ちが、肉は戦闘系の天職持ちが担当するということになっていた。
ちなみに料理人の天職を持っているミーナはナイフや包丁なんかの刃の短い刃物を使うのは得意のはずなのだが、その使い道が戦闘となると点でだめなのだ。
レイジと変わらないステータスを持っているので、それなりに戦えると思って戦闘の訓練をしてみることを提案してみたことがあったのだが、剣士の天職を持っているレイジと比べるまでもなく、ナイフの振りは遅いし、何より状況判断が遅すぎた。
単純な力や速さはレイジと遜色がないので、力量差がある相手なら相手を叩き潰せるような重量の武器で押しつぶすくらいはできるだろうが、同等の力量、あるいは搦め手で攻めてくるような相手には全くと言って歯がたたない印象だった。
「料理人の天職をお持ちで、なるほど、それは今までは難しい立場であったでしょうね」
「そうだ、今までは……だ。君が、君たちが作ってくれた料理を食べた瞬間にその価値観がひっくり返った。ウィリアムから料理という言葉を聞いた瞬間には天地がひっくり返ったような気持ちになったものだ」
そりゃあそうだろう、自分の娘が無能の烙印を押されていたのが、一瞬で有益どころかこれからの世界を変えうる能力だと知らされたのだから。
領地の人間を守る領主としても、子供の幸せを願う親としてもこんなにも嬉しいことはないだろう。
「それで、私に願いとは?」
「うむ、どうかマサト君のもとで私の娘、イーリスを料理人にしてほしいのだ」
いや、まあわかってたよ。
料理という技術を知っているのがこの世界でも俺一人……いや、俺とレイジとミーナだけな以上俺に預けるしかその才能の伸ばし方がないというのは。
それでも、相手が貴族な以上、わかっていても頼まれていないうちから引き受けますなんて言えるはずもない。
「お嬢様を私のもとで料理人に……ですか。預かるのはもちろん良いのですが、私はあくまでも流浪の人間。次の場所へ旅立つまでの間ということになりますが、よろしいですか?」
「もちろんだとも」
「それと、教えるとなればこのように丁寧な言葉遣いをすることはできないでしょう。もちろん無理に厳しくしたり、嫌がらせをするわけではないですが、すでにいる弟子と違う態度で接することは難しい。これは了承してもらわないと困ります」
これだけは守ってもらわないと困る。
レイジやミーナに教えているときに特別扱いはできないし、そんなのは本人が困るだけだろう。
それに何よりも、俺の言語能力は神様の加護で通じるようにしてもらっているというだけだ。
相手にはどう聞こえているのかわからない以上、相手にとっては不快な言葉をいきなりいう可能性もあるのだ。
「ふむ、マサト君の話し方なら問題ないだろうが、物を教えるというのはそんなに簡単なものじゃないしな。なに、私も騎士団の連中と話す際には言葉が荒くなることもある。問題ないだろう」
「では、預かる方向で考えさせてもらいます。つきましては報酬をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「報酬。ふむ、確かに大事なことだな。生きるためには金が必要だからな、どのくらいが妥当かのう」
「いえ、金銭を直接という形ではなくウィリアムさんたちがとってくる食材や領都にある野菜を格安かつ優先的に譲っていただきたいのです。それと、領都にて食堂を経営する許可をいただければ」
正直、金はもらったところでどのくらいの価値があるのかがよくわからん。
野菜は安く、果物は高いという話だったが、料理が広まる過程で市場価格がどうなるかわからないし、金銭の価値も変わるだろう。
あと、ウィリアムさんからもらえる報酬だけでもしばらくは食べていける、というのも大きいだろう。
「ふむ、金銭よりも食材か。確かにあの食事には複数の食材が必要な以上金銭よりも食材の入手経路を増やす方が賢いか。……しかし、領民相手にあの食事を出しても食べるものがいるのかのう?」
「これも神様のご意志なのです。神様は特定の個人ではなく、世界全体で人間の能力が強化されるのを望んでいました。そのためには領主様だけではなく、騎士団だけではなく、領民全体が食事を変えなければならないのです」
「なるほどなるほど。神様の意思という話では断りづらいのお。しかし、騎士団の能力が上がるメリットは分かるが、領民に力を付けさせる意味がそこまであるかのう」
「もちろん、意味はあります。力が強くなれば今までよりも重い物を運ぶことが可能になりますし、速さが上がればこれまでよりも多くの作業が可能になるでしょう。まだ食材の特定はできていませんが、頑丈さが上がれば病気になりづらくなったり怪我になりにくくなるでしょう」
「……ふむ」
「それになにより、騎士団が魔獣や獣の討伐に失敗したり、領都の外で魔獣や獣に遭遇した場合でも力があれば撃退が可能かもしれませんし、速さがあれば逃げ切れるかもしれません」
神様は俺が依頼を断った場合にはこの世界の人間が魔獣や獣に蹂躙されると言っていた。
人類全体として、魔獣や獣よりも弱いと示唆しているのだろう。
「確かに現状でも獣や魔獣との戦いで亡くなる領民は後を絶たない」
「であれば、対策をとるべきです」
「だが、市井にそんなに簡単に料理が広まるかのう」
「火を扱える施設を作れるかどうかが肝でしょうね。こればかりは助言することはできても、私ではどうしようもない部分です。ですが、市井にて料理人の天職を持っている人間がいればお嬢様同様、弟子にしてもよいと思っています」
というか、そうしないといつまでたっても料理が広まっていかない。
かまどを作るのか、魔法でどうにかするのかは俺ではどうしようもないから、村では村長に頼んだように、領都では領主にどうにかしてもらうしかない。
「だがのう、マサト君たちが市井に降りてしまったら私たちはこの料理は食べられないということだろう?」
「……領主館の近くに食堂を建てるスペースを作っていただければよいかと。そうすれば、お嬢様が領主館に戻る際にでもお料理を運べるでしょう」
なんかいろいろ理由を付けていたのは自分たちが食べられなくなるからか。
まあ、気に入ってくれたのならいいことなんだけどな。
「ジョシュア様、領主館の近くに建設場所を提供するの良い案だと思いますよ。そうすれば我々、騎士団も気軽に通えますからね」
まあ、騎士団の人間にとっては能力値が上がる以上重要なことだろうけど、そこまで食い気味に言うことでもないと思うんだよ、ウィリアムさん。
料理……なんていう見たことも聞いたこともないものに適性があるなんて言われても何の役に立つのか、それ以前に有益であるかどうかの判断すらできないのだから。
この世界での天職というのは本当に重要なもので、戦闘系の天職と料理人の天職をもっているレイジとミーナですらできることや、努力した結果が全く違う。
戦闘系の天職を持つレイジは刃物を使う才能にあふれている。
戦闘はもちろんのこと、肉を解体したり、部位ごとに切り分けたりするのは下手をすれば料理人の天職をもつミーナと変わらないくらいの成果を出す。
だが、刃物を使っていても苦手なことがある、それは野菜や果物の切り分けだ。
最初のことは緑菜と斑芋くらいしか切るものがなかったからわからなかったが、白根の皮をむいているときにその差は顕著になった。
ミーナは一度も途切れることもなく皮をむいているのに対して、レイジのほうは俺と変わらないくらいに皮がぶちぶちと切れていくのだ。
逆に農家の天職を持っている村の人たちは野菜を切ることに関しては抜群なのに、獣の肉を切るとまるで素人がやっているようで、結局村では野菜は農家の天職持ちが、肉は戦闘系の天職持ちが担当するということになっていた。
ちなみに料理人の天職を持っているミーナはナイフや包丁なんかの刃の短い刃物を使うのは得意のはずなのだが、その使い道が戦闘となると点でだめなのだ。
レイジと変わらないステータスを持っているので、それなりに戦えると思って戦闘の訓練をしてみることを提案してみたことがあったのだが、剣士の天職を持っているレイジと比べるまでもなく、ナイフの振りは遅いし、何より状況判断が遅すぎた。
単純な力や速さはレイジと遜色がないので、力量差がある相手なら相手を叩き潰せるような重量の武器で押しつぶすくらいはできるだろうが、同等の力量、あるいは搦め手で攻めてくるような相手には全くと言って歯がたたない印象だった。
「料理人の天職をお持ちで、なるほど、それは今までは難しい立場であったでしょうね」
「そうだ、今までは……だ。君が、君たちが作ってくれた料理を食べた瞬間にその価値観がひっくり返った。ウィリアムから料理という言葉を聞いた瞬間には天地がひっくり返ったような気持ちになったものだ」
そりゃあそうだろう、自分の娘が無能の烙印を押されていたのが、一瞬で有益どころかこれからの世界を変えうる能力だと知らされたのだから。
領地の人間を守る領主としても、子供の幸せを願う親としてもこんなにも嬉しいことはないだろう。
「それで、私に願いとは?」
「うむ、どうかマサト君のもとで私の娘、イーリスを料理人にしてほしいのだ」
いや、まあわかってたよ。
料理という技術を知っているのがこの世界でも俺一人……いや、俺とレイジとミーナだけな以上俺に預けるしかその才能の伸ばし方がないというのは。
それでも、相手が貴族な以上、わかっていても頼まれていないうちから引き受けますなんて言えるはずもない。
「お嬢様を私のもとで料理人に……ですか。預かるのはもちろん良いのですが、私はあくまでも流浪の人間。次の場所へ旅立つまでの間ということになりますが、よろしいですか?」
「もちろんだとも」
「それと、教えるとなればこのように丁寧な言葉遣いをすることはできないでしょう。もちろん無理に厳しくしたり、嫌がらせをするわけではないですが、すでにいる弟子と違う態度で接することは難しい。これは了承してもらわないと困ります」
これだけは守ってもらわないと困る。
レイジやミーナに教えているときに特別扱いはできないし、そんなのは本人が困るだけだろう。
それに何よりも、俺の言語能力は神様の加護で通じるようにしてもらっているというだけだ。
相手にはどう聞こえているのかわからない以上、相手にとっては不快な言葉をいきなりいう可能性もあるのだ。
「ふむ、マサト君の話し方なら問題ないだろうが、物を教えるというのはそんなに簡単なものじゃないしな。なに、私も騎士団の連中と話す際には言葉が荒くなることもある。問題ないだろう」
「では、預かる方向で考えさせてもらいます。つきましては報酬をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「報酬。ふむ、確かに大事なことだな。生きるためには金が必要だからな、どのくらいが妥当かのう」
「いえ、金銭を直接という形ではなくウィリアムさんたちがとってくる食材や領都にある野菜を格安かつ優先的に譲っていただきたいのです。それと、領都にて食堂を経営する許可をいただければ」
正直、金はもらったところでどのくらいの価値があるのかがよくわからん。
野菜は安く、果物は高いという話だったが、料理が広まる過程で市場価格がどうなるかわからないし、金銭の価値も変わるだろう。
あと、ウィリアムさんからもらえる報酬だけでもしばらくは食べていける、というのも大きいだろう。
「ふむ、金銭よりも食材か。確かにあの食事には複数の食材が必要な以上金銭よりも食材の入手経路を増やす方が賢いか。……しかし、領民相手にあの食事を出しても食べるものがいるのかのう?」
「これも神様のご意志なのです。神様は特定の個人ではなく、世界全体で人間の能力が強化されるのを望んでいました。そのためには領主様だけではなく、騎士団だけではなく、領民全体が食事を変えなければならないのです」
「なるほどなるほど。神様の意思という話では断りづらいのお。しかし、騎士団の能力が上がるメリットは分かるが、領民に力を付けさせる意味がそこまであるかのう」
「もちろん、意味はあります。力が強くなれば今までよりも重い物を運ぶことが可能になりますし、速さが上がればこれまでよりも多くの作業が可能になるでしょう。まだ食材の特定はできていませんが、頑丈さが上がれば病気になりづらくなったり怪我になりにくくなるでしょう」
「……ふむ」
「それになにより、騎士団が魔獣や獣の討伐に失敗したり、領都の外で魔獣や獣に遭遇した場合でも力があれば撃退が可能かもしれませんし、速さがあれば逃げ切れるかもしれません」
神様は俺が依頼を断った場合にはこの世界の人間が魔獣や獣に蹂躙されると言っていた。
人類全体として、魔獣や獣よりも弱いと示唆しているのだろう。
「確かに現状でも獣や魔獣との戦いで亡くなる領民は後を絶たない」
「であれば、対策をとるべきです」
「だが、市井にそんなに簡単に料理が広まるかのう」
「火を扱える施設を作れるかどうかが肝でしょうね。こればかりは助言することはできても、私ではどうしようもない部分です。ですが、市井にて料理人の天職を持っている人間がいればお嬢様同様、弟子にしてもよいと思っています」
というか、そうしないといつまでたっても料理が広まっていかない。
かまどを作るのか、魔法でどうにかするのかは俺ではどうしようもないから、村では村長に頼んだように、領都では領主にどうにかしてもらうしかない。
「だがのう、マサト君たちが市井に降りてしまったら私たちはこの料理は食べられないということだろう?」
「……領主館の近くに食堂を建てるスペースを作っていただければよいかと。そうすれば、お嬢様が領主館に戻る際にでもお料理を運べるでしょう」
なんかいろいろ理由を付けていたのは自分たちが食べられなくなるからか。
まあ、気に入ってくれたのならいいことなんだけどな。
「ジョシュア様、領主館の近くに建設場所を提供するの良い案だと思いますよ。そうすれば我々、騎士団も気軽に通えますからね」
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