料理を作って異世界改革

高坂ナツキ

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2章 領都

16 イーリス

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 結局、食堂の建設は領主館の前庭になった。
 領都では街壁があるからか家ごとに塀を建てる文化はないようだ。
 というか、レイジとミーナが育った村でも家ごとに塀なんかたてていなかったのでこの世界全体でそういう文化なのかもしれない。

 他の住民を立ち退かせるわけにもいかないし、領主館の周りは一等地。
 簡単には土地を用意できないということで、無駄に広い前庭の一角を食堂用として領主権限で使わせてもらうことになった。
 まあ、この距離ならお嬢様も通いで来られるし、メイドさんが料理を運ぶのも可能だろう。

 ということで、そこそこの広さの土地を用意してもらったので食堂は最大のレベル4で展開したいと思う。
 一応、村でも出してみたことはあるのだが、レベル3からレベル4で大きさが倍になるうえに当時は必要がない設備が多々あったのでレベル3でいいやってことになったのだ。

 レベル4の食堂には地下に燻製室、醗酵室、酒貯蔵室ができるのだが、今の段階で使えそうなのは燻製室くらいだ。
 食堂の大きさは倍にはなるが、客席や厨房が単純に倍になるわけではなく、店の裏のスペースに従業員の休憩するスペースができたり、二階の個室が増えたりする程度だ。

「これからよろしくお願いします、マサト様」

「ええ、こちらこそ。あまり堅苦しくならなくてもいいですよ、これからいろいろ教えるのに他人行儀だと辛いですしね」

 シェリルバイト家のお嬢様、三女のイーリス・シェリルバイトが俺の前で頭を下げている。
 お嬢様気質というか、貴族としての反射なのだろうが、明らかに平民な俺たちに対しても丁寧な言葉づかいで接してくる。
 それが悪いというわけではないが、それでは教えられるものも教えられない。

「では私のことはイーリスと呼び捨てにしてください。教えていただくのは私ですから」

 まあ、丁寧語まで禁止にすることはないか。
 あと、神様からもらった言語能力がどんな感じで変換しているのかがわからない以上、相手は普通に接しているのかもしれない。
 ただ、明らかに貴族のようにしか見えないその態度が言葉遣いという形で表れているのかもしれない。

「じゃあ、イーリス、男の子のほうがレイジ、女の子のほうがミーナだ。二人は兄妹で俺が料理を広めるたびを始めた時から協力してくれている。レイジは戦闘系の天職だから、そこまで料理にかかわっていないが食肉の加工や切り出しではメインで活躍してくれている。ミーナはイーリスと同じ料理人の天職持ちだからいろいろ教えている」

「そうなのですね、よろしくお願いします。レイジ君、ミーナちゃん」

「ミーナはイーリスよりも年下だけど、料理に関しては先に行ってる、イーリスはミーナよりも料理に関しては知らないけど年上だ。お互いに敬意をもって接してくれると助かる」

「「はい」」

 人には相性があるから無理に仲よくしろとは言わないけれど、ギスギスされても困る。

「僕は、マサト兄ちゃん?」

「レイジは二人とはやれることが違いすぎるからな。適度な距離でいろいろ手伝ってくれると助かる。まあ、レイジがやりたければウィリアムさんに頼んで騎士団で稽古をつけてもらってもいいし」

「うん、パン作りとか力がいる作業は手伝うよ」

 レイジも天職の違いにうすうす気づいてきたのか、肉の加工とかパン生地づくりなんかではミーナとはそこまで違いが出ないのだが焼いたり揚げたり、あるいは料理の味付けに関してはあまりやりたがらなくなってきた。
 まあ、明らかに自分が作ったものよりもおいしいものが出てきてしまっては自分でやる意味はあまり感じられないだろう。

「まあ、俺は二人に料理をいろいろ教えるからレイジはウィリアムさんたちと協力していろんな食材を集めてきてくれると嬉しいかな」

「だね、獣とか魔獣はこの中じゃ僕じゃないと獲ってこれないもんね」

「やあやあ、マサト君。君が待ちに待ったキラーバードの卵を持ってきたよ。ぜひともこれで新しい料理を作ってくれたまえ」

 かなり大きめのざるのような籠に山積みにされた黄色い卵を抱えたウィリアムさんが妙な口調で食堂までやってきた。
 ウィリアムさんの後ろにはかなり大きい真っ赤な鳥を抱えた騎士の人が四人もいる。
 というか、今は領主館で食事を出した次の日の昼前なのだが、もうキラーバードを狩ってきたのか?
 この人たち、まさか昨日の夜の段階で狩りに行っていたんじゃあ……?

 まあ、深く考えるのはやめよう。
 考えるだけ疲れるだけだ。

『個体名: 種族:キラーバード 年齢:五歳 食用:可 鋭い爪と嘴を持ち空中から敵対者に襲い掛かる。草食なので普段は温厚だが自身が餌と定めた植物の周囲にいる動物を敵対者とみなして執拗に追いかける一面もある。肉質は柔らかく、味は鶏に似ている。卵生だが雌が卵を産んだ後にそれを見つけた雄が卵に生死をかけることで受精する。受精後は十日ほどで孵化し、その二日後には空を飛ぶ』

『名前:キラーバードの卵(無精卵) 可食部:殻以外 年齢:十日 食用:可 殻が厚く中身を取り出すのに苦労する。卵黄は味が濃く、卵白は淡白な味わいがある。無精卵の場合は三十日ほどで食べられなくなる。受精卵の場合は受精後三日ほどで雛が形作られるので料理に使用する場合は注意が必要。受精した瞬間から色合いが強くなり、孵化直前には橙色に近くなる』

 やべぇ、こいつはあまりにもヤバい代物だ。
 俺はウィリアムさんにもろくに反応せず、片っ端からキラーバードの卵の食材鑑定を続ける。
 三十日経った無精卵が食べられなくなる……腐るというのも重要な情報だが、それよりも大事なのは有精卵は十日で孵化するという情報だ。
 要するに、この中に受精卵があった場合それを割ったらヒナが死んで出てくる可能性があるということだ。
 そんなトラウマ級の事象は、いくら何でもご免だ。

「マ、マサト君。真剣な表情で黙ってしまったが、キラーバードの卵に何か問題でもあったのかね」

 いや、少し黙っててくれ。

「……え、えーと」

「マサトさんは集中しているので少しそのままにしてもらってもいいですか?」

「ふむ、マサト君との付き合いの深いミーナ君が言うならそうしてみるか」

 よし、やっと静かになったな、これで集中できる。
 上のほうのは無精卵しかないから問題ないが、下の方には受精卵がちらほらとあるな。

「レイジ、ざるを持ってきてもらってもいいか?」

「わかったよマサト兄ちゃん」

「ウィリアムさん、キラーバードの卵を持ってきてくださったのはいいんですが、雛が孵りそうな卵がちらほらとあります」

「? 何か問題が?」

 そうか、そうだよな。
 この世界の人間は肉も食べたことがなかったんだから、卵が孵りそうなんて言われてもなにが問題かわからないよな。

「俺の作る料理では雛が孵りそうな卵は使いません。さらに言えば、孵りそうな卵を回収してしまうとキラーバードの数がだんだんと減少していってそのうち食べられなくなりますよ」

 前の世界でも計画性のない乱獲などにより絶滅に追い込まれた動物が山ほどいたはずだ。

「だが、私にはどれが大丈夫で、どれが孵りそうかなんてわからないぞ」

「受精後に色合いが濃くなって孵化直前には橙色に近くなるみたいですから、色合いが薄いものを獲ってきてください。とりあえずこちらは返すので、元の場所に戻してきてください」

「こんなにか?」

 ウィリアムさんにつき返したのは全体の五分の一程度だが、苦労して持ってきてくれたようだから不満の色が見える。

「その代わり、キラーバードの肉自体は美味しいみたいなので今日の夜には唐揚げが食べられますよ」

「それなら話は別だ、皆のもの、今すぐに卵を戻してくるぞっ」

「キラーバードが全滅してしまったら唐揚げも食べられなくなるのでちゃんと元の場所に戻してくださいね」
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