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商品を傷つけないのは当然であったとしても、自分を犠牲にするほどまでではない。
だから、自分を守り血を流した男に、ラクナは瞬きすら忘れた。
「な、なんで……っ」
「ら、くなっ……でんわ……11、9……2……かけれる」
胸元を撃たれ、息が細くなっていく男。侵入者が狙ったのは自分で、それを庇った男は撃たれた直後に侵入者を撃ち抜いた。
「でんわっ、でんわ」
「そ…………で……かけたら……にげろ」
「なんでっ」
「っ……身寄りがない蜘蛛、は……しせつ……おまえ、幸せになれなく、なるよ」
ひとりぼっちで保護されれば、行き着く場所は罪を犯して捕まった時と同じ。子どもでもない蜘蛛は引き取り手もいない。幸せになれることはない。
知っていた男は、少しでも可能性が大きい方へと、蜘蛛を逃がそうとした。
幸せにしてやると決めた。少なくとも自分の目の前で、手の届く場所で不幸になられるのは困る。
自分はもう死ぬだろう。証拠が生きているうちに、死体が腐敗する前に見つけられればいい。だから職場に電話だけかけて、逃げてくれるのが一番良い。
男の視界にはやっぱりまだ幼く映る泣く蜘蛛の子の頬を撫でて、男は意識を飛ばした。
蜘蛛は言われた通り電話をかけて、『もしもし?もしもし?』の言葉を無視して、声を押し殺して泣いた。
現実だと受け入れたくなかった。
飼い主がいなくなる。
自分のせいで、また死んでいく。
ついには、この人まで。
優しい人だった。
蜘蛛の中では、そんな認識だった。
自分を拾い、時には見返りを求めずに世話をしてくれた、変な人。そして最後には、どうしてか自分を庇って血を流した、頭のおかしい人。
理解が出来なかった。理解が出来ないまま、ラクナは言われた通りに人が来る前にベランダから逃げた。蛾の血液が入った、小さな小瓶を握りしめて。
遠くまで逃げて、寒い外で、ラクナは男がどうなったかなんて知る由もなかった。
自分は蜘蛛。蝶のように、誰かに貪り食われて死ねる日はこない。
裏路地のゴミ捨て場で暖を取り、来る日も来る日も、いつ苦しくなっても良いように瓶を握りしめていた。だけどいつまで経っても、蛾による禁断症状は起きなかった。
それが意味することは、ただ一つ。自分が妊娠しているということ。
だけど、堕胎薬は持ってきていなかった。
記憶が正しければ、生み付けられたのは、いつも通りお腹。自分では、男と違って上手く堕すことが出来ない。
卵が出てくるのを待つか、腹を掻き切って出てくるのを待つか。
栄養なんて摂取できずに、想定通りほとんどの卵が流れた。
このまま寒さで自分も死ぬのかも。
意識を失いかけたラクナを襲ったのは酷い腹痛で、中にある卵を流そうとラクナは力んだ。
腹の中で孵化してしまっては、自分の体を掻き切って出てくる。
数時間戦って、ラクナはようやく、最後の卵を体から絞り落とした。
ほとんどの体力を使い、意識も朦朧としている。
そんな中で、目線の先の卵にはヒビが入って────それは、孵化、していた。
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