ダストボックス～紙に書き記した想い

#01

**１**
　鏡の前、草木瑩（くさきあき）は慣れた手つきでウィッグのネットを被る。自室の窓から差し込む午後の光が、細かな埃を金色に照らし出していた。短い地毛がネットの中に収まると、彼女は棚に置かれた人毛のロングヘアウィッグを手に取った。それを頭に乗せ、慎重に位置を合わせる。鏡の中の自分が、見慣れない女の顔になっていく。十七歳の高校生、草木瑩ではない。死んだ姉、草木捺（くさきなつ）。二十歳の女。
　彼女が通う私立高校は、アルバイトを厳しく禁じている。だから瑩は、週末と平日の幾日か、こうして姉の名を借りる。バイト先のレンタルDVD店は、駅から少し離れた幹線道路沿いにあった。古い雑居ビルの二階。アダルトコーナーも併設されているため、十八歳未満は雇わない決まりだ。捺の身分証明書――正確には、姉が遺した学生証の写真を加工したもの――があれば、年齢をごまかすのは難しくなかった。
　午後五時からのシフトに合わせ、重い足取りで店に向かう。ウィッグをつけ、「捺」の仮面を被れば、少しは気持ちが切り替わるかと思ったが、心のざわめきは収まらない。
　店に入ると、夕方のピークタイムで既に多くの客で賑わっていた。カウンター奥では鴨志田（かもしだ）店長が誰かと電話をしている。その声を聞くだけで、胃がきりりと痛む。瑩は他のアルバイトスタッフに軽く会釈し、気づかれないようにカウンターに入ると、引き継ぎ事項を確認し、自分のレジ周りの準備を始めた。夕方からのシフトに備える、いつもの作業だ。
　午後六時を回ると、店の外に設置された返却ボックスを確認する時間だ。金属製の重い蓋を開けると、むっとした空気と共に、何本ものDVDケースが重なり合っているのが見えた。多くはアダルトDVDだ。対面で返すのが憚られるのだろう。瑩は黙々とケースを拾い上げ、プラスチックの籠に入れる。
　アダルトコーナーの奥まった棚へ、返却されたDVDを戻していく。棚にはジャンルを示す小さなラベルが貼られていた。「人妻」「新人」「熟女」。その中に、「盗撮・覗き」と書かれた一角がある。そこへ向かう途中、見慣れた後ろ姿が目に入った。背の高い、細身のシルエット。少し大きめの耳たぶ。顎の左側にある、小さな黒子。野球帽を目深に被っているが、すぐに分かった。同じクラスの、笹本遼（ささもとはる）だ。