刺朗

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仏壇

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「またここに来てしまいましたね」
インターホンを押して、平井が言った。
「奥さんもさぞ疲れているだろうが、聞くべきことを聞くのも、また奥さんのためだからな」
後藤も疲れていた。
「ノートの記述は見せますか?」
「いや、それはしない方がいい」
やり取りの最中にインターホンから幸恵の声がした。
「はい。あ…」
おそらくモニターを見て、また昨日の刑事が来たと思ったのだろう。
「あ、昨日の今日で、さぞお疲れと思いますが、事件の早期解決のために、ぜひお伺いしたいことがありまして参りました。お時間は取らせません」
後藤が再来を詫びると
「どうぞ、今開けます」
と返事があった。

昨日の居間に通された。
幸恵がお茶を淹れに立った後、またあの仏壇が2人の目に入った。
昨日とは違う花が飾られている。
写真の赤ん坊は明らかに幸恵に抱かれていた。何年前のものだろう?
かなり前のものだとしたら、幸恵はほとんど変わっていないということになる。
それは若いままというより、若い頃から老けているという意味でだ。
幸恵がお茶を持って来た。
2人に勧めて、向かいに遠慮がちに座った。仏壇が、幸恵の背後にあった。
後藤は思い切って聞いた。
「お子さん…ですか?」
幸恵はふと、顔を横に向けた。
顔を戻すと
「娘です」
とポツリと言った。
「あの中に?」
配慮して聞いたつもりだった。
幸恵は目をきつく閉じた。そして声なく2回頷いた。
「1歳で…」
それだけ呟いた。
「…そうですか」
後藤はこの話はここで終わるつもりだったが、幸恵は
「20年になります」
と話を継いだ。
「…」
後藤は頷くだけだった。
「事件でした」
幸恵が発したのは、意外な言葉だった。
「あぁ、そうだ、お伺いしたいことを聞かなければ…」
後藤は慌てて取り繕った。
「あぁ、そうでしたわね」
幸恵の返事に安心した。
「さっそく持ち帰ったものを読ませていただいてます。中にノートが1冊ありました。そこには川原さんのご家族が、不幸な事件で皆、亡くなられたことが記されていました。奥さんは、ご主人からそういうお話を聞かれたことがありますか?」
「事件?いえ、聞いたことはありません。主人はご両親を早くに病気で亡くして、その後は叔父さんの養子になったと言っていました」
意外だという表情を幸恵は浮かべた。
「そうですか。いや、かなり残酷な事件でしてね、だから奥さんにはお話しにならなかったのかも知れません。ならば結構です。お伺いしたかったのは、知っておられたらの話ですから」
(行こうか?)と平井に目をやった時、幸恵は言った。
「もしよろしければ、その事件のこと、お話しいただけませんか?」
今回幸恵が初めて聞かせた、血の通った言葉だった。
「よろしいのですか?」
後藤は念を押した。

後藤は新聞記事と、事件資料の内容を話したが、ノートにあった告白文はさすがに伏せた。
その上で、川原が遭遇した過去と今回の事件の共通点、つまりいずれも死体の口に飯粒が押し込まれていたことを話した。
すると幸恵が狂ったように泣き出した。
あまりの取り乱しように、これ以上の話は無理だと判断した後藤は、幸恵をなだめ落ち着かせ、医者を呼んで往診させることにした。そして医者の到着と入れ替わりに、川原の家を出た。

「ゆっくり眠れるようにしてくれと医者には頼んでおいた。あと栄養剤もな」
帰りの車の助手席で後藤が言った。
「自腹ですか?」
ハンドルを握る平井が茶化した。
「当たり前だ」
後藤は笑ったがふと
「そういえば、奥さん、赤ん坊の話の中で「事件」って言ったよな?」
と平井に確認した。
「私もおかしいなと思ったんです。「事故」を言い間違えたのかなって」
「20年前のようなことも言っていた」
「調べてみますか?」
「川原宅の近所を当たってみるか。本人にはとても聞けないからな」
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