刺朗

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探求①

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その足で2人は、川原の家を管轄する役所に行った。
初めは川原の住民票を見るつもりだった。20年前の居所が分かれば、その近隣に「事件」を知る人がいるかも知れないと思ったからだ。
それに「事件」を取り扱った警察署も分かるはずだ。警察署が分かればまた、当時の資料があるかも知れない、と考えたからだが、事のついでに川原の戸籍謄本や抄本の類も取り寄せて、川原という男の足跡を辿ろうと思った。
「謄本と抄本、どっちがどっちでしたっけ?」
ハンドルを握りながら平井が、間の抜けたような、しかしもっともな質問をした。
「謄本は全員、抄本は本人、これがいちばん単純な答えだ」
後藤は面倒臭そうに答えた。
「住民票にもあるんですか?そのふたつ」
「あるよ」
「じゃ、どっちも謄本がいいでしょうね」
「あぁ、川原の身内が一望出来るからな」
「あの赤ん坊の名前も分かるでしょうね」
「そうだな」
気のない返事をしながらも、後藤は次第に昂まって行く期待を感じていた。
というのも、あの告白文から見れば、川原は自分の愛するものをことごとく失っている。
両親と弟、それに妹。
しかも幸恵は娘の話の中で「事件」という言葉を言った。
これで川原は事件ですべてを失ったということになる。
最後は自分自身まで事件で失っている。
「事件」という言葉を幸恵が言った瞬間から、後藤の頭の中にはっきりと、この不可解な事件を解決する道筋が通ったような気がするのだ。
あとはそれぞれの事件の再分析だ。
それらを俯瞰するために、ぜひとも欲しい謄本なのだ。

2人は役所で警察手帳を提示し、必要な謄本を取った。
署に持ち帰り、眺めてみた。
川原の出生から親兄弟の抹消、叔父との養子縁組、結婚、出産、子供の死、川原の足跡はそのまま親しいものの抹消の足跡であることを、謄本の事務的な表現は視覚に訴えて来て新鮮であり冷酷だった。
しかし最後、この謄本自体、本人の死で消え去ってしまう。
いったい誰が何のために、すべてを抹消したのだろうか?
現場から消え去った凶器にすべてがかかっていることを後藤は再認識した。
いや待て、ひとりだけ残っている。
幸恵だ。
幸恵も川原が愛する者の一人なはずだ。
改めて書かれた妻とのエピソードから察すると絶対にそのはずだ。
川原の性分からすれば、自分の前に幸恵を抹消すべきではなかったのか?
なぜそうしなかった?
新たな疑問が生まれた。

「凛」…りん…
20年前に失った娘の名前だ。
「川原 凛っていったんですね、あの写真の赤ん坊」
平井が謄本を眺めながら言った。
「川原は22歳の時に幸恵と結婚しているなぁ」
後藤が言う。
それぞれの目が謄本の中を泳ぎ、止まった所で感心したような言葉を発していた。
「そして…あぁ、24歳からあの家に住んでいるんだ」
後藤の言葉に平井は
「川原は10代最後の年、つまり19歳の時にアルバイト先で幸恵と出会い、同棲して、22歳で結婚、24歳であの家に住み始め、25歳の時に凛を授かった。そして26歳の時に凜を事件で失った。さらにその20年後に自分まで失った…そういう流れですか」
とまとめた。
「そして幸恵だけが残った…どう思う?」
「今のところ私にはまったく分かりません。でもなんで幸恵は、あんなに狂ったんでしょう?飯粒の話をした時」
「まずは20年前にあの事件を扱った署にこれから連絡して、資料がないか探してもらうつもりだ。川原じゃないけど、当時の新聞記事も見てみたい。あと、川原の家の周りにその事件について何か知っている人がいるかも確かめたい。明日はそれらの情報を一気に集めたい。忙しくなるぞ」
「あとは司法解剖とUSBですよね」

翌朝、出勤した後藤にふたつの報告がもたらされた。
ひとつは司法解剖で不可解な物が見つかったこと、もうひとつはUSBのロックを解く手がかりが見つかったということだった。ともに後、解明に2日ほど時間がかかるので待ってほしいということだった。
後藤はこの2日間を有効に使おうと思い、平井の出勤を待ってこう告げた。
「昨日君が言っていた司法解剖とUSBについての報告が相次いでもたらされたよ。どっちもあと2日ほど待ってほしいということだ。そこで今日の予定をこう決めたんだ」
「はい」
「私はまず、川原宅の近隣で20年前の事件についての聞き込みをする。その足で事件の所轄署に寄って資料の有無を確かめて来る。図書館に行けば新聞記事も見られるかも知れないな。で、君は川原宅から持ち帰った本とノートについて関連性をまとめてほしいんだ。あれに君はかなり関心があるだろう?」
「ありますね。そこに結構重大なものがあると思っています」
「なら決まりだ。さっそく動こう」

夕方になり、後藤が興奮した面持ちで帰って来た。
「いろいろ分ったよ」
後藤は手にしたB4大の茶封筒から様々な書面を取り出した。
「まず聞き込みだ。5軒ほどが当時のことを知っていた。事件には川原が絡んでいたよ」
「なんですって?」
「事件は川原が凜を抱いて散歩に行った時に起こったんだ」
「散歩…」
「あぁ、休日の夕方だったらしい。幸恵が夕食の支度をする間、川原は凜がぐずっていたので表へ連れて行ったそうだ。たまたま隣の住民がその時の川原と幸恵のやり取りを聞いていた」
「よくある光景ですね」
「夕食が出来て、夜になってもなかなか川原が戻らないので心配した幸恵が、近隣を駆け回ってふたりを探しているのを何人かの住民が見ていたんだ。そこで協力して一緒に近所を見てみたが見つからないので、住民の一人が警察に捜索願を出すことを幸恵に勧めたらしい」
「はい」
「そして警察が動き出して翌日の明け方頃、500メートルほど先の河川敷の岩の陰に座っている川原を発見したそうだ」
「赤ん坊は?」
「いなかった」
「川原は気を失っていたので病院に運び込まれた。特に外傷は無く、ただ気を失っているだけだったそうだ。なんでも強い睡眠薬で眠らされていたらしいんだ」
「え?」
「川原の話では、河川敷まで散歩して、凜に川を見せていた時、10歳くらいの少年が近づいて来て、凜のことをかわいいかわいいとあやし始めたらしい」
「少年?」
「なんでも変な少年で、リュックを背負って、肩から水筒を下げていたようだ」
「遠足かなんかの帰りですか?」
「遠足かい?って川原が聞いたら、まぁそんなもんですってなんだか大人びた返事をしたそうだ」
「へぇ」
「少年がなかなか離れそうもないので、仕方なく川べりまで行って、そこにあった大きな岩にもたれて一緒に座ったらしい」
「変な少年ですね」
「少年には凛と同じくらいの妹がいるので、興味があったようだ」
「なるほど」
「そんな話を聞いているうちに少し喉が渇いたので、川原は少年に自販機でジュースでも買って飲むかと言って立ち上がろうとしたら、少年は水筒のお茶があるからいいですと言ったらしい」
「はい」
「そして、よかったらおじさんも飲みますか?と勧められたらしい」
「へーぇ」
「子供の申し出を断っても悪いので、川原はお茶をもらうことにした。少年は水筒の蓋のカップにお茶を注いで差し出したそうだ」
「他人が口をつけたものは抵抗ありますけど、川原はそう思わなかったんですか?」
「そう思ったらしいよ。でも相手は子供だ、気が回らないのもまたかわいいなと思って川原はお茶を飲んだそうだ」
「で?」
「そのまま気を失って、気が付いたら病院だったそうだ」
「え?じゃ、睡眠薬ってその少年が?」
「そうとしか考えられない」
「しかし都合よくあり過ぎませんか?たまたま出会った見ず知らずの少年が、まるで計画していたみたいに川原に近づいて睡眠薬飲ませるって。もし川原が喉が渇かなかったらどうするつもりだったんだろう?なんかおかしいなぁ」
「もし飲ませるつもりで近づいたなら、なんだかんだ理由をつけたろうからそこはいいんだが、それより君が言ったようにこの少年はいつか川原を眠らせようと、犯行を計画していたみたいな動きをしていたのか?という点がおかしいんだ」
「子供がそんなことしますかねぇ」
「川原から事情を聴いた警察も、そんな馬鹿なことはないでしょうと初めは記憶違いを指摘した、というよりこれは川原が何かを隠蔽している作り話だなって疑ったそうだ」
「そうでしょうね」



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