浅い法華経 改

大きな悩み

「法華経を学ぶ者には魔が現れる」
法華経第10章「法師品」にはこう書かれている。
さっそく悪魔が現れた。
と、色欲悪魔は元々いたけど、これは法華経に則り（のっとり）魔が現れたということにしよう。

実は禁煙のためにキーボードにしがみつくのは大成功で、私はキーを打つ間、傍らにたまたま転がっていた禁煙パ○ポの吸いさし（入院中に吸っていたやつのゴミ）を目を剥いて齧っていた。それが結構長く続いて、キーボードから手を離した時、以前ならここでタバコ一服だったのが齧っていたパ○ポ一服で十分満足した。煙も出ないのに。
「これは行けるぞ」
パ○ポで満足出来たのは初めてだった。
しかし次がいけなかった。
パ○ポの手応えを感じた私は
「これさえあればいつでも禁煙出来るさ」
と、変なドーパミンが出て、こともあろうか本物の一服をしてしまったのだ。
それから先はもう雪崩。
退院後１日あたりの最多本数をはるかに更新してしまったのだ。
パ○ポを脇にタバコ１箱を吸う日々が始まった。しかし右手の御本尊は以前ほど大きくならない。
「あれ？これって御本尊のお許しが出たのかな？それとも脳梗塞とタバコは騒ぐほど関係してないのかな？」
私はなんだか拍子抜けしていた。
しかしそんな時、私を思い切り悩ませる知らせが入った。私は知らせを当然のようにタバコを吸いながら受けた。

叔母が突然死したという知らせだった。心不全らしいということだった。
これは「ここ用」に用意した話ではない。本当の話なのだ。これを書いているタイミングで、しかも自分と同じような病気で亡くなるとは。
叔母には大変お世話になった。とてもいい人だった。そして元気だった。つい最近会ったばかりなのに。あれが最後とはなぁ。
この知らせを私は一瞬
「これ、なんか意味があるぞ。同じ血管系の病気で亡くなるとは。これ、やっぱりタバコやめろってことか？」
と、なんと喜んでしまったのだ。これが信仰の恐ろしいところだ。私は信仰はしても盲信はしたくなかったが、これはまさに盲信状態だ。なんて奴だ。肉親の死まで自分の糧にするのか？
途端に自己嫌悪に陥った。
「これじゃまるで私のために叔母は死んだことになるじゃないか。こんな解釈はするな！いっそ信仰なんてやめちまえ！」
「いやこれじゃ魔に負ける。言いなりにはならないぞ」
「おまえ馬鹿か。これは信仰じゃなくて盲信だぞ。行き過ぎだ！おまえが一番嫌ったものだろう?!」
「いや絶対なんかある」
「もう法華経信仰なんて捨てろ！これはただの偶然だ！」
自分の中でこんな問答が続いた。
しかしこの時期の叔母の死はどうしても偶然とは思えない。やっぱり何かある。その思いは頭から離れない。
するとふと
「信仰者のおまえはこの時期と病気が何か意味するとすぐに考えたろう。それもおめでたくな。しかしおまえの考えは間違っている。冷静に考えてみろ。おまえの叔母さんの寿命と死因はもう決まっていたんだ。叔母さんは日頃から血圧が高かったろう？こうなる可能性は十分にあったんだ。ただもしおまえの言うサムシング・グレートとやらがあるなら、むしろこの時期、決まっていた叔母さんの寿命が来るほんの少し前のこのタイミングで、おまえを叔母さんと同じような病気にして、しかも殺さなかったんじゃないか？なぜならおまえの寿命はこの先の〇年×月△日と決まっているから、当然おまえはここで死なないからだ。お前は信仰者とか偉そうに考えているが、実際不摂生なただの俗人じゃないか。このまま行けばおまえは確実に廃人になる。みんなに迷惑をかけるのが見えている。だが一応信仰者だ。法華経に免じて助けてやる。その代わり、お前の信仰の理由になったおまえの亡き子供と同じように、叔母さんのこととこの日付を忘れないことだ。お前は亡き子供に自分の身体の半分を与えて一緒に生きますとあの時言ったろう？叔母さんにも同じことをしてあげろ。今度は身体の３分の１ずつだがな。人は忘れられた時が本当の死だという言葉、おまえ知ってるか？だからこの日を忘れずにこれから普通の人として死ぬまで生きろ。それこそ叔母さんの生きている意味がある」
と「自分の声」が壊れかけた脳に流れた。
「やっぱりタバコやめよう。嫁さんにも悪いしな。それに脳梗塞になったの、誕生日だったしな」
…生きなきゃな。廃人にならずに。考えたらこっちにも、こうなる原因があったよな。まぁただいきなりとなったらまたストレス地獄だ。また魔がやって来る。ここはマイルドに
「○○日からなんとかタバコやめてみるわ」
と、とりあえず家内に言ったら
「そのほうがいい」
と、ポツンと返事が返って来た。