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#8 何の涙

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俺の横を鼻歌混じりに歩いている。
川原じゃ無い。
、、いや、川原だけど“朋紀ともき”じゃなくて兄貴の“弘紀こうき”の方だ。
川原家からの帰り道、コンビニまで行く用があるからと一緒に家を出てきた。

「な、和倉くんってさ、高校の卒業式の日に川の近くで叫んでた人だよね?」
「え、、」
「覚えてない?朋紀が車の中から叫んでて、キミたちなんか約束してたでしょ?」

卒業式の帰り道、俺は卒業が叶わなかった川原を思って2人がよく会った川沿いにいた。その俺を家族の車で川原がわざわざ見送りに来てくれて、、俺たちは道路と川沿いの距離で大きく手を振った。それが再会する前の俺達の最後の日だ。
俺にとって卒業式の一番の記憶は、仲間と別れを惜しんで写真ばかり撮ったことでも後輩の女の子が泣きながら告白して来たことでも無い。

「、、忘れるわけないですよ。あんなド青春みたいな真似」
「うははっ、確かに。あの時何約束してたの?」
笑い方やその表情がどことなく川原に似ている。
「いや、別に。お互い頑張ろって。」
「そっか。、、もしかしてだけど朋紀に御守り渡したのも和倉くん?」
「御守り?、、あー、御守りって、修学旅行の土産のことすか?」
「お、やっぱキミなんだぁ?」
「はい。、、?」
それがどうしたのかと不思議がる俺に、川原の兄さんは少し改まって、「ありがとう。朋紀が今笑えてるのはたぶん和倉くんのおかげだ。」
「そんな大袈裟な、、」
「いや、そうでもないんだよ」
そう言って川原の兄さんは、川原が東京の病院に入院してからの事を少し話してくれた。

「朋紀の心臓はもう持たないって言われて、大きい発作が来るたびに家族は覚悟するような状況だった」
大きな手術をして移植待ちの登録をして、でも順番がくるまで持つかはあやしい。そのギリギリの状況に精神的に追い詰められて病室を抜け出すことが何度もあったと彼は話す。
もう嫌だと、こんなんで生きてる意味なんてないと泣き喚いて、泣き喚くものだからまた発作が起きて、、
「そんな毎日の中で、なんとかあいつがギリギリ保っていたのは、いつも朋紀が握りしめていた御守りがあったからだと思う。」
「え、、」
「本当にいつも持ってたんだよ。まるでそれがある限りは自分は死なないって信じてるみたいだった。」
「今の川原は、、穏やかでよく笑って、そんな壮絶な時期があったなんて知らなかった、、あいつ全然俺に言わないので、、。」
川原のお兄さんは、総合病院の横にある塀に寄りかかって俺をじっと見た。
そうして、
「朋紀の好きな人って和倉くんなんだよね?」
と確信を持った目で微笑んだ。
「はっ!?え!?なん、で、」
不意を突かれて顔がカッと赤くなるのがわかって、自分の反応があからさま過ぎることに焦っていると彼は声を立てて笑った。

「川原がそんなこと言ったんですか?」
「和倉くんの名前は出さなかったけどさ好きな人がいるとは言った。それにさ、あいつ“せっかくもらった命を次の世代に繋げなきゃダメなのか”って聞いて来た事あったんだよ。」
「それって、、?」
「たぶん、自分の子供を持たなくても許されるのかって意味だよね?ってことはさ、絶対叶わない恋か、子供を持つことの無いと思われる女性か、、もしくは同性だからそもそも子供を産めない、、か」
「、、、お兄さんは何て答えたんですか?」
「俺?“朋紀の思うまま生きな”って。あの命は朋紀を生かす為にあるんだ。今まで全てを我慢したんだから、自分が幸せだと思えるように生きなって言ったよ。」
「、、、」
「まぁ、実際好きな相手が男だってのは流石に驚いたけどなぁ。」
「、、川原に関わらないでくれって思ってますか?、、それとも、弟を傷つけたらぶっ殺すって思ってますか?」
「あはは!どっちでもないって」
「?」
「朋紀には普通に幸せ感じて生きてほしい。それは間違い無いけどさ、普通に悩んだり時々傷ついたりもして欲しい。それは恋愛だけじゃ無くて仲間や友だちとも。人生楽しいだけじゃないからね、朋紀にもちゃんと人生ってやつを生きてほしいね。」

「だから、和倉くんが朋紀のことどう思ってるかは聞かないけど、できれば正面から向き合ってやって欲しいと思う。傷つけたく無いって理由でうやむやに誤魔化さないでほしい。」
そう言って川原の兄は俺に手をあげるとコンビニの方へ歩いて行ったのだった。


なんとなく川原の気持ちを受け入れつつ、友達として俺たちはまた元のように会うようになっていた。
俺が休みの日に合わせて、川原のお兄さんの車を借りてドライブへ行ったり、近所の居酒屋で飲んだりもしたし、たまには俺の家に来ることもあった。

俺の家に来た時には、こっちもどこか緊張したけれど川原は手を出してくることは無かった。
言葉で好意を伝えてくることがあっても、自分の自制が効かなくなる距離に近づいては来ないし、俺の家で酒を飲もうとすることも無かった。

俺がひどく酔って、キスをしてきたあいつを強く突っぱねたあの日、、高校のとき以来涙を見せてしまった、、。だから川原は俺の心に立ち入る行為を避けているんだろう。

それはそれでモヤモヤするものだ、、。
何故って、俺自身があいつをで見ているからだ。あいつの細い指が俺の硬くなった股間をそっと撫でる感覚が忘れられない。あいつとのキスも体温も忘れられない。
自分から襲ってしまおうか、、

「っっ、、川原、、」
先がぬるぬるとする。
「気持ちい、、」
“和倉挿れていいか?”
「いいよ、、川原、、」
妄想しては1人で喘ぐ。1人で果てる。
そんな日々を過ごしていたある日の夜のことだ。

その日は店の閉店作業のあとで会社の代表と近くの店で食事をした。その帰りのことだ。スマホが鳴って、家への道を歩きながらそれを見た。
珍しく歩からのメッセージだった。ーが、読んで足を止めた

『今うちに川原くん来てんだけど』
 『なんで?もしかして俺のこと待ってる?』
『いや俺に会いに来た。なんか男同士の事いろいろ教えてくれって。やりたいのかな?』
 『は?なに?まて』
『知らないけど、俺今風呂中。誉と川原くん付き合ってないって言うから別に良いかと思ったんだけど、あとで揉めるのやだから一応報告しただけ』
 『まって歩、なにいわれてもやるな』

ーくっそ!最後のが既読にならねぇ!
待て待て川原何してんの!?
え、俺が触るなって言ったから歩ってこと!?
やめろ、触るな!頼むから、何もするな!

俺は全速力で走った。家まで歩けば30分ちょっとだから、走れば間に合うはずだ。
歩は良いやつだけど誘いは基本断らない。万が一川原が持ち掛けたなら間違いなくやるだろう。
代表とビールを飲んだ。途中で吐きそうになったが吐いてる時間は無い。
心臓が破れそうにめちゃくちゃに動いて、喉は焼けつきそうだった。苦しいのに、酔いも回って辛いのに、スピードを落とせば一生後悔する気がした。

ピンポンピンポンピンポンピンポン
「川原!出てこい!歩!川原!!」
ダンダンと扉を叩いて大声で呼ぶ。他の住人に警察を呼ばれそうではあるけど、それどころじゃなかった。
「誉!うるさいよ!今開けるから、」
「歩!早く開けろ!!」
「誉一旦落ち着けって。そんなん怖くて開けらんないって、、、」

カチャンと鍵の開く音がして俺は歩の家のドアを開けた。
立っていたのは髪の毛が濡れていて上半身裸の歩だ。歩は俺の顔にギョッとしてから苦笑しながら「暴れんなよ」と俺を入れた。

「川原、、、何してんだよ」
「、、何って、、歩くんと話に、、」
歩のベッドに川原は腰掛けていた。服は着ている。
頭に血が上るってこういうことを言うんだな、、。俺は川原の腕を掴むと何か言っているのも構わず歩の部屋から引き摺り出した。引き摺り出して隣の自分の部屋へ乱暴に連れて行く。ベッドで乱暴に手を離した。
「ま、まって、和倉、一回落ち着いて」
「川原何考えてる?俺が、、俺がヤダって言ったから歩なのか?」
「和倉、ちょっとタイム。落ち着いてから話したい。おまえ、ひどい顔色、、」
肩で息をしながら俺は川原を睨んだ。
「ちくしょう、、じゃあ、どうすんだよ。良いよ、わかったよ。川原俺を抱けよ」
「え、ちょっ、ちょっと和倉!?」
ベッドにいる川原に馬乗りになって、俺からキスをする。心がぐちゃぐちゃの、めちゃくちゃなキスだ。
「っ、、」
「ごめん、和倉、そんな顔すんな」
涙が流れている事に自分では気が付かなかった。ただ、川原が他の男を抱くなら、それだけは許容できないと思ったんだ。もしこいつが誰かを抱くなら、それが男なら、、俺だ。
「良いから抱けよ」
「和倉ごめん。もうわかったから。ごめん。ほんとに。」
川原は俺をギュッと抱きしめた。

「和倉、、泣かないで。好きだよ。俺は和倉だけが好きだよ」
「、、、」
もうわけがわからなくて、俺は気分が最悪だった。川原の腕から離れると、ふらふらと壁伝いにトイレへ入り便器に何もかもを吐き出した。血を吐くんじゃないかと思うくらい全て吐きまくって、苦しくて更に涙は流れ落ちて行った。
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