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#9 友だちをやめる日

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真っ青な顔をしてトイレに駆け込んでから、1時間近くたってようやく俺は気分が落ち着いた。酒でこんなに具合を悪くした経験はなかったから全力疾走と精神的な不安が良くなかったのは明らかだった。
絶不調の俺を川原は何も言わずに介抱してくれて、今はソファに少し距離をとって座っている。

「おまえさ、、なに歩とやろうとしてんの」
「、、別にやろうとなんて、、どんなか教えて欲しかっただけ」
「そんなの歩はやるに決まってんだろ、、。それに知ってどうすんの、、」
「どうって、、和倉が何を許せて何を拒絶するのか知りたかっただけだよ」
俺は大きくため息をついた。
そのため息に川原が申し訳なさそうな顔をする。
「けど和倉があんなに焦るって思わなくて、、ごめん」
「いや、、うん、、正直焦った。、、引かれること言うけど、おまえが他の男に触れるのは許せないって思った。」
「和倉の事、好きだって言ったくせにって?」
「それもあるけど、なんだろ、、川原に一番近い男は俺だって思って、、それを他のヤツに譲る気は無くてすっげぇ腹立った。女だったらここまでは焦んなかったのに、、っふは、ガキくせ」
苦笑した俺を見て、少し不思議そうな顔をした川原は、おずおずと言った。

「あの、、、もしかしてなんだけど、、和倉って俺のこと、好き?その、、俺と同じ意味で」

「、、うん、、好きだ」

「っ!」

川原は勢いよく両手で顔を覆うようにして俯いた。そのままじっとして返事をしない。少し待ったが何も言わないし顔も上げないのでさすがに気まずくなった。
「何か言えって。恥ずかしいんだけど、、」
「いや、、無理、、嬉しすぎ、、」

腕に覆われて隙間からちらりと見える耳が赤くなっている。
本人は否定しているものの、さっきは歩と何かしでかしそうだったのに、俺が好きだと認めただけでこの反応だ。
まるで成人男性と、恋愛経験のない思春期男子が同居しているような川原の言動に、頭の中が錯覚しそうになる。
目の前の川原は、高校生のままのあの川原なんじゃないかと、、
そして自分までもあの頃のままのような気がして、こっちまで顔が熱くなってしまう。

「こないだ和倉がうち来た日、高校の時の俺たちどんなだったかって聞いてたよね」
俺の渡したマグカップを両手で持ったまま川原は言った。
「あの言葉で俺反省したんだ。」
「反省?」
「和倉があの頃どんなだったか、何に苦しい思いしてたか、俺知ってたのに無遠慮に踏み込んでた。自分の問題が解決したことに調子乗って、、、和倉の言う通り、俺は何も分かってなかった。ごめん。」
「いや、、逆にさ、あれから何年も経ってんのに、俺何も変わってなくて呆れたろ?」
「呆れるわけないよ。俺の事好きになってくれたじゃん」
彼は照れたように微笑んで言う。その表情が、勘違いでも自惚れでもなく本当に嬉しそうだからそれだけでホッとする。

「川原は、、俺とどうなりたいって思ってる?」
「俺は和倉が笑って過ごせるならそれで良いよ。和倉に拒否感のあることするつもりないから。」

、、あぁ、これって川原の本心なんだろうな。
もしも俺が付き合う気がないと言えば、、友だちでいる事を提案すれば彼は受け入れるだろう。
この人は昔よりよく笑いよくしゃべるけど、一番根底にある部分の人の気持ちを尊重したりさりげなく優しいところは全くそのままなのだ。

「俺は、、結構こじらせてるけど、、それでも川原気長に側に居てくれる?」

川原の目を見る。
彼も俺の目を見ていた。
見つめ合ったまま、しんとした部屋に時計の秒針の音が妙に大きく聞こえた。

「それって、、」
「俺たち、友だちやめてみる?」

川原にそんな事を言うと、高校の時の自分たちが思い出されて何だかこそばゆい。
友だちをやめてみようか、という俺の提案に不安と期待が入り混じった小さな声で川原は
「じゃあ何に、、、」と呟いた。

「、、恋人に、なる?」
「っ!!なる!」
川原の即答に俺は笑って、そして右手を差し出した。
「じゃあ、宜しくお願いします。」
川原は俺の差し出した手を見つめてから、同じ右手を伸ばすとぐいっと俺の腕をひいた。
「っわ!」
「お願い、します!」
川原は俺を抱きしめて、俺の肩に顔をうずめた。ぎゅっと強く回された腕に苦笑しつつ俺は行き場の無くなった右手を川原の背にまわして言った。
「こちらこそ。お願いします。」

やがて俺から離れた川原は「嬉しい」と笑顔を見せた。
川原が嬉しいとストレートに伝えてくれる言葉が俺も嬉しかった。

この日彼は俺の体調を心配して泊まったりすることなく帰って行った。
帰り際に唇を触れるだけのキスをして、、


隣の部屋へ行くと、ムスッとした顔の住人に出迎えられた。客を突然連れ去られて、そのまま随分放置されていたから当然だ。
「はぁ!?もう付き合ったの!?なんだよ、せっかく良い事しようと思ったのに」
川原が帰ってしばらくして、歩の部屋から川原を奪還したことをふと思い出して一応の報告に来た。
川原と付き合うことになった事に気を取られてすっかり忘れていたのだ。
「やっぱりおまえヤル気だったんだな。」
「そりゃ。チャンスはモノにしてかないと」
「もう絶対手出すなよ。」
「へーい。誉の彼氏なら手出しません。っていうか、俺のおかげじゃない!?」
「まぁ、連絡くれたのは感謝してる。今度お礼する。」
「んじゃ2人で店に遊びに来てよ」
そう言って歩は笑った。
川原とやれそうだったのに俺に連絡くれた事は本当に感謝している。ある意味歩も自分に正直に生きているから、川原次第では躊躇わず寝たはずだ。

「ねぇ、川原くんがさ“ゲイビでちんこ勃ったら男もいけるって事ですか”って真剣に聞いて来た」
「あいつ何を、、」
「自分が誉を抱けるのか知りたかったんじゃない?誉を傷つけたくないんだろうね」
「、、は、、」
「バッカだよねぇ!そんなのさ、好きな人のエロい姿見て、“萎えるわー抱けないわー”なんてやついる!?あの人何の心配してんの」
ケラケラと歩は笑う。可愛い顔で口が悪いのがこいつだ。
「いやそれ俺があいつに言った。出来るのかって」
「ああ!前言ってたやつ?」
「そう、、」
「いややめなよ。誉がそんなこと言うから川原くん、なんなら俺で自分の体の反応確かめようとしたんじゃないの?あんな真っ直ぐな真剣な目で男同士を教えてくれなんて言われたら、俺じゃなくてもだいたいのゲイがやると思うよ?」
「アイツのこと、、思春期の一時的なものだって思ってたんだよ」
「じゃあもう認めてあげたんだ?彼の事も、自分の事も。」
「、、おかげさまで」
不本意そうに言う俺を見て歩はまたケラケラと笑っていた。
結果的に、歩なら躊躇わず俺の友だちにも手を出すだろうという確信が俺の背中を押したわけだ、、

男の川原には、自分の体を大切に、なんて感覚は持ち合わせてないだろう。純粋に一回試そうと思っても不思議じゃない。
阻止出来たとは言え、今考えても心臓がドキドキとして焦燥感にかられる。

「そんな危なっかしい川原くんとはさ、なるべく早くお互い安心したほうが良いと思うなぁ。誉だってあと伸ばしにするとなかなか出来なくなりそうだし。コレはガチな意見ね。」
「、、うん、、だな。」
「大丈夫だよ誉。お互いに好きなんだから、ちゃんと自分の事受け入れられるって。」
「、、俺実は好きな相手と付き合うの自体が初めてかも、、」
「ぅわ、本命童貞、、いや処女?と、真性童貞かよ。前途多難」
歩は天使のように可愛らしい顔で、下品な事を言うとまたケラケラと笑っていた。


かなり深夜に自分の部屋に戻った俺は、なかなか眠りにつくことが出来なかった。暗い部屋の天井を見ながらぼんやりと考えてしまう。

川原が俺に向けてくれる気持ちは本物だと思う。それがほんのいっときの事だとしても。
俺はいつから川原が好きなんだろう、、自分の気持ちから目を背けていたからよく分からない。少しは素直になりたいと思ったのは川原のお兄さんから、川原の入院していた時の話を聞いた時だ。
川原の乗り越えたものはとてつもなく大きな物だったはずだ。彼が苦しんだ時俺が少しは役にたっていたのを聞いて、俺も川原となら何かに立ち向かえそうだと思ったのだ。

真面目な顔でそんな事を考えているのに直後には歩に言われた事を思い出す。
川原は俺の事を考えてあそこを勃てたりするだろうか。俺の名を呼びながらひとりで果てたりするだろうか、、。
川原は、、俺としたいと思っているんだろうか、、

ベッドの中でそんな事を考えていると、下腹部にズクっと甘い疼きを感じた。
でもこの日の俺はやっぱりまだ体調が悪かったんだろう。そのまま恋人のことを思いながら深い眠りにおちていったのだった。
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