【完結】旦那様、離縁後は侍女として雇って下さい!

ひかり芽衣

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32:幸先の良いスタート

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翌日、マストが子ども部屋を訪室した時、マストはいつも通りマリーの方を見ずにいつもの挨拶代わりの台詞を言った。

「子ども達の様子はどうだ?」

「お二人ともお代わりありません」

そのまま子ども達のもとへ行こうとするマストへ、マリーは勇気を出して声を掛けてみる。

(ローラ様の妊娠するまでの期間は期限付きだと聞いているわ。ゆっくりしている暇はないはずよ! 頑張るのよ、マリー!)

マリーはそう考えたのだ。

「旦那様、おはようございます。よく休めましたか?」

マストは足を止めてマリーを振り返った。
目の合ったマストは、少し目を見開いて驚いた顔をしている。
それもそのはず、マリーがこの様に話しかけるのは、侍女になってから初めてのことなのだ。

(ふふっ。滅多に見られない表情ね)

いつもマストのことを動揺させることが出来なかったマリーは、少し良い気分がはした。

「……友達なら、目を見て挨拶をすると思います」

マリーは少し緊張をしながら、控えめに言う。

「……そうだな。マリー、おはよう。よく休めた。マリーはどうだ?」

「私は……旦那様の提案が意外過ぎて、覚醒してあまりよく眠れませんでした」

緊張の面持ちを少し浮かべながら言ったマストに、マリーは笑顔で答えた。

「そうか、それは驚かせて済まなかった。子ども達と一緒に昼寝をして休むと良い」

マストはいつもの真顔にすっかり戻っている。

「そのようなことは出来ませんよ! 誰かに見られたら大変です!」

「私の許可があるのだから問題ない」

「いいえ、問題はありありです!」

ムキになって言うマリーの顔を見て、マストは少し微笑んだ。

「ははっ。誰かとこの様な掛け合いをするのは久しぶりだ。もう既に、友達とは良いものだと感じるな……」

そう言って一人遊びをしているフリージアの元へ、マストは行った。
マリーはマストを目で追いながら、固まってしまう。

(えっ? 旦那様がそのような事を言うなんて……。そのような事も言う事が出来たのね……)

早速知らないマストの一面を知ることが出来て、マリーは嬉しい気持ちになった。

(友達1日目にして、幸先の良いスタートね)





それからというもの、マストは子ども達に会いに来た時、自分からもマリーに声をかけるようになった。

そして、子ども達が寝ている時にはマストとマリーは話をするようになる。
最初のうちは、マストは椅子に腰掛けマリーは立ったままであったが、いつの間にかマリーも同じテーブルに腰掛けるようになった。
もちろん、そうするように言ったのはマストだ。

子ども達の会話だけではないことも、少しずつ話題にのぼるようになって来ている。

(結婚していた時もこの様な時間を作る提案をしていたら、旦那様は答えてくれていたのかしら?)

あまりのマストの代わり様に、マリーはそんなことを考えたりもした。


友達となって三週間が過ぎる頃、最初にあった違和感やギクシャクした様子はなくなり、二人共"友達"にすっかり慣れて来ていた。

「フリージア様が、最近弟を欲しがっているのですよ」

「だから最近お気に入りのクマのぬいぐるみが弟設定なのか! 前は妹設定だったのに」

「ふふっ。そうなんですよ。前は私がリリー様のお世話をするのを見て、ぬいぐるみを妹のように扱っていたのですけどね。この間出かけた時に、走り回る小さい男の子を見てからは、すっかり変わったのです」

「弟が欲しいと、フリージアが言ったのか?」

「はい。妊娠しており腹部の大きな使用人の女性のお腹を触りながら、"おとーと"と申しておりました」

その時のフリージアの可愛らしい様子を思い出して微笑んでいるマリーを見ながら、マストは渋い顔をしている。

「そうか……。その希望は叶える事が出来るかはわからないな」

「……えっ?」

マリーは驚いた。
当然マストも男児を望んでいるものだとばかり思っていたのだ。

「私は男児に拘ってはいない。だから、もう子どもは無理には作ろうとは考えていないのだ」

「……では何故、ローラ様……。あっ、生涯の伴侶が欲しかったのですか?」

マリーは混乱しており、ついつい勝手な予想を口走ってしまう。

「いや、断ることが出来なかっただけだ……」

「婚約者を迎える事を断れなかった……?」

そこで、マリーは"ハッ"とした。

「えっ、まさか、私が絡んでいますか……?」

マリーは悩ましい顔で思う。

(婚約者を受け入れないと私を追い出すとか、ローレル様に言われたのかもしれないわ……)



 
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