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48:マリーとマスト
しおりを挟むマリーの突然の告白にマストは開いた口が塞がらない。
(これほど驚いた顔を見るのは初めてね……)
マストのあまりの驚きぶりにマリーは怯みそうになるが、そうなる前に勢いで続ける。
「今更なのはわかっています。しかし離縁してから、婚姻中は知らなかった旦那様の様々な一面を知り、気付くとお慕いしておりました」
マリーは自分の顔に全身の血液が集まって来ているのではないかと思う。
それほど、顔が熱かった。
マリーはマストの顔を見ていられずに、思わず下を向いてしまう。
「マリー……」
「お願いします! 最後まで聞いてください!!!」
何かを言いかけたマストを、マリーは制する。
「旦那様に離縁を言い出された訳ではないのに、離縁をしてしまったこと……とても後悔しています。もっと頑張れたのではないかと……。家族四人で過ごす人生を諦めるのが早かったと……」
マリーの目には涙が込み上げて来る。
しかしマリーは、意地でも泣きたくなかった。
(泣き落としなんてしないわ! きちんと話すのよ!)
マリーは今度は天井を見上げ、目頭に力を入れて涙が溢れないようにした。
「……もう話しても良いか?」
"ドキッ"
マストの言葉に、マリーは心臓が跳ね上がる。
(怖いわ……でも、聞かなければ……)
マリーは返事の変わりに、覚悟の灯った眼差しをマストへ向ける。
顔を真正面に向けた反動で、マリーの目からは涙が一粒溢れ落ちてしまった。
「あっ、これは涙ではありませんから! ……えっ、えっと……、汗です!」
マリーは"キッ"とマストを睨みつけて言い切る。
マストに今まで言い合いで勝ったことがないマリーは、呆れられたくなかった。
今は使用人としてではなく、"元妻"として対等な立場で話がしたかったのだ。
「……そうか、わかった。汗なのだな」
マストは真顔でそれだけを言った。
「兄はもうすぐ利益も生まれそうだと、旦那様に必ず金は返すと申しております。私は男児が産まれるまで頑張ります! 旦那様、どうか私にもう一度チャンスをいただけませんか!? 本当の家族で暮らすチャンスを!!!」
マリーの意思に反して、瞳からは涙がポロポロと溢れてしまう。
マリーは一瞬ローラの顔がよぎったが、考えるのはやめた。
(今は私と旦那様の話よ。ローラ様は関係ないわ……!)
マリーはハラハラと涙を流しながら、ジッとマストを見上げる。
「本心か?」
「はい、本心です」
「……汗が止まらないな」
「……汗なので勝手に出るのです。気になさらないで下さい」
二人は瞬き一つせずに、真顔で見つめ合っている。
二人の間に一瞬静かな空気が流れた後、マストは口を開いた。
「……気にしないのは無理だな」
「えっ……キャッ!」
次の瞬間、マリーはマストの胸の中にいた。
大きくて筋肉質なマストの身体を、マリーは結婚していた頃はずっと威圧的だと思っていた。
しかし、その硬くてゴツゴツした身体に抱きしめられた今、その身体はとても温かいものだった。
(ホッとする……)
恋愛結婚ではない二人のため、この様な抱きしめられ方は初めてだった。
「……汗は止まったか?」
「……」
マリーの顔を覗き込んだマストは、少し狼狽える。
「汗が増えているではないか!?」
「そのようなことを言われましても……」
ホッとしたマリーの目から流れる汗は、止まるどころかどんどん溢れてくる。
「……頼む、泣き止んでくれ……」
マストはギュッと、抱きしめる力を強めた。
久しぶりのマストの匂いに、マリーは更に安堵する。
(離れたくないわ……)
マリーはマストの背中に手を回し、マリーの精一杯の力でギュッと抱きしめ返した。
マストの身体がビクッと動いた気がしたのは気のせいだろうか?
マストはマリーの頭上に顔を擦り寄せる。
「マリー……私は、離縁して後悔した。どれほど大切な存在だったのか、別れてからわかったのだ。気難しく怖がられる私に怯むことなく話しかけて来てくれる、そんな君に甘えていた。手放したことを後悔した。君の希望なんて聞かなければ良かったと……」
マリーは驚きに涙が止まる。
「えっ……あ、だから、私との反省を活かしてローラ様と打ち解けようとされたのですか?」
今度はマストが驚く番だった。
「何のことだ?」
「えっ、そのために私と友達に……」
「私は新しい婚約者など要らなかった。侍女ではあるが君もそばにいて……」
頭上から少し怒ったような声が降って来る。
「えっ、では何故……」
「しかし母上がそれでは納得しないのだ。勝手に新しい令嬢を、君の時と同様に金にものを言わせて連れて来て……。しかし彼女を無理矢理に追い返す訳にはいかなかった。彼女にも事情があったかからな……」
「……」
「だから、良い方法がないかと考えていたのだ」
「……それで、ローラ様と子作りをなさることにしたのですか?」
「……」
マストは沈黙した。
するとマリーの身体を離し、マリーの顔を上に無理矢理上げる。
目が合ったマストは、少しムッとしているようにも見える。
至近距離で見つめ合い恥ずかしくなったマリーは、どんどん顔が赤くなる。
その頬をマストは、軽くつねった。
「痛っ……」
痛みは殆どなかったが、ついマリーはそう言ってしまう。
「……私の言葉を聞いていなかったのか? フリージアとリリーを産んでくれたという感謝の気持ちも勿論ある。しかしそれだけではなく、私は君のことを愛しているのだ、マリー」
マリーは目の前にあるマストの顔が急にぼやけて、見えなくなった。
「……また目から汗が出ているな……」
「……旦那様のせいです!!!」
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