【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣

文字の大きさ
19 / 60
第二章 シャインブレイド

5:サンブルレイド領にて①ヴィクターとの再会

しおりを挟む

「ここがサンブルレイドね。初めて来たわ」

イーサンと草原で話した翌日、アシュリーはサンブルレイドへ"エリザベスのおつかい"という名目で、ヴィクターに会うために出発した。

城からは馬車で丸五日の距離だった。
今日はエリザベスのおつかいを済ませたあと宿で一泊し、明日帰路へつく予定だ。

(初めて来たけれど、何と言うか……凄い場所ね)

アシュリーが圧倒されていると、声を掛けられた。

「アシュリーさん! すまない、出迎えるつもりだったのだが遅くなってしまった!」

ヴィクターは月の3/4はサンブルレイド公爵邸へ宿泊しているそうだ。
本日、馬車も屋敷へ到着した。
因みに残りの1/4は出先での宿泊で、城へは一~二ヶ月に一度戻っている。


「今、公爵様と奥様は出掛けていていないのだ。なので、さすがに客の俺が勝手に屋敷の中へは通せない。疲れているところに申し訳ないが、すぐに町へ行くのでも良いだろうか?」

少し慌てて小走りで登場したヴィクターは、前髪が上がっている。

(この間のようね……)

初めて会った庭園での、風に吹かれて上がった前髪を思い出すと同時に、アシュリーは急に胸の鼓動を感じた。

(あら? 動機がするわ。体調が悪いのかしら? 無理はしないようにしよう……)

そんなことを考えていると、まだアシュリーは一言も発していなかった。

「アシュリーさん?」

訝しがるヴィクターに、アシュリーは"ハッ"とする。

「あっ、ヴィクター第三王子殿下、本日は急な申し出に応じて下さりありがとうございます」

「……アシュリーさん、年を伺ってもいいだろうか?」

「えっ、あっ、はい、十七でございます」

アシュリーは、2m程の距離からアシュリーを見るヴィクターを見ながら答える。

「なんだ! やはり年下か!」

驚きと楽しさを入り混ぜた、明るい表情でヴィクターは言った。

(どうせ老け顔ですよー)

アシュリーは思わず頬を膨らましてしまう。
綺麗で整ってはいるが大人びた顔立ちにガリガリ身体が相まって、老けて見られがちなのもまた、アシュリーは気にしているのだ。

「はははっ! 女性に年齢を尋ねるなんて、失礼だったな!すまない。アシュリー、さあ行こう!」

アシュリーが拗ねていることに気付いたヴィクターは、楽しそうな笑顔でそう言って歩き始めた。
するとすぐに足を止め、まだ少し頬を膨らませているアシュリーを振り返った。

「あと、外でそんな長たらしく呼ばれたくない。俺のことはヴィクターでいい」

ケロッとそんなことを言うヴィクターに、アシュリーは驚いて駆け寄る。

「そっそのような訳には参りません! では、ヴィクター殿下では?」

「町で殿下なんて呼ばれたら面倒だ。俺はここでは騎士として生活しているのだ。今日は付き人も連れて来なかった。二人でこっそりと母上のお使いを済ませよう」

「えっ!? 付き人なしで良いのですか!? 王都でもない、この……」

アシュリーはそこで言い淀んだ。

「この治安の悪いサンブルレイドで……か?」

「……はい」

気まずそうに言うアシュリーに、ヴィクターはケロッと何でもない顔をしている。

(ヴィクター第三王子殿下はここサンブルレイドを大切に思っているようだから、悪く言って嫌な想いをさせていないと良いのだけれど……)

アシュリーの心配は杞憂だったようだ。
ヴィクターはアシュリーに、悪戯そうな顔で"ペロッ"と舌を出して見せた。

「治安が悪いのは事実だからな。本当は良くない。実は出掛けることは伝えていないのだ」

「えっ!? それはなりません!」

アシュリーの慌てる顔を見て、ヴィクターは笑顔でいう。

「町に住む付き人の奥さんが産気づいたのだよ。だから、君が来るのは延期になって、俺は屋敷にいるからそばに居てやれと言って帰したのだ」

「そうなのですね……」

アシュリーは、ヴィクターの優しさに心が温まるのを感じる。しかしすぐに冷静になる。

「では、私は出直します! 乗って来た馬車もありますし、本日は一度帰って出直すことといたします」

アシュリーは真面目な顔でそう言った。アシュリーは帰城後に予定があるため、滞在を伸ばすことは出来ないのだ。

(ヴィクター殿下に何かあったら大変よ……)

勿論その想いからの発言だったが、ヴィクターはその言葉を無視してアシュリーの腕を掴んだ。

「俺もまずまず腕の利く騎士だ。その辺の輩くらい一人で大丈夫だ。さあ、行くぞ!」

ヴィクターはアシュリーの腕を掴み、有無を言わせずにどんどん進んで行く。
アシュリーは口を真ん丸にあけて、頬を赤らめている。
掴まれた腕が熱くて仕方なかった。
そして何も言えずに、引きずられるようについて行くこととなったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...