精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第14話

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「ネタバラシですか?」
「ギルドマスター襲撃、そして大地主ニコラウス襲撃、この二つの事件、お前の仕業だろ? 見事な手前だったな。 全く証拠を残さないどころか、目的すら掴ませないとは」
「何言ってるんですか、そんな訳ないでしょう?」

 青年の言葉に、エミリーは首を傾げる。

 確かに彼女からしてみれば、いきなり事件の犯人扱いをされているのだ。証拠もなく「はいそうです」とはいかないだろう。青年もそれはわかっていた。

「最初に思ったのは、”何で自分でやったのか?”って事だ」

 困惑するエミリーを意に介さず青年は述べる。

 彼女はまだ、”敏腕受付嬢”の皮を被り続けている。それを一枚一枚、青年は丁寧に剥いでいく。

「暗躍にそれだけ長けた人間だ。 その本領は諜報や監視だろ? わざわざ自分で手を下さなくても、他に幾らでも手段はあったはずだ」

 ギルドマスターもニコラウスも、襲撃自体が目的なら他に方法など幾らでも思い付く。よりリスクの少ない手段も。しかし犯人はそれをしなかった。まるで、自分の実力を誇示したがる子どものように。圧倒的な力と繊細な技術によって、それを成し遂げた。

「だが、それが結果としてあだとなった」

 人間とは、生物とは、”欲”に衝き動かされて行動する獣。力を欲し、そして手に入れたそれを誇示せずにはいられない。そしてそれに飽きたら更なる力を求めるようになる。なんとも愚かで哀れな存在だ。

「自分の犯行だと証明出来なくなってしまった。 だから、二つ目の事件を起こし、ニコラウスを狙った。 違うか?」

 どうしようもなく滑稽な顛末。これが今回の事件の真相である。

「自分が主犯であると示すため、敢えて二度目の犯行では、証拠ともなりそうな霊術書を盗んできた。 今持ってるんだろ? そのカバンの中に」

 青年はエミリーが肩から下げているカバンを指差す。そのカバンに何が入っているのかは定かでないが、確かに本を入れて持ち運ぶのには必要十分な大きさをしている。

「それをこの工房に置いていくつもりだった。 そして明日にでも警邏隊をここに差し向ければそれでお終いだった」

 自由とは競争だ。この砂漠の星こそが、その成れの果ての世界と言える。しかし、青年は疑問を覚えずにはいられない。他人を蹴落としてまで、自分の地位を築く事に果たして意味はあるのかと。

「……さっきから、何の話ですか? もしかして疲れてます? だから言ったじゃないですか、働き過ぎは良くないですよって」

 善人の様に微笑む姿は、見れば本当に心から他人を労わろうとしているのではないかと錯覚する程、心地良い温もりを秘めていた。実に下らない人間だと、青年は唾を吐き掛ける。

「どこをどう考えても矛盾だらけだ。 ギルドマスターもニコラウスも、他人から恨まれる様な輩じゃない。 その上、一度目の犯行は完璧に行なったにも関わらず、二度目の犯行ではわざわざ痕跡を残している。 つまり、目的は別にあったんだ。 その上で、それを実行したのが自分であると証明したかった。 暗躍に特化しながら、内に功名心を秘めた存在。 そんな連中に、俺は心当たりがある」

 青年には全く理解出来なかった。
 犯人は何故自分で犯行に及んだのか。そんなリスクを何故冒したのか。暗躍に長けた人間と、一撃必殺の高火力を持つ人間が繋がらなかったのだ。しかし、一つの”組織”とその”思想”を間に挟むことで、全てが結び付いた。

「お前、”全知の樹ユグドラシル”の人間だな?」

 青年はその組織と縁がある。古く埃を被った、しかしどれだけ時を経ても風化しない因縁が。

「ちょっと待って下さい、私はギルド職員です。 それに私が仮にそんな事をしたとして、何になるんですか?」
「何とでもなるだろ。 例えば、ギルドの実権を握れる。 それによって、自分にとって都合の良い興業を進められる。 結果として、有力な人間との強力なコネクションを持てる、とかな」
「ですから!! そんなことが何になるって言うんですか!!」
「この国唯一の”スターン”、アランは良い奴だったか?」

 アランはこの街に配下を送って何やら企んでいる様子だった。

「始め、お前が組織から言い渡された役割は恐らく。 そのためにお前は俺がよく利用するギルドに潜入した。 そこで知ったんだ。 アランの計画とその障壁となるローブスの存在をな」

 ギルドは街の興業の中心である。そのために、ギルドマスターの意向が街の発展の度合いと方向性を大きく左右する。
 この街のギルドマスターは自然保護を重要課題としている。また、街の伝統や人々の営みにも心を砕いている男だ。他所者のアランやローブスが彼を説得するのは至難を極めた事だろう。

 その明暗を分けたのは、恐らく”誠実さ”。ローブスはこの街に来て以来、何度もギルドに足を運び、時にギルドの依頼にカルロを参加させるなど、献身的に街の営みを支えた。ギルドマスターとの交渉段階でもその態度を崩さなかったはずだ。そんな彼の姿勢が、アランの野望を破ったのだ。

 そしてエミリーはそこに好機を見出した。ギルドマスターを無力化して自身がその権限を握り、その上でローブスを追い出し、彼の持つ利権を強奪する。それをアランに横流しすれば、彼の元に取り入る大きな足掛かりとなった事だろう。

「じゃあ、三つ目の事件はどう説明するんですか? 少年を狙う理由が私にありますか?」
「無いな。 だからあれはお前の犯行じゃない」
「じゃあ誰がやったんです?」
「子どもの喧嘩だろう。 大人の介入する余地は無い。 ほっとけば良いさ」

 青年は、ナツという少年に会った事がある。青年の知る彼は、草原で友人と喧嘩していた。その友人というのが、後に青年をつけ回す事になるハルなのだが、そのハルとの喧嘩でナツは炎を使っていた。随分喧嘩っ早い性格のようだ。同じような事が起こり、今度は自分が怪我をする羽目になった。それが青年の推測である。

「被害に遭った少年は、刃物で切られたような傷を負っていたはずです。 確かカルロさんは、剣を使う術を持っていましたよね? 彼が犯人という事は考えられないんですか?」
「へぇ、見てたのか。 だったら何で止めてくれなかったんだ? オッサンの時はすぐに飛んできて止めてくれたじゃねぇか。 理由は一つ。 お前もグルだったんだろ?」

 カルロはあの一件の際、「この街に来て使うのは初めてだ」と言っていた。そしてその後、彼が戦闘で剣を用いた事は無い。

「カルロに力を使わせて警邏隊にその情報を掴ませ、二つ目の事件の後、奴に容疑がかかりやすくなるよう仕向けた」
「何を根拠に!」
「俺が捕らえた霊獣、珍しくなかったか?」

 ここ数日、青年がギルドへと引き渡した霊獣はどれも常軌を逸した巨体であった。この星で起きている異変、それを事前に知っていなければあれだけ落ち着いた対応はできないだろう。事情に通じている事、その手腕を見せようとした事が青年の彼女に対する疑惑を深めた。

「お前は”星の祭典シュテルンフェス”と、それに乗じた計画を知っていた。 だから、巨大霊獣にも驚かなかった。 そういえば、霊獣の掃討作戦、言い出したのお前らしいな? 仕事が早くて優秀じゃないか」

 全てこの女の手の上だった。それでも青年には、その手の上で踊る事を選択する道もあった。そう、考えてしまう程度には満足のいく平穏だったのだ。

「間違っているのなら、謝罪しよう。 今から茶でもどうだ?」

 風は一切吹いていない。重い静寂だけが二人の間に鎮座していた。
 瞬間、笑い声が高らかに響く。毎日のように顔を合わせていた受付嬢が、今まで見せた事のない表情でその口を醜く歪め、笑っていた。

「ふはははっ!! 今日はやたらと饒舌に話すと思ったら、最後にはデートのお誘い!? 馬鹿馬鹿しい!! 追い詰めたつもり? 薄汚い”雑魚狩り”風情が!!」

 どんなに醜く笑っても、どれだけ口汚く罵っても、人は真実を隠せない。それが、口以上にものを語る守護霊を背に負う、この星の人間の宿命である。

「聞く必要もないんだが、何故こんな事を?」
「黙れ! お前は知ってるか!? 私は霊術学校では常に主席!! その後”全知の樹ユグドラシル”に入ってからも優秀な研究者となるため努力を重ねたの!! それがどう!? 今ではこんな田舎の!! 誰の興味も無い”雑魚狩り”の監視を命じられている!! 納得出来るはずがない!! 私はこんな所で燻っている様な小物じゃないの!!」
「そうか」

 彼女の言葉は誰にも届かない。青年は聞く耳を持っていない。ただ辺りの空気を振動させただけで、闇に消えていく。逆恨みもいいところだ。

「あぁ、ちなみになんだが」

 青年は言葉を区切る。そして彼が右手を上げると工房の扉が開き、二人の男が顔を出す。

「アイツらには先んじて全てを話してある」
「はぁ?」

 昨日既に、青年は事の全容を二人に話していた。

「こちらには証人もいる」
「だから、何か?」
「もう戻れないぞ。 お前が築いてきた安寧の日々には」

 暗躍に長けたこの女は、話し終えて逃げるかも知れない。それだけは避けたかった。厄介事を嫌う青年がその重い腰を上げた理由は、問題の根本を叩く為なのだ。

「やるんだな? あんちゃん」
「あぁ。 手加減するなよ。 相当やるはずだからな」

 スキンヘッドの用心棒、カルロが臨戦態勢に入る。

「ふん。 数で押せるとでも思った? 随分と舐められたものね」
「いや、やるのはハg……カルロ一人だ」
「今、ハゲって言おうとしたか?」
「あとお前もやれよ、サボんな」

 青年は澄ました口調で観戦を宣言するが、ローブスはそれを認めない。
 しかしそんな青年の表情が、エミリーの次の言葉で一変する。

「お前を捕らえ損なった先輩の尻拭いを、この私がする事になるとは思っていなかったけど」
「……あぁ?」
「十二年前の刺客と私を一緒にするなよ」

 エミリーの言葉を聞き終えた瞬間、青年は修羅の如くその顔を激情で歪めた。

「お前、今なんて言った……?」

 言葉の響きは静かなものだったが、そこには隠し切れない青年の”怒り”が込められている。

「おいどうしたあんちゃん、大丈夫か?」
「良い表情をするじゃない。 今のあなたとならデートしてあげても良いけど?」
「……デートだと?」

 程なくして青年は我に返る。そして一人、決意するのだった。

「笑えねぇ冗談はやめろ。 それこそだ」

 青年は、口を開く。

「良いぜ。 、見せてやるよ」

 青年は、自身の内側に渦巻く暗く冷たい感情をただ俯瞰する。

「あと、一つ言い忘れた事がある」
───バリバリッ

「なっ」
「……ふん」

 青年は自身の、その異質な守護霊を傍に侍らせながら、ただ静かに、熱の籠らない言葉を呟く。

「砂漠への栄転、おめでとう」

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