精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第13話

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「”賢王けんおう”キースの崩御は七日前の話だ」

 ギルド依頼を無事に達成し街へと帰還した青年は、カルロから「話がある」と誘いを受け、昨日ローブスを含めた三人で話した店に足を運んだ。
 この店は街一番の高級料理店であるため、客席は全て個室となっている。そのため、このような他人に聞かれてはならない話題を持ち出す際にはうってつけである。

「……噂にも聞かないがな」
「そこがポイントよ、あんちゃん。 実際に世界に影響が出始めている今ですら、噂の一つも出やしねぇ。 上流階級の人間が、箝口令を敷いているんだろう。 国としちゃ、世間の混乱を避けるためにも、懸命な判断と言えるしな」
「そうか?」

 賢王の死は、世間には公表されなかった。

「それもおかしな話だ。 ”序列三位”だったか? そんな大物が居なくなれば、見える人間には筒抜けになるはずだ。 隠せるものでもないし、隠す意味もわからんな」
「それがな、賢王は晩年、何もない丘で一人隠居生活を送っていたらしい」
「……はぁ?」
「それは国民にも周知されていたんだ。 つまり、だ。 ”賢王はシュルフトに居る”という常識がそもそも通用しない。 ”この星のどこかで今も生きている”。 そう言われれば、納得するしかないだろう。 星全体を見通せる馬鹿げた霊視能力でもない限りな」
「……」

 青年には、まるで突拍子もない話のように感じられた。

 ───国の統治者が、その職務を放棄して隠居生活?

 そしてその最中に亡くなり、国がその情報を規制している。
 辻褄は合うが、都合が良すぎる。意図的な何かを感じずにはいられない。
 しかしそれが何なのか、青年には検討がつかなかった。

 そんな青年を他所に、カルロは続ける。

「それに賢王といやぁ、全盛期はこの星に敵無しと謳われた暴君。 ”隠居した賢王は聖なる大地ハイリヒエルデで未知なる霊獣と戦っている”ってのがシュルフトでの専らの噂さ。 その姿を描いた架空の英雄譚まで出回る始末だぜ」
「……なるほどな」
「ほら、次はあんちゃんの番だぜ」

 カルロは真剣な表情で問う。

「教えてくれ。 どこまで気付いてる?」

 聞かれ、青年は首を振る。

「何も。 全て憶測の範囲内だ。 この何もない田舎町に突如現れた高位の商人、急増した霊獣、西に感じていた大国クラスの霊指数の消滅。 これらを並べ替えて簡単に推理してみただけだ」
「待てあんちゃん、こっからシュルフトの精霊が見えるってのか?」
「あぁ。 俺はどうも”見える”方らしい。 でもわかるのはそのくらいだ」

 一瞬驚いた表情を見せたカルロであったが、すぐに真剣な表情に戻り、口を開く。

「……十分だ。 むしろそこまでわかってるとは、恐れ入るぜ」

 ニヤリ、とカルロは笑みを溢す。

「次はお前の番だ。 賢王の死は秘匿されてたんだろ? 国が隠すような情報を、なんでお前らは知ってる?」
「何だ、そんなことか」

 呆れたような表情でカルロは言う。

「情報ってのは金で買えるのさ。 うちの頭は国相手の取引なんかもやってる。 まぁ俺も詳しい事はわからんが、そういうのに詳しい”お友達”がいるんだとよ」
「随分口の軽い友達と仲良くしてるんだな」

 言いながら、青年は考える。

 確かに、ローブスは高位の商人であると言って差し支えない。ギルドが決定する等級を見ればそれも分かる。

 そんな人間が、国の機密情報に首を突っ込んでまで仕入れた情報、それを使って企む目的。
 確かにジェムシュランゲの生捕りは、金の匂いもする。しかし、果たしてそれが目的の全てなのだろうか。その先にさらに大きな野望を抱いているように、青年には感じられた。

「”スターン”の人間が死んだ。 莫大な精霊が野に放たれた今、この星に起こることを、あんちゃんは想像できるか?」
「学校で習った通りなら、”星の祭典シュテルンフェス”だろ。 莫大な精霊により生み起こされる三つの”災害”」

 言いながら青年は古い記憶を辿るように、目を細めて宙空の一点を見つめる。

「”天変地異”、”龍の誕生”、あとは……」

 しかし最後に聞いたのが遠い過去であった為か、その全てを思い出す事は出来なかった。足りない一つの答えを補うべく、カルロが口を開く。

「”人災”さ。 ここが学校なら、あんちゃんは落第点だな」
「そうか。 で、それがお前らの目的と関係があるのか?」
「大アリさ」
「なんだ? ”龍”でも狩ろうってのか?」

 賢王の死により、星に返納される精霊の量を考えれば、いにしえの時代に星を支配していた最強生物、”龍”が再び誕生することも想像に容易い。

 先程、青年は賢王の霊指数を「大国クラス」と表現したが、それは比喩ではない。”スターン”クラスの人間が有する精霊の量は、一国の国民全員の総量に匹敵するか、あるいは凌駕するものなのだ。

 そして、その爆発的な量の精霊から生み出される”龍”という存在もまた、人々が”災害”と呼ぶに相応しい膨大なエネルギーを持って生まれる。

「いいや、それは英雄様の仕事だろ。 俺達庶民は常に、その日生きるのに必死なのさ。 特にうちの頭は商人。 金にしか興味がねぇな」
「じゃあ、この話のどこにお前らが関係してる?」
「ここからは別料金だぜ」

 カルロは首を振って話を遮る。

「言っただろ。 情報ってのは金で買うもんだ。 この先に進むには通行料が必要だぜ」
「お前、もう十分喋っただろ」
「いいや、ここまでの話は学校でも習う常識さ。 こっからは取引だ。 確認させてくれ、あんちゃんの等級は?」

 カルロは、先程までとは打って変わって真剣な表情になると青年に問う。

「”ポーン”だ」
「”ポーン”だぁ?」

 青年の答えに驚き、カルロは間の抜けた声で青年の言葉を復唱していた。

「あぁ”ポーン”だ。 それが何か?」

 青年は毅然として答える。”ポーン”とは、ギルドが提示する最低ランクを意味する。片手間に巨大フリューゲルを狩る青年の実力からは、全く想像できない等級であった。

「いや悪い。 あんちゃん、昇格申請とかしねぇのか?」
「興味ないな。 俺達庶民は、その日生きられたら満足なんでな」

 青年の返事を聞いて、カルロは吹き出した。

「こりゃあ一本取られたぜ。 でもよ、あんちゃん」

 カルロはニヤリと口元を歪めると、青年に言う。

「刺激が足りねぇって顔してるぜ?」

 カルロの言葉を聞いて、青年は顔を顰めた。

───俺が、刺激に飢えている?

 そんなはずはない。
 霊獣を狩って、最低限の生活を維持する。それで満足していたはずだ。そう、何度も自分に言い聞かせてきたはずだ。

 でも、と青年は思う。

 なぜ、見ず知らずの少年の守護霊の指南を引き受けた?
 なぜ、商人との関係を持った?
 なぜ、この男の誘いに乗った?

 青年の中で既に、答えは出ていた。

「……俺も、同じか」
「あん?」
「別料金がいるって言ったな。 払おう。 何が欲しい?」

 青年は静かに言った。
 それを見て、カルロも笑みを浮かべる。

「昨日も言っただろ。 これは依頼だ」
「依頼?」

 青年は首を傾げる。

「協力して欲しいのさ。 引き受けるか?」
「またそれか。 昨日断っただろ」

 青年はカルロの目を見る。
 この男ははじめから、青年の”力”にしか興味が無い。だからこそ、社会的地位などの偏見を用いずに青年と関わる事が出来ているのだろう。そんな男は珍しい。

「……良いだろう。 その依頼、引き受けよう」
「結構だ」

 カルロは満足そうに頷き、青年に手を差し出す。それを青年は握った。

「だが、その前に片付けるべき問題がある」
「問題?」

 そして青年は切り出す。

「例の襲撃事件の事だ。 知ってるか? 俺達、容疑者筆頭らしいぞ」
「あぁ。 あんちゃんのお陰でな」

 カルロは軽い調子で言う。

「もしこれで神格化された霊獣なんか狩ろうもんなら、間違いなく砂漠送りだぞ」
「そうだな。 しかし、どうする? 証拠も無いんだぜ?」

 多くの国で現在、”死刑”は行っていない。代わりになるのが”砂漠送り”である。守護霊の額に”それ”と分かる烙印を押され、何も無い砂漠に身一つで放り出される。それは、当然死を意味するが、誰かが手を下さずとも人を冥土に送る事が出来る。実に素敵な手段と言えるだろう。

「考えはある。 ローブスを呼べ。 アイツにも話しておきたい。 ……あと、カルロお前、足に自信はあるか?」
「まぁ、そこそこな。 そうだあんちゃん、そろそろ名前教えてくんねぇか?」
「……調べれば分かる事だしな。 俺の名前は───」




───翌日、深夜。

「こんな夜更けに散歩か?」
「わっ、びっくりした。 驚かさないで下さいよ」

 青年はローブスの所有する工房に姿を現した。そしてそこで、目的の人物に会う事が出来た。

「何だ? 見られたら不味い事でもあるのか?」
「いえ、ただ散歩してるだけですから。 奇遇ですね、こんな所で会うなんて」
「そうだな。 こんな所で、な」

 ローブスの工房は街外れの草原にある。ここからは、山がよく見える。

「どうされたんですか?」
「人に会いに来たんだ。 話があってな」

 青年は静かに告げる。

「こちらの建物ですか? 残念ですが、留守みたいなので、日を改めた方が良いかも知れないですね」
「いや、その必要はない」

 青年には少なからず、後悔がある。

 余計な事に首を突っ込まなければ、幸福でなくとも平穏の中で生きていられたのだ。青年が長い年月を掛け、時に強いられる不条理や理不尽に耐えながら築いた、尊い平穏である。それを棒に振ってまで手に入れるべきものが、この先にあるのか。それは今対面しているこの女のみが知る事なのだ。

「俺が用があるのは、アンタだ。 受付嬢のエミリー」

 青年は話があった。敏腕受付嬢と名高い、整った容姿のこの女に。

「こんな夜に? ……もしかして何か如何わしい事考えてます?」
「残念だがそれは違う」

 本当に残念に思っているのは、青年の方かも知れない。
 これで確実に、歯車は狂ってしまう。

「ネタバラシと行こう」

 いや、動き出してしまうのだ。

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