精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第22話

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「ったく、ビビらせやがって。 もしあの時ガキ共が居なかったら、二人共やられてたんじゃないか?」
「ははっ、違ぇねぇ!」
「いや、そうなったらお前も死んでるはずだ。 だからやられるのは三人だ」
「相変わらず留まることを知らねぇな、お前の減らず口ってやつはよぉ」

 それぞれに果実水の入った杯に口を付けながら、三人の男がテーブルを囲んでいた。

 夜の森での依頼達成後、ローブス、カルロ、青年の三人は工房に集まっていた。
 少年ら三人とは街の入り口で別れた。何やら、少女は青年との別れを惜しんでいるようだったが、青年はそれを全く相手にしなかった。

 そして、帰ろうとしていた青年を呼び止めたのはローブスである。

───祝勝会を兼ねて、一杯やろう。

 青年は一瞬考える素振りを見せたが、ローブスの誘いを聞き入れた。

「……それにしても驚いたぜ」

 ローブスは持ち帰った戦利品である巨大霊獣・ジェムシュランゲを入れた、これまた超巨大な水槽を眺めて言う。

「あの霊獣が、まさか””だったとはな……」

 ローブスは溜息混じりに言った。

 青年達の討ち取った霊獣は、成長し切っていない幼体であった。

 そんな幼体の個体ですら、高さ十メートルはあろうかという水槽を埋め尽くすほどのサイズなのである。
 これが成体となれば、二十メートルを下らないサイズにまで成長するというのは青年から得た情報であった。

「だから言っただろ、持って帰れる代物じゃないと。 幼体であのサイズだ。 ”星の祭典シュテルンフェス”に感謝する事だな」

 青年の一撃がとどめとなってジェムシュランゲの無力化に成功した一行は、すぐに金属の駆霊術を用いて生み出した”鎖”で霊獣を縛り、総員の守護霊でそれを工房まで運んだ。

 その際、青年は珍しくやや焦ったような様子を見せていたため、疑問を抱いたローブスが尋ねると、青年の口から衝撃の事実が語られた。

『急がないと他の霊獣が目覚めて襲ってくるかも知れん』
『いや、もうコイツを倒したんだから、他に敵なんていねぇだろ』
『何言ってる? コイツはジェムシュランゲの幼体だ』
『………はぁ??』
『奇しくもお前の読み通り、既に新たな個体が生まれていたんだ。 俺達は相当の精霊を放出して戦ったからな。 ダラダラしてると成体まで出て来るぞ。 あれはヤバい。 サイズで言うとコイツの二倍から三倍になる上に、《吐息ブレス》も無限に撃ってくる』
『……ちょっと待て、本気で言ってるのか?』
『あぁ。 これが、冗談を言っているように見えるか?』

 青年の真剣な表情に気圧され、ローブスは緊張の緩んだ自身の精神を再度引き締め直した。

 その話をカルロにも伝え、再度士気を高めた。その結果、帰路の霊獣との交戦でも一糸乱れぬ連携を発揮し、怪我人を生むことなく突破したのだった。

「……んで? ハル達の存在にはいつ気付いた?」

 ローブスは新たな話題を切り出し、青年に問い掛ける。

「あんちゃんが飛び出した時、まるで誰が襲われてるかわかってるような感じだったが」
「鋭いな、ローブス。 正直言うと、昨日ここで話してる時から気付いてた」
「昨日だと!? アイツら、そんな時からいたってのか!? いやそうじゃねぇ! なんで言わなかった!?」
「子どもの霊指数だったんで、油断した。 すまん」
「「すまん」じゃねぇだろ……」
「はぁ……。 やっぱりか」

 青年の、ローブスに対する返事を聞き、カルロは驚いた声を出す。
 対照的に、ローブスは自身の予想が間違っていなかったことを青年の返答によって確認し、嘆息する。

「え、頭もわかってたんで??」
「いや、最初からわかってた訳じゃねぇ。 特に、昨日から居たなんて事は全く気付かなかったさ」

 ローブスはカルロの質問に落ち着いて答える。

「ただ、山に入った馬鹿がハルだってわかった時、前々から俺達の計画に気付いてて、それでつけてきてたのかもなって思っただけだ」
「そういう事ですかい」

 納得して頷いて見せるカルロに、ローブスはとどめを刺す。

「どうせ、お前がギルドで口を滑らしたんだろう、ってな」
「か、頭! その言い草はあんまりですぜ! 俺は誰にも言ってねぇ!」
「確かに。 カルロは飯屋でデカい声で俺に教えてくれただけだったな」
「おいあんちゃんまで!! 俺そんなデケぇ声で……言ってねぇよな……?」

 後半にかけて尻すぼみになっていくカルロの語気の強さが、雇い主の彼に対する疑いをさらに深めた。
 それらの情報を踏まえ、ローブスは決断する。

「……減給だ」
「なっ!!」

 カルロの表情から徐々に血の気が引いていく。

「依頼は無事成功したから良かったものの、最近のお前の振る舞いは目に余る。 特に口の軽さが」
「そんな……酷いぜ! あんちゃんからも何か言ってくれ!」
「……そうだな。 擁護する気はないが、をきっちり守ってる点だけはまぁ、評価できる。 本当に、全く擁護するつもりはないんだが」
「口約束?」

 青年は嘆息すると、静かに白状する。

「俺の貴重な個人情報を教えたんだ。 名前とかな。 で、口止めした」
「名前? あんちゃんの名前か?」
「他に何がある?」

 ローブスは首を捻る。

 青年は所謂”訳あり”の冒険者であるとローブスは考えていた。
 頑なに名前を明かさないのも、後ろ暗い背景からだと思い込んでいた。

───それを、そんな簡単に言ってしまうもんなのか……?

 ローブスはほんの一瞬、考える素振りを見せてから、やや躊躇いがちに青年に尋ねる。

「……あぁ、なんだ。 その、あんちゃんの名前ってのは、俺には教えてくれねぇのか?」
「は?」

 ローブスの言葉を聞いて、青年は間の抜けたような返事を返した。

「いや悪い。 言いたくないなら別に構わん」
「……意外だな。 お前のことだ、後でこっそりカルロから聞き出したりするもんだと思ってた」
「……しねぇよ、そんなこと」

 ローブスは青年の物言いに対して不満げに答える。
 そんなローブスの様子を見て、青年は口元を歪める。

「意外と律儀な奴だったんだな」
「あぁそうさ。 商人は信頼が命だからな」
「そうか。 ……まぁ、もはや隠す意味も無いしな。 俺の名前は───」

 青年は特にもったいつけることなく自身の名を明かした。

 それを聞いても、ローブスは驚く事は無かった。寧ろ、一層の信頼感を得たような気分になり、更なる質問を青年にぶつける。

「そうか。 教えてくれてありがとよ。 ついでに教えて欲しいんだが、何で今まで名乗りたがらなかったんだ?」
「……まぁ気になるだろうな」

 青年はややばつの悪そうな表情で答える。

「……自分のルーツってやつが、気になった事はないか?」
「ルーツ?」

 ローブスは真剣な表情で青年に続きを促す。

「自分の名の由来は何なのか、この眼は、この髪は、誰に由来するのか」

───バリバリッ
「俺の守護霊フェイドは、何で””なのか」

 青年は破裂音を響かせる守護霊を自身の背後に召喚する。
 漆黒の肌を持ち、金色の長髪を腰まで伸ばした、どこか姿を。

「……俺は、自分の親の顔も知らない。 そんなものが、本当に居たのかもわからない。 だから親がくれたらしいこの名前も、どうも馴染まない」

 言い終えると、青年の守護霊は徐々に風景に同化していき、やがて完全に見えなくなった。

「……悪かったな、ロクな理由じゃなくて」
「いや良い。 そうだったのか。 人には色々あるもんだよな」
「なぁあんちゃん、もうこれからは名前で呼んでも良いか? 良いよな?」
「カルロ、お前は何を聞いてたんだ」

 青年の告白に、ローブス、カルロがそれぞれの態度で返答する。
 二人とのやりとりを、青年は心地良さすら感じながら聞いていた。

 そんな青年の様子を見て、意を決したようにローブスが切り出す。

「あんちゃん、次は俺の話をさせてくれ」
「……あぁ。 何となく要件はわかるが、一応聞こう」

 真剣な表情で話し始めるローブスを見て、青年は茶化すことなく話の続きを促す。

「俺達と来ねぇか?」



 ローブス、カルロとの祝勝会を終え、青年は帰路についた。

 その道中、青年は思い出したように進路を変えると、工房近くの小屋を訪ね、扉を叩く。

「……おい。 約束通り来たぞ。 起きてるか?」

 青年が扉越しに、家主へと呼びかける。
 既に月は昇りきっている深夜にも関わらず、一拍の間を置いて家主の返答が聞こえてきた。

「あぁ来たか。 今開ける」

 右頬に十字の傷を持つ男、この小屋の家主でもあるフジマルは何故か、彼の家を訪ねた青年の背後から現れた。
 フジマルは青年の顔を見ると、十字の傷を歪めて笑顔を見せる。

「いつもの事だが、背後を取るのが好きらしいな」
「よく来たな。 まぁ上がってけよ」

 青年は招かれるままに、フジマルの住む小屋の中へと足を踏み入れていった。
 そして夜は更けていく。


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