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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者
第21話
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「なぁ、黙って引き返しちゃあくれねぇか?」
青年一行がジェムシュランゲの生捕りへと向かう中、田舎町・カルファン外縁の草原で対峙する二つの影があった。
「む、何者だ? 私に気付くとは。 上手く隠していたつもりだったが」
「お前程の精霊が動いたらそりゃあ、誰だって気付くだろ」
かたや、細身で長身の男。整えられた髪は美しい金色であり、手入れの行き届いた髭は不清潔どころか上品さすら感じさせる。歳は三十代後半だろうか。落ち着いた雰囲気からそう推測するが、見た目はもう少し若い。身に纏う衣服の装飾がやたらと派手である所からも、上流階級に位置する人間である事が窺える。
そしてもう一方は、貧相な中年の男。伸ばしきった黒髪はボサボサな上、髭も相まって清潔感は微塵も感じない。歳は恐らく四十代か、もしかすると五十代かも知れない。身なりに関して言えば、衣服にも気を払わない性格なのだろう。華美な装いの男と対面すると、その格差が浮き彫りとなってしまう。
「何を言っている? そんなはず無いだろう。 ルーベルトにいる時から薄めていたんだぞ? 俺がこの国に訪れてからずっと警戒していた、なんて事が無い限り、見破れるはずが無い。 三年もの間ずっとだ。 そんな事、出来る訳が無いだろう? ……しかし、うーむ。 ”潜霊”には自信があったんだがな」
「お前こそ、何言ってんだ?」
貧相な男は溜息と共に言う。
「警戒するだろ。 三年だろうが十年だろうが」
そうして、まるで呆れ返っているかのように肩をすくめる。
「ふん、まぁ良い。 悪いが、道を開けてもらおう。 私は急いでいるのでな」
「そう、生き急ぐなよ若輩者が。 上を目指すなら相応の準備ってもんが必要だろ」
男達は睨み合う。
「……私を、誰かと理解しての言動か?」
「”修羅”のアランだろ? 馬鹿にするなよお前有名じゃねぇか」
「そうか」
アランと呼ばれた男は溜息を吐き、中年の男に告げる。
「御老体を労れないのは誠に心苦しいものだが───”タイラン”」
アランは自身の前に守護霊を召喚する。
「───道を遮るものは破壊して通る主義なのだ。 悪く思わないでくれ」
「そうかい。 って、誰が老体だ。 見ろ、ピチピチだろ」
中年の男はアランから目を逸らさない。
「邪魔をすると言うなら、容赦はしない」
「言ってねぇだろ。 俺はただ」
───バリバリッ
「黙って帰れ。 そう言ったんだ」
「……ほう、黒い守護霊か。 これは珍しい」
中年の男は守護霊を傍に召喚する。
青年と同じ、迸る閃光と共に破裂音を響かせる、漆黒の守護霊を。
「若いもんは、ものを知らねぇ。 一つ、良い事を教えてやるよ、感謝しな」
「ほう、何を教えてくれると言うのだ?」
中年の男は、右頬の十字傷を笑みによって歪め、不敵に笑う。
「力の差、ってやつさ。 おう、名乗ってなかったな。 フジマルって言うんだ、よろしくな。 あぁ、今名前教えたがこれはノーカンで頼む」
「覚えるつもりも、必要も無い」
「……そうかい」
「そうだ」
次の瞬間。
───バリッバリバリ
破裂音と共に漆黒の守護霊が動く。
すると次の瞬間にはアランが放ったであろう金属の矢が地面に突き立っていた。
「……少しはやるようだな」
「ビビってんのか? 動揺が守護霊に出てるぜ」
フジマルと名乗る男の指摘の通り、アランは動揺していた。
───今、何をした?
この男、アランは”修羅”の異名を持つ実力者。その等級は”スターン”。現在、世界に七人しか居ない最上位の称号を持つ男である。
その男が放った攻撃、実に四十六本もの矢を一瞬にして全て撃ち落としたのだ。
───何が起きた?
「ぶん殴って撃ち落とした。 それだけだぜ?」
「なっ!」
アランは更に動揺を強める。
───この男、私の心を読んだと言うのか?
「あぁ、そうだぜ?」
「っ!!」
───生意気な!
「楽に死ねると思わない事だ……!」
アランはフジマルに向け、火球、岩石、金属の矢と立て続けに撃ち込むが、いずれの攻撃も有効打とはならない。
互いに様子見をするように、撃っては砕き、放っては撃ち落として時間と精霊を消費していく。
「お前、何で本気を出さねぇ? ……ああ、そういう事か」
攻撃の手を止め、フジマルは問い掛ける。
アランはそもそも、姿を隠してカルファンを訪れていたのだ。痕跡の残る大技を使用すれば、悪目立ちする。それを避けたいと考えているのだろう。
そういったアランの内心を察し、フジマルは提案する。片手を掲げて小声で言った。
「……場所を変えるか」
「何?」
フジマルの意図に応えるように、漆黒の守護霊が閃光を迸らせる。
───バリバリッ
アランの返答の次の瞬間、彼は果てしなく続く砂漠の大地に横たわっていた。
「な、何が起きた……?」
「見ての通りだ。 場所を移した。 ここなら存分にやれるだろう?」
アランは困惑しつつ、一方で分かっていた。
この男は一瞬で自分を掴み、遠く離れたこの地まで走って移動したのだと。
───分かっていても、理解出来ん……!
「何も考える必要はねぇ。 本気を出せ。 その鼻っ柱ごとへし折ってやるからよ」
「……後悔するぞ」
アランは守護霊を操る。彼の守護霊、タイランが手をフジマルに向けかざすと、凄まじい烈風が巻き起こる。
天に届く程肥大化したそれは、まるで意思を持った生き物のようにうねりながらフジマルへ襲い掛かる。
舞い上がった砂が刃となってフジマルの衣服、肌を切り刻んでいく。
生み出された竜巻は、やがてフジマルを飲み込んで素通りしていく。
しかし。
「良いの持ってんな」
「……ふん。 本気が見たいのだろう? 望み通り見せてやる。 すぐに死ぬなよ」
フジマルに目立った外傷は見られない。
それを見たアランは不敵に笑い、更に守護霊に指示を出す。
「行くぞ」
アランの言葉と共に、彼の守護霊、タイランの周囲に三十本の刃が形成される。
同時にフジマルへ向けて降り注いだ刃は、全て漆黒の守護霊に撃ち落とされる。
「この程度で、本気か?」
「まさか!」
アランは直径二メートルの火球を七つ生みだし、放つ。
「そればっかりじゃねぇか」
「……なっ!!」
フジマルも遅れて七つの火球を生み出す。
数、形は互いに同じ。しかし、僅かにフジマルの炎の方が大きさで勝っていた。
「何驚いてる? こんなもん、見たら真似できるだろ」
両者の放った炎は、二人を結ぶ線を直進し、その中心で真っ向からぶつかる。
轟音と共に凄まじい爆発が起こり、激しい砂嵐が生じる。
周囲一帯の砂が吹き飛び、或いは溶け、砂漠に大きなクレーターができる。
ここまでの撃ち合いでは、互いに無傷である。
そんな状況に、アランは痺れを切らす。
「庶民を驚かせるまいと思っていたが、こうなっては仕方ない」
「俺も庶民だが、是非驚かせてくれ。 そろそろデカいの頼むぜ」
何かを決意するアランに対し、フジマルは飄々と答える。
「お前は、”雷”を知っているか?」
アランの言葉の後、空に分厚い雲がかかる。
「ほう、これはデカい。 くらうのは不味そうだ」
「骨も残らないぞ」
突如発達し始めた巨大な雲は、その内側に莫大なエネルギーを溜め込み、ところどころで轟音と閃光を放つ。
「光に焼かれて───死ね」
「面倒くせぇが、これは消しとくか」
フジマルは呟くと、彼の守護霊は空へと手をかざす。
「《霊承転移》」
そして何かの術を唱える。すると次の瞬間、空を覆う雲が跡形もなく消えていた。
「なっなんだと……!!」
「ふぃー、ストック一個使っちまったな。 また歩かねぇと」
驚愕するアランに対し、フジマルは何事もないかのように呟く。
「何をした??」
「分からねぇのか? なら、話しても無駄だろ」
フジマルは語気を強める。
「もう一度言う。 これが最後だ。 帰れ、黙ってな」
「くっ!!」
どこにでもいそうな風貌の、中年の男に自分が止められた。それが信じられないのだろう。アランはしばらく歯噛みしてフジマルを睨みつけていたが、やがて口を開く。
「今回は退いてやる。 フジマルか、覚えておく」
「そうかい」
アランはそう言い残し、フジマルの返答も聞かずに姿を消した。
それを見届けて、フジマルは溜息と共に呟く。
「……なぁ、おい。 いよいよ面倒くさい所じゃあ無くなって来てんぞ」
何も無い空にフジマルの声は吸い込まれていく。
「これからどうすんだよ、ったく」
青年一行がジェムシュランゲの生捕りへと向かう中、田舎町・カルファン外縁の草原で対峙する二つの影があった。
「む、何者だ? 私に気付くとは。 上手く隠していたつもりだったが」
「お前程の精霊が動いたらそりゃあ、誰だって気付くだろ」
かたや、細身で長身の男。整えられた髪は美しい金色であり、手入れの行き届いた髭は不清潔どころか上品さすら感じさせる。歳は三十代後半だろうか。落ち着いた雰囲気からそう推測するが、見た目はもう少し若い。身に纏う衣服の装飾がやたらと派手である所からも、上流階級に位置する人間である事が窺える。
そしてもう一方は、貧相な中年の男。伸ばしきった黒髪はボサボサな上、髭も相まって清潔感は微塵も感じない。歳は恐らく四十代か、もしかすると五十代かも知れない。身なりに関して言えば、衣服にも気を払わない性格なのだろう。華美な装いの男と対面すると、その格差が浮き彫りとなってしまう。
「何を言っている? そんなはず無いだろう。 ルーベルトにいる時から薄めていたんだぞ? 俺がこの国に訪れてからずっと警戒していた、なんて事が無い限り、見破れるはずが無い。 三年もの間ずっとだ。 そんな事、出来る訳が無いだろう? ……しかし、うーむ。 ”潜霊”には自信があったんだがな」
「お前こそ、何言ってんだ?」
貧相な男は溜息と共に言う。
「警戒するだろ。 三年だろうが十年だろうが」
そうして、まるで呆れ返っているかのように肩をすくめる。
「ふん、まぁ良い。 悪いが、道を開けてもらおう。 私は急いでいるのでな」
「そう、生き急ぐなよ若輩者が。 上を目指すなら相応の準備ってもんが必要だろ」
男達は睨み合う。
「……私を、誰かと理解しての言動か?」
「”修羅”のアランだろ? 馬鹿にするなよお前有名じゃねぇか」
「そうか」
アランと呼ばれた男は溜息を吐き、中年の男に告げる。
「御老体を労れないのは誠に心苦しいものだが───”タイラン”」
アランは自身の前に守護霊を召喚する。
「───道を遮るものは破壊して通る主義なのだ。 悪く思わないでくれ」
「そうかい。 って、誰が老体だ。 見ろ、ピチピチだろ」
中年の男はアランから目を逸らさない。
「邪魔をすると言うなら、容赦はしない」
「言ってねぇだろ。 俺はただ」
───バリバリッ
「黙って帰れ。 そう言ったんだ」
「……ほう、黒い守護霊か。 これは珍しい」
中年の男は守護霊を傍に召喚する。
青年と同じ、迸る閃光と共に破裂音を響かせる、漆黒の守護霊を。
「若いもんは、ものを知らねぇ。 一つ、良い事を教えてやるよ、感謝しな」
「ほう、何を教えてくれると言うのだ?」
中年の男は、右頬の十字傷を笑みによって歪め、不敵に笑う。
「力の差、ってやつさ。 おう、名乗ってなかったな。 フジマルって言うんだ、よろしくな。 あぁ、今名前教えたがこれはノーカンで頼む」
「覚えるつもりも、必要も無い」
「……そうかい」
「そうだ」
次の瞬間。
───バリッバリバリ
破裂音と共に漆黒の守護霊が動く。
すると次の瞬間にはアランが放ったであろう金属の矢が地面に突き立っていた。
「……少しはやるようだな」
「ビビってんのか? 動揺が守護霊に出てるぜ」
フジマルと名乗る男の指摘の通り、アランは動揺していた。
───今、何をした?
この男、アランは”修羅”の異名を持つ実力者。その等級は”スターン”。現在、世界に七人しか居ない最上位の称号を持つ男である。
その男が放った攻撃、実に四十六本もの矢を一瞬にして全て撃ち落としたのだ。
───何が起きた?
「ぶん殴って撃ち落とした。 それだけだぜ?」
「なっ!」
アランは更に動揺を強める。
───この男、私の心を読んだと言うのか?
「あぁ、そうだぜ?」
「っ!!」
───生意気な!
「楽に死ねると思わない事だ……!」
アランはフジマルに向け、火球、岩石、金属の矢と立て続けに撃ち込むが、いずれの攻撃も有効打とはならない。
互いに様子見をするように、撃っては砕き、放っては撃ち落として時間と精霊を消費していく。
「お前、何で本気を出さねぇ? ……ああ、そういう事か」
攻撃の手を止め、フジマルは問い掛ける。
アランはそもそも、姿を隠してカルファンを訪れていたのだ。痕跡の残る大技を使用すれば、悪目立ちする。それを避けたいと考えているのだろう。
そういったアランの内心を察し、フジマルは提案する。片手を掲げて小声で言った。
「……場所を変えるか」
「何?」
フジマルの意図に応えるように、漆黒の守護霊が閃光を迸らせる。
───バリバリッ
アランの返答の次の瞬間、彼は果てしなく続く砂漠の大地に横たわっていた。
「な、何が起きた……?」
「見ての通りだ。 場所を移した。 ここなら存分にやれるだろう?」
アランは困惑しつつ、一方で分かっていた。
この男は一瞬で自分を掴み、遠く離れたこの地まで走って移動したのだと。
───分かっていても、理解出来ん……!
「何も考える必要はねぇ。 本気を出せ。 その鼻っ柱ごとへし折ってやるからよ」
「……後悔するぞ」
アランは守護霊を操る。彼の守護霊、タイランが手をフジマルに向けかざすと、凄まじい烈風が巻き起こる。
天に届く程肥大化したそれは、まるで意思を持った生き物のようにうねりながらフジマルへ襲い掛かる。
舞い上がった砂が刃となってフジマルの衣服、肌を切り刻んでいく。
生み出された竜巻は、やがてフジマルを飲み込んで素通りしていく。
しかし。
「良いの持ってんな」
「……ふん。 本気が見たいのだろう? 望み通り見せてやる。 すぐに死ぬなよ」
フジマルに目立った外傷は見られない。
それを見たアランは不敵に笑い、更に守護霊に指示を出す。
「行くぞ」
アランの言葉と共に、彼の守護霊、タイランの周囲に三十本の刃が形成される。
同時にフジマルへ向けて降り注いだ刃は、全て漆黒の守護霊に撃ち落とされる。
「この程度で、本気か?」
「まさか!」
アランは直径二メートルの火球を七つ生みだし、放つ。
「そればっかりじゃねぇか」
「……なっ!!」
フジマルも遅れて七つの火球を生み出す。
数、形は互いに同じ。しかし、僅かにフジマルの炎の方が大きさで勝っていた。
「何驚いてる? こんなもん、見たら真似できるだろ」
両者の放った炎は、二人を結ぶ線を直進し、その中心で真っ向からぶつかる。
轟音と共に凄まじい爆発が起こり、激しい砂嵐が生じる。
周囲一帯の砂が吹き飛び、或いは溶け、砂漠に大きなクレーターができる。
ここまでの撃ち合いでは、互いに無傷である。
そんな状況に、アランは痺れを切らす。
「庶民を驚かせるまいと思っていたが、こうなっては仕方ない」
「俺も庶民だが、是非驚かせてくれ。 そろそろデカいの頼むぜ」
何かを決意するアランに対し、フジマルは飄々と答える。
「お前は、”雷”を知っているか?」
アランの言葉の後、空に分厚い雲がかかる。
「ほう、これはデカい。 くらうのは不味そうだ」
「骨も残らないぞ」
突如発達し始めた巨大な雲は、その内側に莫大なエネルギーを溜め込み、ところどころで轟音と閃光を放つ。
「光に焼かれて───死ね」
「面倒くせぇが、これは消しとくか」
フジマルは呟くと、彼の守護霊は空へと手をかざす。
「《霊承転移》」
そして何かの術を唱える。すると次の瞬間、空を覆う雲が跡形もなく消えていた。
「なっなんだと……!!」
「ふぃー、ストック一個使っちまったな。 また歩かねぇと」
驚愕するアランに対し、フジマルは何事もないかのように呟く。
「何をした??」
「分からねぇのか? なら、話しても無駄だろ」
フジマルは語気を強める。
「もう一度言う。 これが最後だ。 帰れ、黙ってな」
「くっ!!」
どこにでもいそうな風貌の、中年の男に自分が止められた。それが信じられないのだろう。アランはしばらく歯噛みしてフジマルを睨みつけていたが、やがて口を開く。
「今回は退いてやる。 フジマルか、覚えておく」
「そうかい」
アランはそう言い残し、フジマルの返答も聞かずに姿を消した。
それを見届けて、フジマルは溜息と共に呟く。
「……なぁ、おい。 いよいよ面倒くさい所じゃあ無くなって来てんぞ」
何も無い空にフジマルの声は吸い込まれていく。
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