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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者
第24話
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時は遡る。
シュルフトで雷が観測されてから七日が過ぎた頃。
賢王と少女は、互いに身も骨も残すことに成功し、穏やかな午後を過ごしていた。
「……お客様ね」
少女が告げ、二人は風の吹き抜ける丘に出た。
この日は賢王が車椅子に座り、少女がそれを後ろに立って押していた。
それはいかにも美しい、日常に溶け込むような自然な風景であった。
───やはりこうでなくては。
賢王は背後に少女の気配を感じながら、満足げな表情を浮かべていた。
すると、遠くから人影が近付いてくるのが見て取れる。
その日、二人の客人が賢王を訪ねる事となっていた。
「よぉ、元気そうじゃねぇか」
「ご無沙汰しております」
賢王が迎えた二人の客人は、並んで歩くには余りにも対照的で違和感のある雰囲気を、それぞれ纏っていた。
一人は、東の国の田舎町で冒険者をしている、頬の十字傷が特徴的な中年の男。この男は賢王もよく知る知人であり、親しい間柄である。そのため、一切礼儀のない挨拶をされたところで、賢王がそれを咎めることはない。
そしてもう一人は、顔も知らない若い男。立居振る舞いは気品すら感じさせるが、白髪が印象的であること以外にこれといって特徴のない容姿をしている。
年齢はまだ十代だろうか。若い見かけによらず、身のこなしには一切の隙が無い。微笑みを湛えた表情からはいまいち感情が読み取れない。
そこはかとなく強者の気配を感じさせる青年であった。
遜ったように丁寧な言葉遣いからもわかる通り、相当食えない男のようだ。
「なんだ、お前ら知り合いか?」
中年の男が意外そうに、白髪の青年と賢王の関係について問うが、賢王はそれを否定する。
「いや、ワシの記憶では初対面のはずじゃが。 お主の連れではないのか?」
「……耄碌ジジイの言うことはいまいち信用できねぇからな」
「誰が耄碌ジジイじゃ」
仮にも一国を治める権力者である”賢王”キースに対し、中年の男はどこまでも不敬な態度を続ける。
しかし、キースはそれを一切気にかける様子がない。このことからも、二人の親密な関係性が窺えた。
「俺もコイツとはさっき来る途中で会ったとこだ。 コイツもお前に用があるって言うんで連れてきたんだ」
「僕は何も言ってませんよ。 不躾な霊視でそちらが勝手に判断しただけでしょう。 あなたの案内が無くても、僕はここに来ていました。 正式に謁見のアポを取っていましたので」
「そうか。 俺はアポなんか取ってねぇがな」
「……何の自慢かは皆目分かりませんが、貴方にモラルを求めた僕が間違っていた様です。 もう話し掛けないで下さい」
中年の男の話では、二人はつい先程初めて顔を合わせたばかりであるとのことだ。
しかしそれにしては、二人の間には既に何やら剣呑な雰囲気が流れているように見える。
今をときめく若者と、人生のピークを終えた中年とが友好的な関係を築く事は難しい。
この二人は相当折り合いの悪い関係であるらしい。
「そうはいかねぇよ」
中年の男は変わらぬ調子で続ける。
「役者は揃ったようだ。 まずは、そうだな。 親睦を深めるために自己紹介でもするか? 俺のことはフジマルと呼んでくれ」
「ワシはキース。 国民からは”賢王”とも呼ばれておる」
「お前のことは全員知ってんだよ。 ほら、お前らも…」
「初めまして、僕はルイスと申します。 お名前をお窺いしても?」
フジマルと名乗った中年の男の言葉を遮り、白髪の青年は一歩前へと進み出て自身の名を名乗る。
そしてそれまで一切口を開かなかった、鴇色の髪を風に靡かせるままにしている少女に声を掛けた。
「……マナよ」
少女は静かに、そして端的に自身の名を名乗る。
「マナさん、素敵な名前ですね」
ルイスと名乗った白髪の男は、流れるように口を動かすと、無表情の少女に対して一切熱の籠らない世辞を述べる。
「そう。 ありがと」
その世辞を一蹴するように、少女はなおも無表情のまま形式だけの礼を述べた。
「しかし、二人いっぺんに来てしまうとはのう……。 客人が二人来ることは知っておったが、どうしたものか……」
「いや問題無い。 寧ろ好都合だ」
キースは元々、客人二人と別々に謁見の機会を設けるつもりでいた。そのため、少女を含めた四人が一同に会するこの状況は想定していなかった。
しかしキースの他に、動揺を見せる者は居ない。
期待、困惑、警戒、作為。
期ぜずして集まった四人は、それぞれがこの会合に対し秘めた思惑を抱いていた。
「……とりあえず自己紹介も済んだな。 それじゃあ、話し合おうぜ」
意を決したように、フジマルが本題を切り出す。
「話し合う? ここに居る面々でかの? 議題は何じゃ?」
フジマルは提案するが、キースは困惑するばかりである。
「もしかしてワシに関係無い話かの? 何か重大な話し合いをするのであれば、ワシは席を外すが……」
「そんな訳ねぇだろ。 関係大アリだ」
「そうよキース、あなたにも聞いて欲しいわ。 だから、もうしばらくここに居て」
訳がわからず席を外そうとするこの国の主を、フジマルと少女が呼び止める。
しかし、呼び止められはしたものの、キースは依然この状況を一切飲み込めていない。そこで、仕方なく車椅子に座り直したキースは、とりあえず話の成り行きを静観することに決める。
そんな賢王の様子を見て、中年の男は笑みによって頬の十字傷を歪め、切り出す。
「話ってのは、これから起こる”星の祭典”についてだ」
「……ほう」
フジマルの言葉を聞き、なるほど、と言った様子でキースは頷く。
「お前、もうすぐ死ぬんだろ? だから事前に打ち合わせしとこうって話だ」
「あなた、さっきから失礼ですよ。 もう少し言葉を選べないんですか?」
「なんだお前? 俺とはもう話さねぇんじゃなかったのか?」
フジマルの言葉遣いが失礼であると言って、ルイスが咎める。
「綺麗事言ったって仕方ねぇだろ。 人間、死ぬときは死ぬもんだ。 それがわかってるから先に話し合いをしようって言ってんだよ」
「それはそうですが……。 せめて言葉遣いにはもう少し気を払って下さい。 互いに尊重し合う関係がなければ、そもそも話し合いなんてものが成立しないんですから」
「……ほう、確かにそうだな。 良い事言うじゃねぇか」
ルイスの言葉を聞き、フジマルは口元を歪める。
対するルイスは先程までの微笑みの表情を消している。あくまで真剣な話し合いの場として、ここを訪れている。
ルイスにしてみれば、異端分子であるフジマルが大人しくなればそれで良かったのである。
「話を続けるぜ。 キース。 お前あとどれだけ残ってる?」
ルイスの手前若干言葉を濁しているが、この質問がキースの余命を尋ねている事を、その場に居合わせた全員が理解していた。
「……七日間よ」
「七日、か……」
フジマルの問いに答えたのは少女であった。
真剣な表情で手を強く握りしめる少女に対し、フジマルはあっさりとした様子で頷くと、話を進める。
「思ったより時間がねぇな。 それじゃあサクサク決めていこうか」
フジマルはこともなげに告げる。
「この星の命運と……」
三人はそれぞれに思惑を抱きながら、ただフジマルの言葉を待つ。
「”特異点”の男、”流星”の処遇について」
会合の七日後、賢王は静かに息を引き取った。
美しい少女の涙だけが、彼の死を弔う供物として捧げられた。
”賢王”は、若き日にはこの星に並ぶ者なしと恐れられた存在であった。
そんな彼の生涯とは対照的にその最期は慎ましく、穏やかなものであったという。
シュルフトで雷が観測されてから七日が過ぎた頃。
賢王と少女は、互いに身も骨も残すことに成功し、穏やかな午後を過ごしていた。
「……お客様ね」
少女が告げ、二人は風の吹き抜ける丘に出た。
この日は賢王が車椅子に座り、少女がそれを後ろに立って押していた。
それはいかにも美しい、日常に溶け込むような自然な風景であった。
───やはりこうでなくては。
賢王は背後に少女の気配を感じながら、満足げな表情を浮かべていた。
すると、遠くから人影が近付いてくるのが見て取れる。
その日、二人の客人が賢王を訪ねる事となっていた。
「よぉ、元気そうじゃねぇか」
「ご無沙汰しております」
賢王が迎えた二人の客人は、並んで歩くには余りにも対照的で違和感のある雰囲気を、それぞれ纏っていた。
一人は、東の国の田舎町で冒険者をしている、頬の十字傷が特徴的な中年の男。この男は賢王もよく知る知人であり、親しい間柄である。そのため、一切礼儀のない挨拶をされたところで、賢王がそれを咎めることはない。
そしてもう一人は、顔も知らない若い男。立居振る舞いは気品すら感じさせるが、白髪が印象的であること以外にこれといって特徴のない容姿をしている。
年齢はまだ十代だろうか。若い見かけによらず、身のこなしには一切の隙が無い。微笑みを湛えた表情からはいまいち感情が読み取れない。
そこはかとなく強者の気配を感じさせる青年であった。
遜ったように丁寧な言葉遣いからもわかる通り、相当食えない男のようだ。
「なんだ、お前ら知り合いか?」
中年の男が意外そうに、白髪の青年と賢王の関係について問うが、賢王はそれを否定する。
「いや、ワシの記憶では初対面のはずじゃが。 お主の連れではないのか?」
「……耄碌ジジイの言うことはいまいち信用できねぇからな」
「誰が耄碌ジジイじゃ」
仮にも一国を治める権力者である”賢王”キースに対し、中年の男はどこまでも不敬な態度を続ける。
しかし、キースはそれを一切気にかける様子がない。このことからも、二人の親密な関係性が窺えた。
「俺もコイツとはさっき来る途中で会ったとこだ。 コイツもお前に用があるって言うんで連れてきたんだ」
「僕は何も言ってませんよ。 不躾な霊視でそちらが勝手に判断しただけでしょう。 あなたの案内が無くても、僕はここに来ていました。 正式に謁見のアポを取っていましたので」
「そうか。 俺はアポなんか取ってねぇがな」
「……何の自慢かは皆目分かりませんが、貴方にモラルを求めた僕が間違っていた様です。 もう話し掛けないで下さい」
中年の男の話では、二人はつい先程初めて顔を合わせたばかりであるとのことだ。
しかしそれにしては、二人の間には既に何やら剣呑な雰囲気が流れているように見える。
今をときめく若者と、人生のピークを終えた中年とが友好的な関係を築く事は難しい。
この二人は相当折り合いの悪い関係であるらしい。
「そうはいかねぇよ」
中年の男は変わらぬ調子で続ける。
「役者は揃ったようだ。 まずは、そうだな。 親睦を深めるために自己紹介でもするか? 俺のことはフジマルと呼んでくれ」
「ワシはキース。 国民からは”賢王”とも呼ばれておる」
「お前のことは全員知ってんだよ。 ほら、お前らも…」
「初めまして、僕はルイスと申します。 お名前をお窺いしても?」
フジマルと名乗った中年の男の言葉を遮り、白髪の青年は一歩前へと進み出て自身の名を名乗る。
そしてそれまで一切口を開かなかった、鴇色の髪を風に靡かせるままにしている少女に声を掛けた。
「……マナよ」
少女は静かに、そして端的に自身の名を名乗る。
「マナさん、素敵な名前ですね」
ルイスと名乗った白髪の男は、流れるように口を動かすと、無表情の少女に対して一切熱の籠らない世辞を述べる。
「そう。 ありがと」
その世辞を一蹴するように、少女はなおも無表情のまま形式だけの礼を述べた。
「しかし、二人いっぺんに来てしまうとはのう……。 客人が二人来ることは知っておったが、どうしたものか……」
「いや問題無い。 寧ろ好都合だ」
キースは元々、客人二人と別々に謁見の機会を設けるつもりでいた。そのため、少女を含めた四人が一同に会するこの状況は想定していなかった。
しかしキースの他に、動揺を見せる者は居ない。
期待、困惑、警戒、作為。
期ぜずして集まった四人は、それぞれがこの会合に対し秘めた思惑を抱いていた。
「……とりあえず自己紹介も済んだな。 それじゃあ、話し合おうぜ」
意を決したように、フジマルが本題を切り出す。
「話し合う? ここに居る面々でかの? 議題は何じゃ?」
フジマルは提案するが、キースは困惑するばかりである。
「もしかしてワシに関係無い話かの? 何か重大な話し合いをするのであれば、ワシは席を外すが……」
「そんな訳ねぇだろ。 関係大アリだ」
「そうよキース、あなたにも聞いて欲しいわ。 だから、もうしばらくここに居て」
訳がわからず席を外そうとするこの国の主を、フジマルと少女が呼び止める。
しかし、呼び止められはしたものの、キースは依然この状況を一切飲み込めていない。そこで、仕方なく車椅子に座り直したキースは、とりあえず話の成り行きを静観することに決める。
そんな賢王の様子を見て、中年の男は笑みによって頬の十字傷を歪め、切り出す。
「話ってのは、これから起こる”星の祭典”についてだ」
「……ほう」
フジマルの言葉を聞き、なるほど、と言った様子でキースは頷く。
「お前、もうすぐ死ぬんだろ? だから事前に打ち合わせしとこうって話だ」
「あなた、さっきから失礼ですよ。 もう少し言葉を選べないんですか?」
「なんだお前? 俺とはもう話さねぇんじゃなかったのか?」
フジマルの言葉遣いが失礼であると言って、ルイスが咎める。
「綺麗事言ったって仕方ねぇだろ。 人間、死ぬときは死ぬもんだ。 それがわかってるから先に話し合いをしようって言ってんだよ」
「それはそうですが……。 せめて言葉遣いにはもう少し気を払って下さい。 互いに尊重し合う関係がなければ、そもそも話し合いなんてものが成立しないんですから」
「……ほう、確かにそうだな。 良い事言うじゃねぇか」
ルイスの言葉を聞き、フジマルは口元を歪める。
対するルイスは先程までの微笑みの表情を消している。あくまで真剣な話し合いの場として、ここを訪れている。
ルイスにしてみれば、異端分子であるフジマルが大人しくなればそれで良かったのである。
「話を続けるぜ。 キース。 お前あとどれだけ残ってる?」
ルイスの手前若干言葉を濁しているが、この質問がキースの余命を尋ねている事を、その場に居合わせた全員が理解していた。
「……七日間よ」
「七日、か……」
フジマルの問いに答えたのは少女であった。
真剣な表情で手を強く握りしめる少女に対し、フジマルはあっさりとした様子で頷くと、話を進める。
「思ったより時間がねぇな。 それじゃあサクサク決めていこうか」
フジマルはこともなげに告げる。
「この星の命運と……」
三人はそれぞれに思惑を抱きながら、ただフジマルの言葉を待つ。
「”特異点”の男、”流星”の処遇について」
会合の七日後、賢王は静かに息を引き取った。
美しい少女の涙だけが、彼の死を弔う供物として捧げられた。
”賢王”は、若き日にはこの星に並ぶ者なしと恐れられた存在であった。
そんな彼の生涯とは対照的にその最期は慎ましく、穏やかなものであったという。
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