プロクラトル

たくち

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砂の世界

王女の役目

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「ではシン様、もうしばらくお待ちください、父上に捕まってしまいますが少し辛抱をお願いします」

 王都に到着し、リリアナからこの後は少しばかり、時間がかかると聞いている。
 戦後の処理に、兵士達への勲章授与が行われる為だ。

 シンはこの国の兵士ではないし、雇われた傭兵でもない。
 その為そういった式典などには無縁の存在だ。

 式典が終わるまでは国王やリリアナも業務に追われる為、シンを処刑する話に持っていくまで時間がかかる。

「やっぱり気に入らないわね」

 これからの流れを知っているユナは、どうもシンの処刑されかかる事が気に食わないようだ。
 一応納得はしている貰っている為、邪魔しようなどどは考えていないが、気に入らないのは変わらないようだ。

「まあ、悪い様にはされないだろ、だけど本当にこの作戦でいいのか?」

「わからないわ、やっぱりシンも気に入らないの?」

 気に入らない訳ではないが、正直牢屋などでまともな扱いはされないだろうし我慢するしかない。
 これもこの世界を完全にノアの支配下にする為だ。

*******

「ふぅ、やはり大勢の人の前に出るのは慣れませんわ」

 戦後処理を終わらせ、式典が終了するとリリアナは息を吐く。
 相変わらず人前に出るのは少し苦手だが、滞りなく式を終わらせた。

「リリアナ、これから証の場所を教えよう、着いてきなさい」

 国王はリリアナを連れ歩き出す、ミアリスの指輪の片割れは代々国王となる者のみに伝えられている。
 その場所を知っている事がラピス王国国王の証でもあった。

「こんなところに、あったのですね」

 連れられた先は国王の執務室。 リリアナも何度も訪れた場所である。
 その執務室にあるミアリスの絵画の裏、王族の血筋にのみ反応する窪みへと手をかざし地下への通路が出現する。

「王族以外があの絵画を退かしても魔術により窪みは隠される。 その為、あの場所に気付く者はいない」

 例え王族以外の者があの窪みの所に手を当ててもそこには壁の感触があるだけだ。

「ここだ、ここに血を流してみろ」

 指し示された場所にあるのはミアリスの彫刻だ。
 その彫刻が両手で持つ大きめの聖杯。
 指示通りリリアナは指を傍らに置かれたナイフで指を切り血を流す。

「いたっ」

 痛みに慣れていないリリアナは、つい言葉を発してしまう。
 だが上手く血を流す事が出来なかった。 自らを傷付ける事に抵抗があり上手に切れなかったのだ。

「無理をするな、儂がやるか?」

 娘に傷が付くのが嫌だった国王が変わろうとするがリリアナは譲らない。
 シンへ渡す証は、リリアナが自ら手に入れたいのだ。

 意を決してリリアナは指を切る、切られた指からは聖杯に一滴の血を流した。
 すると聖杯が輝き思わず目を覆い隠すが、光が治るとそこには黄金色に輝く一つの歪な指輪が出現していた。

「これが、ミアリスの指輪ですのね」

 手に取り確認する。
 すると指輪はリリアナの指の大きさに合わせるようにそのサイズを調整した。

「指輪は持ち主に合わせて大きさを変える、今はリリアナに合わせているが持ち主が変わればまた大きさを変える」

 自分の指の大きさに合わされ戸惑ったリリアナだが、国王の話を聞き安心する。
 それならばシンに渡しても問題はない。

「では戻ろうか、これからの話もしなくてはならないからな」

「わたくしも父上に話さなくてはならない事があります。 出来ればここでお話してもよろしいですか? あまり他に聞かれたくないのです」

「何だ?」

 ここが勝負所だ、リリアナは覚悟し話し始める。
 自分を育ててくれた親を陥れなくてはならないが、今のリリアナにとって大切なのはノアとシンの役に立つ事だ。 それ以外は重要視していない。

「実は、あの”風帝”ニグル様を殺害した者が、この王国に潜んでおります」

「何だと⁉︎それはどこにいる!」

 戦争前ミアリスから刃向かう者がいる事を教えられていた国王は、つい声を荒げてしまう。
 ニグルが死に、戦争が終わった今国王に出来るのは、その反逆者を始末する事だ。

「はい、シンという名の黒髪の青年です、今は王都の宿屋に潜伏しているはずです」

「そうか、ではすぐに捕らえねば、逃げられる前に神への反逆で処刑をする」

 すぐさまシンの処刑を決断する国王。
 彼はやはり熱心なミアリス信徒なのだ。

「ですが父上、わたくしから聞いたとは誰にも言わないで頂きたいのです。 もしわたくしが話したと知られてしまえば、何をされるかわかりません」

 怯えたように震えた声で、国王に話すリリアナ。
 父親が未だミアリスの熱心な信徒である事を残念だと思っているが、もうこれからの父親の運命はすでに決まっている。
 他の兄妹達にから聞いたと言われては、兄達に父親への反逆をさせられない為、釘を刺しておく。

「脅されているのか?心配するな誰にも言わん、ここからは儂の独断での行動だ」

 身を震わせ怯えたふりをしたリリアナに、国王は騙されてしまう。
 普段は国王という立場上演技を見抜く力はあるのだが、娘への心配する想いから演技を見抜けなかったのだ。

「父上、たっ助けて下さい」

 もう一押しとばかりに国王へ助けを求める。
 そのリリアナの姿に国王は意を決し行動を始める。
 振り返る事も無く娘を救う為、国王は力強く歩き出す。
9その後ろで娘が自らを見下すように、歪んだ笑みを浮かべている事など気付いていない。

*******

「兄上、姉上お話があります」

 国王と別れたリリアナはしばらく時間を空け、第1王子と第1王女のもとへと向かった。

 2人はミアリスへの無礼を働いた罰で、王城の一室に監禁されており、未だその罰は続いている。
 だがそのお陰で今の王子達に国王は接触していない。
 その為こうしてリリアナが訪れても国王にはわからない。

「何だ?リリアナ言ってみなさい」

 リリアナの事をずっと心配していた王子達は、自分から話をしに来たリリアナに優しく問いかける。
 もともとリリアナの為を思って行動していた王子達は、こうして会いに来てくれた事が嬉しいのだ。

「実はわたくしはミアリスに脅されて利用されているのです」

「やはりそうか、前からリリアナが誰かに利用されているのでは無いかと心配していたんだ。今は大丈夫なのか?」

 ノアからリリアナがミアリスに利用されていると聞いている王子達は、その進言通りの事に驚きは無い。
 だが、こうして打ち明けた事が、ミアリスに知られリリアナに何かされるのでは無いかと不安だった。

「心配には及びません。 ノアと言う神をご存知ですか? 白い髪をした女性の姿なのですが」

「知っている! その女性からリリアナが、ミアリスに利用されていると教えて貰ったのだ。 そしてリリアナを救う為の協力もしてもらった!」

「そのノアと言う神にわたくしは救われました。 そしてそのノア様の代行者であるシン様にもです。 今回の戦争でもミアリスが差し向けた皇国の”風帝”ニグル、そしてラーズ王国の幻視槍からわたくしを守って下さったのです」  

 ミアリスに利用されていた事。
 そしてミアリスの手からノアとシンが救ってくれたと言うリリアナ。
 それを聞いた王子達は、リリアナの無事に安堵し愛する妹を救った神と代行者に感謝する。

「そのシンと言う者にも感謝をしなければ、こんな状況でなければ、王城に招きもてなすのだが」

 監禁されている状況に苛立ちを見せる王子達。
 だがリリアナの目的は、シンをもてなす事では無い。

「兄上、ここからが本題なのですが、実は父上はそのシン様を処刑するおつもりなのです」

「何だと! リリアナを救ってくれた御仁に何を考えている!」

 父親である国王に憤慨する王子達。 
国王が他でも無いリリアナに利用されている事を知らない王子達は、ただ怒りを国王へと向けている。

「リリアナ、父上はなぜそのような事を?」

 ここまで話を聞いていただけだった第1王女が、リリアナに問いかける。 父親の行動に理解出来ないのだ。

「ミアリスが今度は父親を利用しているようです。 ノア様とシン様がこの砂の世界の争いをなくした事に怒っているのです。 シン様を処刑し、せっかく講話を結んだ皇国との争いを父親を操り再開させようとしているのです。 利用されていたわたくしですのでわかります。 あの神はわたくし達に、世界の住人に争いをさせ楽しんでいるのです」

「何故、そんな神を父上は信用しているのだ」

 リリアナは、ミアリスと直接接し、利用されていたと思っている王子達はリリアナの言葉を信じる。
 そしてリリアナを救う為、ノアが協力してくれた事も王子達は知っている為、もうミアリスの事を敵視し、ノアを信用している。

「シン様の処刑はすぐに行われるでしょう。 ですがわたくしは救って頂いた方が処刑されるなど見過ごせません。 兄上、姉上、お力をお貸し下さい」

「ああ、もちろん協力するさ。 その者はリリアナの恩人だ。 王族として間違った父上の判断を、許す訳にはいかない」

 こうしてリリアナは王子達の協力を得た。
 処刑の日に共に父親である国王からシンを救う為、その日の行動を話し合う。

「ではわたくしは表向き父親に協力するふりをします。 処刑の日まで兄上達とお会いするのは危険かと思います。 処刑の日、またお会いしましょう」

「ああ、王国軍が処刑を執行するはずだ。 監禁された身だが、出来る限り隠密に王国軍と接触し、こちらの味方を増やしておく」

処刑まであと数日。
 その日までにリリアナのするべきはノアとシンの功績を国王に知られず、王都の者達に教える事だ。
 そうする事で国王の判断に反論する味方を増やし、国王を確実に葬る事が出来るようにするのだ。
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