プロクラトル

たくち

文字の大きさ
上 下
45 / 174
砂の世界

魔王という存在

しおりを挟む
 処刑台へと歩み寄るシンの姿に、王都の民達は様々な声をかけていた。
 その中には、やはり神への反逆を咎める罵声が多くを占めていた。

「気に入らないわね」

 観客席の一角へと佇んでいたユナは本音を呟く。
 この後シンが処刑されない事は分かってはいるが、やはり好きな人が罵られるのを黙ってはいられない。

「ユナ、シン君助ける?」

 隣に座っている副長のナナも、同じ気持ちのようだ。
 彼女を見るとすでにいつでも戦闘が出来る状態であると確認出来る。

 ”国滅”と呼ばれる彼女なら、易々とここにいる者達を殲滅する事が出来るだろう。
 生き残る事が出来るのはほとんどいないだろうが、この処刑はリリアナの計画の1つである。

 不測の事態が起こったのならば、ナナを止めないが、今はまだ予定通りだ。
 ユナはナナを制止し、見守るように言い聞かせる。

 赤姫の中でナナに言う事を聞かせられるのは、ユナとクレアぐらいである。
 そのクレアも怒りから、いつも以上に厳しい顔つきをしている。

「団長。 許可を下されば、いつでもこの民衆を抹殺します」

 冗談でなく、許可したら実際にここに集まった人達は、赤姫の団員達に全滅させられる。
 彼女達もシンの活躍を知っているし、ユナの気持ちにも気付いている。
 いつでも王国との戦闘も辞さない構えで、ここに集合していた。

「静かに、始まるわ」

 団員達を制止する為ユナは処刑の開始を知らせた。 処刑台へと登ったシンを拘束し、執行人達が話し始める。

「これより処刑を開始する! 神への反逆! その罪は決して許される事では無い! 反逆者よ、何か言う事はあるか?」

 これがシンの最後の言葉となるだろう。 そう執行人達は言っているのだ。

「神への反逆ってなんだ?」

 だがシンは落ち着き、己が犯したという罪を確認した。

「この砂の世界の神であるミアリス様の代行者であられる”風帝”ニグル様の殺害。 それが貴様の罪である!」

「ニグルはミリス皇国軍にいた。 皇国軍ってのは、このラピス王国の敵じゃないのか? 王国軍の兵士達はニグルによって、たくさん殺されているぞ」

 シンの発言にどよめきが起こる。
 当然だ。 民衆は神への反逆と知らされていたが、ニグルの殺害は聞かされていない。
 国王は、民への布告の内容は神への反逆としかしてなかったのだ。
 すぐに広める必要があったので、あまり長い説明をしなかったのだ。

「それがどうして反逆になる。 皇国と戦ったのはこの王国もだろ? ならその王国も反逆者じゃないのか?」

「そのような戯言を許すな!」

 さらに発言したシンを制止するように、国王が声を上げる。
 観客席からのどよめきに気付き、慌てて言葉を発したのだ。

「なら何が反逆なんだ?」

 だがシンは止まらない。 執行人が殴りつけるがそれでも話し続ける。

「ニグルを殺すのが反逆なら、そのニグルのいた皇国軍と争っていた王国軍も神への反逆者だな。 この国の国王は、何故ニグルの味方をする?」

 シンの発言により、処刑場は静まり返っていた。
 ここに来た人達は皆考え始めたのだ。 シンの発言の意味を。

「国王、ミアリスは呼ばんのか?」

 静かになった処刑場の中央、シンの側へと降り立ったのは、1人の銀髪の女性だ。
 静まっていた処刑場は、女性が現れた事でまたもどよめきが起こる。

「ほれ、早く呼ばんか。 それとも今すぐ妾に滅ぼされたいのか? その神とやらに、直接答えを聞いたらどうだ?」

「貴様! 何をしている!」

 姿を現した魔王に、国王は問う。
 彼としては味方と思っていた魔王の行動が、理解出来ないのだ。

「妾は魔王であるぞ! その魔王である妾の事を何故、たかだか1人の人間に話さねばならんのだ。 さっさとミアリスを呼べと言っておろう」

 魔王が処刑場を支配する。
 魔王から発せられた魔気により、人間に恐怖を刻み込む。 そして魔王の発言の意味を理解した。

「ミアリス様は、我らをお救いにならないのか?」

 誰かがポツリと呟いた。
 そしてそれは広がり処刑場が、この恐怖から人々を守らない神への不信感に募られる。

「静まれ! これよりミアリス様をお呼びする!」

 国王が観客を落ち着かせる為声を出す。 そして神への祈りを捧げた。

「ミアリス様、どうか我らをおたすけ下さい」

 処刑場はまたもや静まり返る。 国王に続き王都の民達は祈りを捧げた。
 ミアリスが魔王からここにいる者達を救ってくれると信じて。



 しかし、祈りは届かない。

「何故だ! 何故ミアリス様はお出でなされない!」

 変わらぬ静寂に耐えきれなかった男が叫んでしまう。
 その叫びは、ミアリスへの不信感をさらに呼び寄せるのには十分だった。
 次々とミアリスが来ない事に苛立つ民衆達。 その光景を、魔王は呆れたように見続けていた。

「ふむ。 国王、ミアリスが来ないぞ?」

 魔王の言葉に、国王は反論出来なかった。
 信じていた神が、魔王という脅威から守ってくれない事が受け入れられないのだ。

「父上、申し訳ありません」

「なっ何をする! リリアナ!」

 この状況を動かしたのはリリアナだった。
 彼女は父親である国王を、側にいた兵士に命令し捕らえさせた。
 抵抗する国王を抑え込むように、第1王子達も国王を囲み込んだ。

「どういう事だ! お前達何をする!」

「父上残念です。 もうおわかりでしょう。 あなたの信じる神は、この王国の民を救わないのです」

 国王に向け第1王子が話しかける。 だが国王は、まだ事態の把握が出来なかった。

「お前達儂を離せ!」

 兵士達、そして重鎮達に命令するが、誰も国王の言う事を聞かなかった。

「シン様を解放しなさい!」

 リリアナが声を張り叫ぶ。
 その声に反応したのは、茶色い髪を短く切り揃えた1人の兵士だった。

「シン、無事か?」

 リリアナの声に動き出したエルリックは、シンの拘束を破壊し助け出す。 それを確認したリリアナはさらに声を張り叫ぶ。

「皆様、お聞き下さい。 ここにいるシン様はこの王国の救世主です。 共和国との同盟は、シン様の功績による物です。 そして先の戦争、ここで皇国の最大の戦力であった”風帝”ニグルを討ち取ったのもシン様でございます! シン様はノア様と言う神の代行者でございます。 ノア様をご存知の方はほとんどおられないでしょうが、わたくしは知っています。 ミアリスに利用され操られていたわたくしを、ノア様は救って下さいました! そしてミアリスは、この世界を混乱へと陥れようとしといたのです!」

「そんなはずばない! リリアナ! 何を言っている! お前はあのシンと言う男に利用されているだけだ! 皆も考えるのだ。 ミアリス様のご慈悲で、この世界は成り立っているのだ!」

 国王の発言に民衆も再度シンに疑いを持つ。 リリアナは国民にとって大切な存在だ。
 そのリリアナを利用していると国王が言っているのだ。 否定出来ない。
 リリアナ達に傾きかけた民衆の心は、また国王へと向かう。 それだけ国王の信頼は厚かった。

 だが、国王を無視しリリアナは続ける。
 今からリリアナが話すのは、この砂の世界の行方を左右する言葉だ。 リリアナはその大きさを理解している。

「皆様はご存知ありませんか? 産まれたばかりの赤子が、突如として行方がわからなくなるのを! それはミアリスの仕業だったのです! 王都からすぐ近くに滅びた村があります! その村は人体実験を行っていたのです。 連れ去られた赤子は、その人体実験場でミアリスの主導の下非道な研究の材料にされていたのです!」

 またも民衆から声があがる。
 その声は悲痛に満ちており、かつて自身の子供が連れ去られた人達のものだろう。

「それだけではありません! わたくしを利用し、王族内での諍いを起こす事で、王国の混乱を引き起こそうとしていたのです! ミアリスは他国と争いの続くこの世界に何かしましたか? ミアリスにとってわたくし達は、ただの暇潰しの道具としか思っていません! 他国との友好を拒み争いをさせ、その様子を楽しんでいたのです!」

 これはリリアナの捏造だ。 だがミアリスのいない今、否定出来る者はいない。

「ですがその現状を嘆いたノア様は、わたくしをミアリスから救い、そしてシン様はミアリスの代行者として悪事を働いていたニグルを倒し、この世界に平和をもたらして頂きました! ニグルを失った皇国はすぐさま他国との不可侵条約を結び、友好関係を築こうとしているのがその証拠です!」

「リリアナの話は本当だ! 私達からも同じ事を言わせてもらう!」

 リリアナの言葉に第1王子達も続く。
 彼らはリリアナの為に、ノアとシンがしてくれた事を知っているのでリリアナの言葉に賛同する。
 国王を除く他の王族が、リリアナに賛同したのを受けて民衆もリリアナの言葉に信憑性がある事がわかり、もう罵声は発せられていなかった。

「シン様! 我らを魔王の手からお救い下さい!」

「へ?」

 いきなり話を振られたシンは、現状の理解出来ていなかった。
 この流れは完全にリリアナのアドリブだ。 わかるはずがない。

「魔王を撃ち倒し、我らをお救い下さい!」

 何故ティナと戦わなくてはならないのか、シンにはやはり理解出来ない。
 しかも相手は魔王だ。 勝てる訳がない。

「妾は悪者か?」

 それは魔王であるティナも同じだった。 苦笑いを浮かべシンにどうしようかと、目線で訴えてくる。

「シン、腕輪だ」

 そんなシンと魔王が繋がっている事を知らないエルリックは、シンに腕輪と黒の長衣を渡す。
 彼は、魔王に太刀打ち出来ないとわかり、シンに託したのだ。

「私もやるわ!」

 そして魔王と聞いてじっとしてられなかった者がいた。
 ユナ達赤姫も処刑台へと降りてきた。 これはもう引き返そうにない雰囲気だ。

「魔王様、後で落ち合う事にしよう。 ここはわざと劣勢になって退いてくれ」

「仕方ない。 妾は演技が上手い、任せておけ」

 漆黒の大鎌を出し、魔王ティナに向きあうシン。
 その隣にユナとナナ、そしてクレア達赤姫が並んだ。

「ほう? その刀は”契”か?」

「そうよ!」

 真紅の刀を持つユナにティナは問いかけた、懐かしそうな顔を浮かべている。

「これは手を抜いてはいられんかな?」

 それが開戦の合図となった。

「ナナ! サポートお願い!」

 先手はユナだった。
 魔王の下へ一瞬で移動し、真紅の刀を一閃する。

「なかなか鋭いの」

 高速の斬撃は魔王の指に止められていた。
 ユナの高速の斬撃は魔王に傷1つ付けられなかったのだ。
 ユナの一撃必殺の一振りは魔王の親指と人差し指に挟まれ、真紅の刀は動きを止めていた。

「うそ⁉︎」

 だが予測の出来なかった事態にも、ユナ達は止まらない。
 背後に回り込んだナナの大剣が、魔王に襲いかかる。
 その小さな体からは想像出来ない豪快な一撃は、魔王の頭を撃ち抜いた。

「貴様もなかなか面白いの」

 それでも、魔王には効かなかった。 唸りを上げて振られた大剣は、魔王の頭部に直撃した。
 ゴッ!と轟音を上げ激突した大剣は、魔王の頭部の皮すら割く事は出来ず、衝撃で折れ消えていった。

 後に続くクレアの大斧での一撃は魔王の腕に弾かれ、アニーの槍による暴力的な攻撃も、後方支援の魔術でも魔王の体は傷1つ付かなかった。
 それに魔王は、まだ一歩も動いていなかった。

 絶望的な状況だった。
 砂の世界最強と呼ばれる赤姫達の総攻撃は、魔王を動かす事すら出来ない。
 圧倒的に戦場を支配した赤姫達の攻撃が通じない事に、その力を知る王国軍の兵士達も言葉を無くす。

 魔王という存在に恐怖し絶望する。
 だが逃げ出したくても魔王から放たれる魔気に委縮し、体が動く事を拒否している。

 魔王からは逃れられない。
 その事を本能で察し、行動を止めているのだ。

 だがその絶望的な状況でもわずかな可能性を信じていた。
 そう、砂の世界をミアリスから救い出した救世主がそこにいたのだ。
 誰もが黒髪の青年を見つめ祈る。 今度こそ本当に信仰する神の代行者が、この窮地を救ってくれると。

「どうすんの? これ」

 赤姫達を圧倒する魔王ティナに、シンは戸惑っていた。
 ユナやナナの強さを知っている為、魔王の力に戸惑いを浮かべている。

 これだけ力の差があると、勝てるとは思えなかった。
 シンも序列3位とはいえ、ユナと実力はそう変わらないと思っている。

 絶無の大鎌の能力を使っては、赤姫達を巻き込む可能性があるし、ティナを消滅させたくない。 消滅するのかはわからないが。

 どうしたもんかと考えているとティナの声が耳に入った。

「ああっ! 良い、良いぞ! こんな大衆の面前で嬲られるなど! だが妾は屈しない! まだまだ折れんぞぉ!」

 ティナは赤姫達の猛攻に、恍惚の表情を浮かべていた。
 攻撃は全くの無意味ではないのだろう。 痛みが無いのならあんな顔は出来ないはずだ。
 わざと痛みを受けている可能性もあるが。

 傷1つ付かない上に、痛みが快感に感じられるなどと耐久力の異常に高いこの魔王を倒す事など出来るのだろうか? シンには全くと言っていいほど、勝利するイメージが湧かなかった。

「ユナ達は下がってろ!」

 ユナ達を下がらせ魔王へと接近するシン。 大鎌で攻撃をしながらティナと話をするつもりだ。

「なんだ? 今度はシンが妾を痛め付けると言うのか! それでも妾は屈しないぞぉ!」

 さらなる痛みへの期待を浮かべるティナを無視し、シンは話をする。

「ティナ、わざと負けてくれなきゃ永遠に終わんねぇぞ」

「えっ永遠だと⁉︎ おのれ貴様! 妾に永遠の苦痛を与えるというのか!」

「そういう意味じゃない! 魔王様、ノアを呼ぶにはまずこの処刑からの騒動が終わんないんだ。 ちょっと蹴り上げるから、やられはフリして逃げ出してくれ」

「けっ蹴り上げるのか⁉︎ ならば妾の尻を! 尻を思いっきり頼む!」

 大鎌での攻撃を囮に、背後に回り込み望み通りに蹴り上げる。
 すると先ほどまで僅かな動きすらしなかったティナは、勢いよく吹き飛んでいく。
 やはり、先ほどまでわざとダメージを受けていたらしい。

 空中で翼を広げ制止するティナ、すると処刑場を見下ろし声を上げる。

「おっおのれシン! 覚えていろ、妾にこの様な屈辱を味あわせおって! 許さんぞ!」

 恍惚を顔に浮かべ叫ぶティナ、演技が上手いとはなんだったのか。
 悔しがる素振りなど見せず。明らかに喜んでいる。
 これでは、リリアナのアドリブも無意味になってしまう。

 だが、魔王の魔気を受けていた多くの人達にはわからなかったらしい。
 飛び去るティナの姿に窮地を脱した事を理解し、歓声を上げる。

 ミアリスに見捨てられ、恐怖の権化である魔王による襲撃に悲観していた者達は、その魔王を追い払い王国の危機を救ったシン。 そしてその神であるノアに感謝をする。

 救国の英雄の誕生に、その歓声はとどまる事を知らなかった。

「なんか、釈然としないな」
しおりを挟む

処理中です...