プロクラトル

たくち

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森の世界

シーナの敵

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「今の所は特筆する奴は居ないのか?」

 シーナの体調も5日ほど経った所で万全と言って良いほどに回復していた。
 まだ二次予選まで時間があるが、そろそろ復帰の為に体を少しつづつ動かし始めていた。

 シーナの訓練に付き合い終えたシンとユナは宿屋にて偵察に出ていたリリアナ達に報告を受けている。

「ああ、僕が見た所はシーナさんの知り合いのメリィさんが抜きん出ているね」

 メリィについてはティナの忠告もありシンは警戒していた。
 出来たら一次予選で落ちて貰えれば良かったのだが、そう上手くはいかないらしい。

「彼女の吹き出す炎は厄介ですね、素人のわたくしでもわかります」

 メリィは獄炎鳥の能力である炎の息で予選での戦闘を軽々と勝ち抜いたようだ。
 吹き出した炎は意思を持つように敵を追尾しながら襲いかかって来るそうだ。
 戦闘に関してさっぱりなリリアナもその脅威に警戒を露わにする。

「第5組の予選では力比べでした。戦闘力はわかりかねますが、この組の候補者には特筆する事はなかったと思います」

 エルリックの見た印象でも実力は拮抗しており、特に抜き出た者もいなかったようだ。

「次の第6組は全員で見るか、シーナも治ったしな」

 **

「また、乱闘か」

「シン様、言い方がよろしくないのでは?」

「じゃあ、他に何かあるのか?」

 第6組の一次予選は第1組と同じく候補者全員参加の戦闘だった。
 候補者達を見たユナとエルリックからはこの中にメリィほどの強者の存在が居ないと先に言われていた。

「面白い能力の奴が居るといいな」

 ユナとエルリックという2人から特筆する事は無いと言われているシンは完全に観戦を楽しむ事にしていた。
 この森の世界の住人は混ざっていた魔獣との連携や能力の使い方など見ていて驚かされる事も多い。
 戦闘に向いた肉食系の魔獣は少ないが時には植物などの能力を駆使する者もおり、見ている側としたらなかなか面白いのだ。

「始まるな」

 試合を取り仕切る審判が現れ開始の合図を告げた。

「あれは、地面を掘ってるのか?」

 開始直後に1人の候補者が地面の中にスルスルと潜り込んだように見えた。

「違うわ、あれは影抜っていう魔獣の能力よ。砂の世界に生息してる」

 シンの呟きにユナが答えた。
 影抜は砂の世界でウェンズ共和国の領地に生息する頭に1本の長い角を持った四足獣である。
 その能力は影の中に自由に入り込み、外敵の影から飛び出しその長い角で敵を貫く魔獣である。

 シンが地面に潜ったように見えたのはその影抜の能力で影の中に入り込んだからだ。

「ほら、あそこの人が狙われたわ」

 影に隠れた候補者の狙いをユナは正確に読み切る。
 ユナが指差した先にいた男は後ろから現れた影抜の候補者に対応出来ず場外まで蹴り飛ばされた。

「なんでわかったんだ?」

 ユナが正確に動きを見切った事をシンは疑問に感じた。
 影の移動をどうやって捉えたのか不思議に思ったのだ。

「もう1回やるみたいね、見てて」

 再度影抜の能力で影の中に入る。
 だがそこからどう動くのかわからない。

「今の影抜の奴の視線見てた?」

「ああ、眼球だけを右に動かしてたな」

 影抜の男の全身をくまなく注視していたシンは男の瞳の動きにも気付いていた。

「なら話は早いわ。あの影抜見つめた先にある影しか移動出来ないの。だから次に狙われたのはあの女ね」

 影抜の男の見ていた先には女性の候補者がいる。
 するとユナの言う通りにその女性の影から影抜の男は襲いかかり女性をまた場外に飛ばす。

「殺しちゃいけないのが幸いしたわね。普通、やられた2人は確実に死んでるわ」

 影抜にやられた候補者は反応すら出来ていない。
 これが実戦なら武器により確実に致命傷を受けている。

「なかなか面白い能力だな。でもそれがわかるなら幾らでも対処出来るな」

「影抜はいつも物陰に隠れているからね、こういう戦いには向かないわ」

 ユナがそう言うと影抜の男は2人の候補者に追い詰められていた。
 先ほどまでの行動を見られていたのだろう。
 影に隠れても2人の候補者は互いに死角を埋め、影からの急襲を防いでいた。

「もう1人来たな」

 そこにさらに別の候補者が参戦し、影抜きの男は狙い撃ちされた。

「もうすぐ終了だな」

 一次予選では残るのは10名だ。
 今闘技場に残っているのは14名、もうすぐ突破者が決まる。

「変なのが、いる」

 戦いが終わりに近付くとナナが小さく指をさしシン達に言う。
 その指の先には特にこれといった特徴のない男がいる。

「何が変なんだ?」

 シンの見た所によれば特に違和感はない。
 むしろ良くここまで残れているのか不思議なくらいだ。

「誰にも、狙われない」

 ナナの言葉に耳を疑った。
 確かに乱戦ならたまたま狙われない者はいるかもしれないが、ここまでほとんどの候補者は戦いに参加している。
 目に付く者を攻撃していく者や、狙いを定め隙を狙う者などその戦い方は様々だ。

 そんな中で誰にも戦わない事など不可能なはずだ。

「本当だな、彼は何故か狙われない。先ほどから全くと言って良いほどに動いていないぞ」

 ナナが話をしてから男に注目していたエルリックはその異常性に気が付いた。
 エルリックと同じくその男を注目していた他の面々もその事に気が付いた。

「何でだ?何で誰もあいつを狙わない」

 結局その男は1度も戦う事なく予選の通過を決めた。

「他の候補者も何か気付いたみたいだな」

 戦闘が終わると先ほどまでのあの男が狙われていなかったのが嘘のように、他の候補者達が立ったままの男に目を向けた。
 その顔は驚きを全員が浮かべている。

「何かの、能力だろうな」

 考えられるのはそれしかない。
 だが存在を認識されない能力など聞いた事がない。

「出来れば当たりたくない相手です」

 不気味としか言いようがない男にシン達は背筋が冷たくなるのを感じる。
 何か大切な事に気が付いていない気がするのだ。

 特徴が特に見当たらない事もシン達が嫌な予感がするのだ。
 特徴がなければ対策も打ちようがない。

「次の二次予選で見極めるしかないですわね。ここであの存在を知れた事は好材料と捉えるしかありません」

 リリアナの言葉は全員が感じていた事だった。
 何も知らないであの男と戦うよりはマシと言う事だ。

「ナナはよく気付いたな」

 真っ先にあの男に気付いたのはナナだ。
 彼女が居なければその存在に気付く事はなかっただろう。

「全体の把握は、得意」

 ナナはその戦闘スタイルから対多数の戦いを得意としている。
 その為、広い範囲の状況を把握する事は必須の力だった。

「ナナが鍵になる可能性が高いな」

 仮にあの男と戦闘になった場合、今回の他の候補者達のようにシン達はその存在に気付かない可能性が高い。
 その事から唯一存在を認識していたナナが鍵になると判断したのだ。

「うん、任せて」

 本人もそれをわかっているので珍しくやる気を出しているように見える。
 ナナの無表情な顔からも何となくだが、その考えを読み取られるようになっていた。

 **

 最後の1組もシン達は偵察に来ていたがここでは別段注意する必要のある人物はいなかった。

「警戒するのは第1組のロイズって奴と第4組のメリィさん、それに第6組のあの気味の悪い男だな」

 予選の結果からシン達は強敵となりそうな候補者を絞り込んだ。
 二次予選では誰と当たるかはわからないが出来る事なら他の組になりたい所だ。

「また、責任者達に変な事をされなければ良いのですが」

 シーナの考えているのは明らかに自分だけが困難な課題を課せられた事だった。
 強敵となり得る候補者の他にシーナには敵が多過ぎるのだ。

「心配しなくて良いわ、私が全部叩っ斬ってやるわよ!」

 そんなシーナにユナは頼もしい言葉をかける。
 だがこの獣王選定で殺害は禁止だ。

「本当に殺す必要はないからな」

「そのぐらいはわかってるわよ」

 ユナはそう言っているがこの殺害禁止はシンとユナ、ナナがその力の強さゆえに1番破りそうな事だ。
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