プロクラトル

たくち

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空の世界

空の世界

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 山の神であったサリスが強制的に同行する事になったシン達であるが、考えようによってはメリットも少なからず存在する。

 この世のものを無に帰す力を持つノアと違い、サリスは無から何かを生み出す事を得意とする。
 世界樹の頂上での戦いでは、ノアにより無に帰された一帯がサリスにより巨木と土砂に溢れた場所へと変貌させた。

 あの時の戦いでは、得意な木と土砂を生み出していたが他にも色々なものを生み出す事が出来る。
 例えば水などでは多大に貢献する事になるだろう。
 水分補給に家事、様々なところで必要となる水がいつでも入手可能となるのは心強い。

 水の入手に必要な経費は必要なくなる上に魔導具の袋の許容量にも空きが出来る。
 サリスが生み出した木々を薪にする事も出来る、
 サリスの加入は、性格面を除けばなかなかに有意義なものである。

「さあ皆の者、私に続け!」

 必要とされていると思っているサリスは、まるでリーダーになったかのように振る舞う。
 サリスに従った訳ではないが、ノアが創り出した転移魔法陣の上にシン達は乗り込んだ。

「じゃあ、行くよ」

 ノアの合図と共に、転移独特の感覚をシンは感じた。
 はじめは違和感しか感じないものだったが、何度も世界樹の試練で経験した事もあり、随分と慣れた感覚だ。

「いつもと感覚が違う、ボクは何か間違えたのか?」

「えっ? ちょっと、どういう事だ⁉︎」

「これは、エウリ…」

 ノアの戸惑う声に、嫌な予感を感じたシンだが、最後までその言葉を聞く事は叶わなかった。
 ノアによる転移は既に発動され、シン達の姿は森の世界から消え去った。

「まあいい、ティナにサリスもいるんだ。なんとかなるだろう」

 不測の事態にもノアは動じない。
 頂点に立つ自分が、慌ててはならないと自覚しているのだ。
 それに今送り出した仲間達の事は信頼している。
 この程度で負ける事はあり得ない、そう確信しているからこそノアは冷静さを保っているのだ。

 **

 空の世界エアリア、大地のないその世界には幾つかの浮遊島が存在する。
 その浮遊島一つ一つを、人族、魔族、魔獣などあらゆる種族が支配している。

 数ある浮遊島の中で人族が勢力を伸ばしているのは、全体でも3割にも満たない。
 翼を持たない人族にとって、空は身動きの取れない最悪の場所だ。

 それゆえ世界分断後、この空の世界に住む事となった始めの人族は、たった一つの島を拠点としていた。
 原初の人々は度重なる有翼獣達の襲撃にも、知恵を絞り撃退を繰り返していた。

 だが、その一つの島に住むのも限界が訪れた。
 対魔獣用の兵器を開発し、安全な暮らしを手にした人族だが、それゆえ人口は増え続けた。

 次第に居住地と食料の供給が間に合わなくなり始めたのだ。
 そこでようやく人族達はある考えを導き出す。
 視界に映る、もう一つの浮遊島を手に入れようと。

 しかし、その島に辿り着くすべを人族達は持っていなかった。
 眼前に見えるもう一つの楽園を前に人族は悔やむ事しか出来なかった。

 そこで人族は、一か八か神に祈りを捧げる事を始めた。
 翼を持たぬ我らを導けと願う人族達に、空の神となったエウリスはその手を差し伸べた。
 しかし、人族はある条件を提示された。

 その願いに手を貸す代わりに、私の実験を手伝えと。

 その言葉に人族は歓喜した。
 現状を打破する事が可能ならば、実験程度喜んで手伝おうと。

 その瞬間、人族と神は契約を交わす。
 決して破る事の出来ない古の契約だ。

 翌日から、エウリスによる実験は開始された。
 だが、そこで初めて人族は取り返しのつかない事をしたと後悔する。
 エウリスの研究に人族へ対する配慮など欠片もないのだから。

 エウリスが対価として要求したものは、人族そのものである。
 週に一度、2人の人族を実験体として要求する。
 当初の人族の長達は、その要求に応える事を躊躇った。

 しかし、契約は絶対だ。
 要求を受け入れないという選択肢はない。
 泣く泣く、娘を差し出した人族の長だが、その娘は2度とその長のもとに帰る事はない。

 定期的にエウリスへと生贄を捧げる。
 そんな日々が100年以上続いた。
 その間に、始まりの浮遊島は既に限界に達しようとしていた。
 人々はエウリスに怯え、次の生贄が誰になるのか、互いに押し付け合い、争いは絶えなかった。

 そんな時、空の神エウリスから待ち侘びた言葉がかけられる事となる。
 もう、生贄は必要ない。

 古の契約が結ばれた時に生存していた者は1人もいない。
 だが、長い間人族を苦しめていたその契約が破棄された事を人族は理解した。

 何故なのか、人族達はすぐにその理由が理解出来た。
 エウリスと共に現れたのは15名の翼を持った人族だったのだ。

 鳥類や翼竜、様々な翼を持ったその人族達は神からの使い、天使と呼ばれる事となる。
 そこから人族の繁栄は急速に進む事となる。

 眺めるばかりであった新たな浮遊島は、その15名の天使達により解放され、人族は大規模な移住を行った。
 新たなる土地に新たなる食材。
 未知なる浮遊島は瞬く間に成長する。

 15名の天使達は、新たな浮遊島が人族により支配されるようになると空の神エウリスのもとへと舞い戻る。

 新たな土地を手に入れた人族達だが、何百年と経ち、またもや人口増加により供給が間に合わなくなる。
 15名の天使達はもういない。

 新たなる土地を求める人族は、再度空の神エウリスと接触する。
 その時にはもう、空の神エウリスは契約により人族を苦しめた存在ではなく、人族を救った神として崇められていた。

 エウリスからの返答はそっけないものだった。
 もう少し待て、たったそれだけを言ったエウリスだが、人族はその言葉を信じて待つ事になった。

 すると、ある変化が訪れる。
 若い夫婦の間が、翼を持った天使を子として産んだのだ。

 それは、1組だけではなかった。
 その時産まれた天使の子供は、たった数名であった。
 そう、始まりの天使達の遺伝子が人族達に残っていたのだ。

 成長した天使は、己を鍛え魔獣に占拠されていた新たなる浮遊島を人族の土地とする。
 何故、翼を持った人族が産まれるのか、人族にはわからなかった。
 しかし、それから何百人かに1人ほど、翼を持った人族が産まれる事となる。

 そして何より、その翼を持った人族の力は、他の人族よりも強大である事が多かった。
 翼を持った人族達の活躍は、戦闘だけにとどまらない。
 開拓の為、乱雑にはえた木々や巨石をなぎ払う翼を持った人族により、新しく手に入れた浮遊島もすぐに以前までの浮遊島と変わらないほど発展する。

 剣術に槍術、弓術や魔術と翼を持った人族達は幅広くその才能を発揮した。
 その姿はまさしく神の使いと言うのに相応しいものだった。

 天使を生み出した空の神エウリスに人々は感謝し、エウリスは強い信仰を受ける事となる。
 そして、エウリスの研究はそれだけにとどまらなかった。

 各浮遊島を繋ぐ異空間の作成になど、ありとあらゆるものを生み出していく。
 そんなエウリスを知り、他の世界からも多くの研究者達が、エウリスに魅了されその叡智を授かろうと空の世界へ足を運ぶ。

 世界分断以降、空の世界は他の追随を許さないほど発展していく。
 そして、空の神エウリスは、その世界で確固たる地位を築き上げた。

 今の空の世界にエウリスを恨んでいる者は1人もいない。
 誰もがその神が支配する世界に産まれた事を感謝し、その生涯を終える。

 これまでの砂と山、2つの世界とは異なり、完全に世界の全てを掌握したエウリスが、シン達の前へと立ち塞がる。

『あれぇ? 君達は誰なのぉ?』

「ちっ、いきなりお前に見つかるか」

 シン達の脳内に直接響く甘ったるい声に、サリスは苦々しく表情を歪める。
 ノアによる転移は、最悪に近い状況で空の世界へとシン達を送り込んだ。
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