プロクラトル

たくち

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空の世界

空の神

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 ノアによる転移が完了する前、シン達の脳内に響いたのは空の神エウリスの声である。
 突然の介入に咄嗟に身構えようとするが、今は転移の途中である。
 身体を動かす事は出来ない。

「あたしのことぉ、知ってるのぉ?」

「知ってるも何も、世界分断前からの付き合いだぞ」

 エウリスの姿は見えない。
 だが、確実に向こうからシン達の様子は知られている。
 一方的に見られているという事にシン達は危機感を覚えていた。

「でもぉ、あたしはあなたを知らないわぁ」

「ふん、山の神サリスを知らんと言うのか!」

「あなたがサリスぅ? 嘘だぁ、サリちゃんはもっとおデブさんだよぉ」

「デブと言うな! 今はもう違うのだ!」

 自身が肥満体型であった事は認めるが、他者からそう指摘される事を嫌っているのか、サリスは怒りを露わにする。
 確かにエウリスの言う通り、今のサリスを本物だと判断するのは困難だ。

 シン達としたら、怒りを見せるサリスには少し我慢をしてもらいたい。
 こんな事でエウリスを刺激したくないのだ。

「貴様も以前と変わらんようだの、エウリスよ」

「あれぇ、ティナちゃんじゃなぁい。こんな所で何してるのぉ?」

 サリスとエウリスの会話に、古くからの知人であるティナが入り込む。
 ここまでエウリスの声から敵意は感じない。
 上手くいけば、見逃してもらえる可能性がある。
 ここは、魔王の長年の経験に頼るしかない、シンはそう判断する。

「何してると言われてものぅ、そこの黒髪がおるであろう? そやつがノアの代行者なのでな、ちと暇潰しがてらに同行しておる」

「ちょっ何言ってんだよ!」

 あっさりとシンの正体を明かすティナに思わず反応してしまう。
 しかし、ティナも考えなしにこの発言をした訳ではない。
 エウリスには話しても良い、そう判断したから言ったのだ。

「へぇ、その子がぁノアちゃんの新しい代行者なのねぇ」

「新しい?」

 戦闘とまではいかないが、何かしらの攻撃を覚悟したシンだったがエウリスは予想外の反応を示す。
 その返答はシンに対して興味を持ったようなものである。

 しかし、それ以上に一つの単語が気にかかる。
 新しい、そう言ったという事は、以前にシンとは違う代行者がいたという事だ。
 シンはノアからそのような話は聞いた事がない。

「ならぁ、そこの君はぁあたしの証を取りに来たのねぇ?」

 思考を止めるシンを無視してエウリスは会話を続ける。
 他の神の代行者が現れたという事は目的は一つしかない。

「代行者がやる事などそれしかなかろう。 まあ妾はどちらの味方もせんがの」

「ティナちゃんはぁ、そう言うと思ってたよぉ。 ならぁ、サリちゃんがぁ、そこにいるのはぁノアちゃんに負けたからなのねぇ」

「その通りだの、見事な戦いぶりであったぞ」

「ぐぅ」

 敗亡した事を察しられたサリスは悔しそうに言葉を呑む。
 いくら喚こうとその事実が変わらない事を理解しているのだ。

「あたしはぁ、別に証を渡しても構わないんだけどぉ」

 脱線仕掛けていた会話だが、エウリスは突然、重要な事を話し始める。
 証の入手、それはこの空の世界で優先すべき課題である。
 それを何をなしに得られるのならそれに越した事はない。

「残念だけどぉ、あたしが良くてもぉ、ラドちゃんがダメって言いそうなのよねぇ」

「ラドちゃん?」

 これまで聞いた事のない者の名前が出た事で、シンはその者の事を知ろうとする。
 ラドちゃんと呼ばれた者が許しさえすれば、空の証を危険なしに手にする事が出来る。

「ラドちゃんはぁ、あたしの代行者だよぉ。 天帝って呼ばれてるよぉ」

「あいつか」

 淡い期待を裏切られた事にシンは心の中で舌打ちをする。
 空の神エウリスの代行者は、あのラドラス・エルドラスであった。
 ノアに恨みがあるような節があるラドラスでは、証など渡すはずがない。

「まあ、君達はぁあたしのところに来るなんて無理だろうけどねぇ」

「どういう事だ?」

「それはぁ、これからわかりますぅ。 じゃあねぇ」

 突如、シン達は転移が終わる感覚を得る。
 ノアによる転移は、エウリスに介入された事でシン達にとって想定外の地点に送り出される事になった。

「なんだ? ここは」

 転移された先、そこは一面に空が広がる何もない空間であった。
 遠くを見れば、空に浮かぶ島々があるが周辺にはそれがない。
 しかし、問題はそこではない。
 ここは空の世界、そしてシン達は宙に浮く事が出来ないのだ。

「お、おわあぉあああ!」

 急激に込み上げる浮遊感からの急加速にシン達一同は叫ぶ。
 もはやどちらが上で、どちらが下なのかもわからない。
 ただただ落ちる、その時間が始まった。

 エウリスの言っていた事の意味が理解出来る。
 宙へ舞う手段のないシン達では、この空の世界を延々と落下し続ける事しか出来ない。
 運良く、浮遊島に落下してもその衝撃で死に至る。

「まったく、仕方がないのう」

 唯一、翼を持つティナがその漆黒の翼を広げ、落下し続けるシン達を回収していく。
 乱雑に掴まれるが、文句は言えない。

「サリス、お主もシン達を助けんか」

「そうだ、お前がなんで一緒に来たのかわからなくなるだろ。 ノアに言いつけるぞ」

 翼をはためかせるティナと違い、そのままの状態で滑空するサリスにティナは手伝うように言う。
 面倒くさそうにするサリスだが、ノアに告げ口されるのは勘弁であったらしく、すぐにティナと同じく仲間を拾っていく。

「助かったわ」

「ふん、これだから人族は…」

 礼を言われると素直に喜べないサリスだが、表情は明るい。
 邪魔者扱いされていた自分が活躍出来て嬉しいのだろう。

「それより、早くどこかの浮遊島に行くぞ。 空の下に直接いるのは不味い、屋根のある場所を探すんだ」

「なんでだ?」

「貴様、それでも代行者か? 他の神の事を知らんでどうする!」

「そうだね、シンはいろんな事を知らなすぎる」

「すまん」

 純粋に疑問に思っただけのシンだったが、サリスに続いてエルリックにも注意を受ける。
 若干凹んだ気持ちになるシンだが、そうしている訳にはいかない。

「空は全てを見ているもの、全てのものは皆空の下にあり、全てのものは空を見上げる。 この世に何が起きているのか、空は全てを知っているのだ」

 サリスはシンの問いかけに答える。
 サリスは自身がここにいる意味を知っている。
 他の神などの知識に疎いこの面々に、創世から神として生まれ生き抜いたその経験を伝える為だ。

「つまり、空の下にあるもの全てをエウリスは見る事が出来る。 誰よりも物事を知り、誰よりも知識を持ち、誰よりも大きなもの、それが空の神エウリスなのだ」

 世界全てを包み込む空は、エウリスの瞳そのもの。
 誰よりも広い視野を持つ神、それがエウリスである。
 空がある場所全てが視野に入る、エウリスはこの世界で誰よりも多くを知っている。

「なら、俺達はエウリスに見られながら行動しなくちゃならないのか」

 エウリスの能力に、シンは苦笑いを浮かべる。
 常に敵に動きを見られているなど敗北に等しい。
 情報は戦いにおいて何よりも大切なものだ。

「案ずるな、エウリスも万能ではない。 それにその為に私がいるのだ」

 山の神であったサリスは不敵に笑う。
 問題視していたはずの者が、今この時はこの中で誰よりも頼り強く感じられた。
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