プロクラトル

たくち

文字の大きさ
157 / 174
空の世界

サリスの役割

しおりを挟む
「ひとまず、あの浮遊島に行く。 あの浮遊島に人族の気配はないが仕方無かろう」

 当初、転移場所として指定していたのは人族が多く住む空中都市を予定していたのだが、こうなってしまっては仕方ない。

 空の神エウリスによる突然の介入で予定を狂わされたとはいえ、命があるだけマシと言えるだろう。

「何か魔獣みたいなのが飛んでるけど大丈夫か?」

 ティナが目指す浮遊島には、島を囲むように飛び交う魔獣の姿がある。
 それぞれ獲物を探しているのか、時折急加速し島内へと向かっていく。

 中には飛び交う魔獣同士で争っている事もあり、敗れた魔獣は、空中で数多の魔獣達が瞬時に食い千切り、わずかに残った肉や骨が延々と続く空を落下している。

 傍目に見ていてもそこに行くのは危険だと察する事が出来る。
 ティナとサリスは宙に浮く事が出来るとはいえ、身動きの取れない者達は多く、あの数を相手に庇いきるのは難しい。

「心配要らん、妾の魔気で魔獣共は近寄れん」

 ティナが宣言すると背筋が凍え、震え上がるほどの威圧が発せられる。
 味方である、その事すら忘れさせるほどのティナの魔気は一瞬にして空間を支配し、浮遊島を飛び交っていたはずの魔獣達は危機を感じ取り、各々住処に戻って行く。

 魔の頂点に立つ魔王であるティナは、格下の者達をわざわざ相手にする事はない。
 その気配だけで、大抵の存在は畏怖しその場を離れようとする。

 ティナが現れた事で、浮遊島は静寂に包まれる。
 未だ人族が進出していない浮遊島である為、未開の地であるが贅沢は言えない。

 サリスが進言した通り、空から見る事の出来ない洞窟の中に入り込む。
 湿った空気が肌に纏わり付き、ヒヤリと冷たい風が吹き付ける洞窟内に生物の気配はない。

「サリス、さっき言ってたのってどういう事だ?」

 サリスがこの空の世界に同行した理由があると自ら言っていた。
 その事が気がかりなシンはすぐに問いかける。
 空がある限りエウリスの監視下にある現状は好ましくない。
 それを打開出来るのならば、早急に対応したいところだ。

「私の力をもう忘れたのか?」

「力?」

「そうだ、私は生み出す事に長けた神だったのだぞ? この空しかない世界にも私は物質を生み出す事が出来る。 空を飛べないお前達とって私の力は必須だ」

 サリスの力、それはシン達にとって重要なものだ。
 生み出す事に長けているサリスは、空を飛べないシン達にとって問題になる浮遊島からの移動すら大地を生み出す事で可能にする。

「それに私が大地を生み出せば、空からの視界を防ぐ事が出来る。 ちょうどこの洞窟のようにな」

 サリスは補足をするようにシン達の頭上に岩によって作られた屋根を生み出す。
 こちらから空が見えなくなれば、それは必然的にエウリスの視界をふさぐ事となる。
 人の多い場所では使用出来ないが、今回のように無人の浮遊島であれば問題ない。

「私がいる限り、エウリスの監視はある程度潜り抜けられる。 感謝するのだな」

 相変わらず偉そうな態度をするサリスだが、今回ばかりは文句のつけようがない、
 空を飛べないシン達は既にサリスに一度救われている。
 ノアがこれを見越していたのかは不明だが、サリスがいる事でシン達は行動の自由を得られる。

「これからどうするんだい? こんな島じゃ情報は集められない」

 シン達の目的は空の証の入手と獅子の強心の入手だ。
 当初の予定では、空中都市で情報を集め獅子の強心から探し出すはずであったが、この島ではそれは不可能だ。

「移動するしかないよな、でもここはどの辺りになるんだ?」

「この地図にこの島の情報は載ってないねどうやらこれはあまり役に立ちそうにないな」

 念のためと思い森の世界で購入した空の世界の地図だが、残念ながら役には立ちそうにない。
 今現在いる島がどこの島なのかすらわからないのだから地図を見ていても仕方ない。

「何を心配している、私がいるのだ適当に進めばいいではないか」

 旅の経験などないサリスが呆れたような顔をしながら言う。
 シン達からしたらそのサリスに呆れる所なのだが、触れない方がいいと判断し、そのまま話し合いに戻る。

「どのみちここに留まっている訳にもいかないしな。 ティナの生命探知はどこまで範囲を広げられるんだ?」

「ふむ、やってみた事がないからわからんの、少し時間をくれるか?」

「ああ」

 シンが考えたのは、ティナによる生命探知で人族を探し出し、その人族がいる浮遊島への移動である。
 空の世界の人々は、進出した浮遊島一つ一つに移動用の魔導具を設置しているらしい。
 その為、人族がいる所に行けば、他の人族の住む空中都市となった浮遊島への移動も可能だ。

 さすがのエウリスも多数の人族に紛れてしまえば、シン達の特定は難しい、そう判断したのだ。
 それに出来る事ならこの世界にも詳しい者が必要だ。

 サリスやティナも知識は持っているが、それは知識としてのみだ。
 実際に経験している者からすれば、その程度では役に立たない。
 世界情勢などの事も考慮しなくてはならない為、この世界に住む者を1人は味方にしておきたいのだ。

 砂と森、これまでのこの2つの世界では、シンは秘密裏に侵入し、行動してきた。
 しかし、今回は最初からエウリスに存在を知られながら行動しなくてはならない。

 慎重さはこれまで以上に必要である。
 それに、この世界には序列2位”天帝”ラドラス・エルドラスが空の代行者として存在している。

 砂の世界に来ていたラドラスだが、今もそこにいるとは限らない。
 相対してしまえば、戦闘は避けられないだろう。
 前回の戦いの時のようにラドラスには翼がある。
 この世界では、シン達は圧倒的に不利な状況で戦わなくてはならなくなるのだ。

「それと、一つだけ絶対に守ってもらいたい事がある」

「何よ?」

 絶対に守らなくてはならないもの、そう口にしたサリスの表情は真剣だ。
 シン達は固唾をのんで次の言葉を待つ。

「この世界では、絶対に天使には反抗するな」

「天使?」

「ああ、エウリスによって作り出された翼を持った人族の事だ」

「なんでそれに注意しなきゃいけないのよ」

 サリスの言う約束、それを破りそうな者は1番にユナとナナであろう。
 この2人は感情的になりやすく、行動が早い。

「この空の世界では、天使は神の次に尊い存在とされている。 その天使に逆らえば、この世界の住人から敵として認識されてしまう」

 空の世界の発展は、エウリスのみならず天使の力もなくては成り立っていない。
 天使は生まれながらに空の世界の住人から尊敬される存在だ。
 この世界で、天使に逆らうという事は、全ての人族を敵に回す事になる。

「いいな? 絶対に天使には逆らうなよ」

 サリスが言う事で、この言葉には重みが増す。
 自尊心が高いサリスが、ここまで言う事はほとんどない。
 それほど天使という存在に警戒しているのだ。

「わかったわ、特徴は翼を持った人族って事よね?」

「そうだ、なんの生物の翼かはその者によるが、大抵はこの魔王とは違う種類の翼だ。 まあ、魔族の翼はエウリスでも制御出来んと言う事だろうな」

 ティナ以外の魔族と接触した事はないが、魔族の翼は大抵はティナと同じような翼だ。
 羽根や鱗のついていない黒い翼は魔族の証でもある。

「まあ、天使には気をつけろ。 それだけ肝に銘じておけ」

 サリスからの忠告はこれで終わりだ。
 空の世界を旅する事は、シンの想像していた以上に自由度が少ない。
 エウリスからの監視を潜り抜け、天使とは出来るだけ関わらない。
 それが、シン達に課された最低限の条件である。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...