ネオンと再生

ふら

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13. 無機質なルーティン

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山下の夜の乗務は、完全にシステム化されたルーティンと化した。

彼が追い求めるのは、感情的な満足ではなく、数字だけだった。昼間の営業部長時代、彼は会社の売り上げを追っていたが、今は、一時間ごとの「タコグラフ」(運行記録計)に刻まれる自分のメーター収入だけが、彼の評価軸だった。

「効率と無駄のなさ。それが、この仕事で生き残る唯一の方法だ」

山下は、若い教官の佐藤が研修で口酸っぱく言っていた言葉を、忠実に実行していた。彼のタクシーには、無駄な停車、無駄なアイドリング、そして無駄な会話が存在しない。

深夜の都心では、「流し」と、駅やホテルで乗客を待つ「付け待ち」の判断が命運を分ける。山下は、過去の膨大な経験と情報処理能力を、この単純な業務に集中させた。

どこで酔客が集中するか。どの裏道を使えば信号待ちを避けられるか。歓楽街のピークタイムが終わる直前に、どの高級住宅街に「空車」を出すか。

彼の頭の中は、複雑な都市の地図と、過去の乗客のデータ、そして交通情報で満たされていた。かつて数億のプロジェクトを動かした彼の知性は、今、数百円の差を生み出すために使われていた。

深夜二時半、六本木の交差点。山下は、大勢のタクシーが群がる付け待ちの列には並ばなかった。彼は、一歩手前の暗い路地に入り、車を停止させる。

「ここで待つのは効率が悪い」と研修で教えられた場所だが、山下は知っていた。この路地の奥にある会員制のバーから出てくる客は、大通りで空車を拾うことを嫌う、「高単価」な客が多いことを。

五分後、路地の奥から黒服の男が現れ、山下のタクシーに目もくれずに乗り込んできた。「運転手、広尾の奥まで。急いでくれ」

案の定、短距離だがチップをはずむ客だった。

山下は、この小さな勝利に、かすかな満足感を覚えた。それは、誰かに感謝された喜びではなく、自分の予測と判断が正しかったことへの、労働技術者としての充足感だった。

彼のこの完璧なルーティンは、彼の精神的な防御にも繋がっていた。

無駄を排し、常に数字を追いかけることで、彼は自分の過去を考える時間を与えなかった。ローンの残高、妻の冷たい目、娘の無関心。それら「私的なノイズ」は、売り上げという「客観的な事実」の前では、一時的に力を失う。

しかし、その効率化の代償として、彼の仕事はますます孤独で、無機質なものになっていった。

ある日、乗客が山下に尋ねた。「運転手さん、この仕事、楽しいですか?」

山下は、バックミラー越しに自分を見た。彼の顔には、表情がない。

「ええ。私は、効率を追求することが好きなので」

彼はそう答えた。それは嘘ではなかったが、同時に、自分の心の奥底にある「人の温もり」への飢えを、完全に無視するための言葉でもあった。

山下は再び、車を発進させた。今日の目標金額までは、あと数万円。感情はメーターの下に閉じ込め、ひたすら夜の闇の中を、無機質な鉄の箱を走らせる。彼の人生は、誰とも関わらない、一本の直線のように感じられた。
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