ネオンと再生

ふら

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19. 予感

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先の乗客、友人を裏切った女性を降ろした後、山下の心には、激しい自己批判の念が残った。

「誠実に向き合ってみるのも、一つの道ではないでしょうか」

口にした言葉を反芻すると、あまりにも薄っぺらく、他人事のように響いた。彼女は、心の奥底の闇を吐露し、山下はそれを、どこかのビジネス書から引用したかのような「正論」で返してしまったのだ。

山下は、車を会社の駐車場に戻すまでの道中、なぜ自分がもっと温かい言葉をかけられなかったのか、自問し続けた。

かつての営業部長時代であれば、言葉はもっと滑らかだったはずだ。部下の心を開かせ、信頼を勝ち取るための言葉を、いくらでも持ち合わせていた。しかし、今の山下から出てくるのは、人間関係を断ち切るための、防御的な言葉ばかりだった。

原因は、はっきりしていた。人の感情に触れることへの恐怖だ。

彼は、乗客の「罪悪感」や「悲しみ」に触れることで、自分の心の壁が崩され、内部に押し込めていた過去の失敗と、その痛みが噴き出すことを恐れていた。

もし、あの女性に深く共感していたら? もし、自分の過去の経験——信頼の崩壊、裏切り、そして失墜——を重ねて、真剣に言葉を返していたら?

きっと、自分の心が、彼女の感情に引っ張られ、激しく揺さぶられていたに違いない。妻を失い、娘に拒絶された山下は、これ以上、自分の精神を傷つけたくなかった。彼の無関心は、他者への冷淡さではなく、自己防衛の本能だったのだと思う。

駐車場に車を停め、山下は深くため息をついた。朝の光が、東の空をうっすらと染め始めている。一晩中、夜の闇に潜んでいたタクシー会社にも、活動が始まる気配が漂い始めた。

山下は、汚れた制服のまま、誰もいない控え室でコーヒーを淹れた。熱いカップを両手で包み込みながら、彼は自分の孤独を改めて認識した。

「誰とも関わらずに金を稼ぐ」という決意は、彼の目標金額を達成させる上では成功していた。しかし、その代償として、彼は人間としての最も基本的な交流を拒否し、自ら孤立を選んでいた。

彼の再生は、金銭的な安定だけでは不十分なのだ。彼は、人間的な繋がりから逃げ続けている限り、本当の意味で夜の闇から抜け出せないのかもしれない。

山下は、若い女性の悲しい顔と、裏切りを告白した女性の自己嫌悪に満ちた顔を思い浮かべた。

「俺は、本当にこのままでいいのか……」

彼は、自分の「移動装置」としての役割に疑問を抱き始めた。乗客の人生のドラマを傍観するだけでなく、そのドラマに、運転手として、一人の人間として、何かを与えることはできないのだろうか。

しかし、その答えは、すぐには見つからない。山下は、夜の乗務で稼いだ現金を確認した。数字は嘘をつかない。だが、その裏側にある、満たされない空虚感もまた、嘘ではなかった。

山下は、新しいシフトの夜日勤表を眺めた。次の夜、再びハンドルを握るとき、彼はこの孤独な壁を少しでも崩せるのだろうか。彼の新しい闘いは、売り上げではなく、自分自身の心との闘いになることを、山下は微かに感じ始めていた。
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