ネオンと再生

ふら

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20. 休憩

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山下の夜間乗務の休憩時間は、常に決まっていた。午前三時半、都心から少し離れた、ほとんど誰も立ち寄らない幹線道路沿いの、古いコインランドリーと併設された駐車場。

彼は、そこで車を停め、エンジンを切る。周囲には、静寂と、遠くを走る車のエンジン音だけがあった。

山下は、車から降り、コインランドリーの隅にある自動販売機に向かった。彼の定番は、いつも決まって、微糖の缶コーヒーだ。冷たい缶を握りしめると、彼は駐車場の一番端の、薄暗いベンチに腰を下ろした。

この休憩の十数分間だけが、彼の完全に一人きりの時間だった。

かつての山下にとって、休憩とは、次の営業戦略を練る時間、あるいは部下や取引先と情報を交換する時間だった。常に「誰か」と繋がっていた。

しかし、今は違う。彼の休憩は、ただの静止であり、肉体の休息であり、そして、内省の時間だった。

缶コーヒーを開ける音だけが、深夜の静寂を破る。山下は、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、この数ヶ月の自分の転落と、タクシー運転手としての孤独な日々を振り返った。

今朝方、女性客に形式的な返事しかできなかった後悔が、まだ胸の奥でくすぶっている。なぜ、自分はあんなに冷淡になったのか。

彼は、自分の心を深く覗き込んだ。そこにあったのは、冷淡さではなく、「脆い自己」だった。

大企業の看板を失い、家族を失い、財産を失った彼の心は、薄いガラス細工のようになっていた。少しでも他者の強い感情、特に悲しみや罪悪感といったネガティブな感情に触れれば、自分が崩壊してしまう。だからこそ、彼は「移動装置」という仮面を被り、無関心という名の防護服を着込んでいたのだ。

山下は、コーヒーを飲み干すと、空き缶をベンチの横に置いた。夜空を見上げても、星はほとんど見えない。都市の光害が、すべての自然の輝きをかき消している。

彼は、この夜の街が、自分自身を映し出しているように感じた。

表面は煌びやかなネオンに彩られているが、その裏側は深い闇と孤独に満ちている。そして、彼はその闇の中に潜み、誰にも見つからないように、ひたすら金を稼ぎ続けている。

「誰とも関わらずに金を稼ぐ」

その決意は、彼を精神的な破滅から救ってはくれたが、人間的な再生からは遠ざけていた。

山下は、再びハンドルを握るために立ち上がった。時計の針は、午前四時を指している。夜明けまでは、あと二時間。

彼は、車に戻る直前、自分のタクシーを振り返って見た。闇の中にぽつんと佇む黄色い車体。それは、彼が今、この世界と繋がる唯一の接点だ。

エンジンをかける。重く低い音が、深夜の駐車場に響いた。

「次の客は、どんな人生を乗せてくるだろうか」

彼は、無関心でいようと誓いながらも、どこかで、自分の心にひびを入れるような、強烈な出会いを求めている自分に気づいた。それは、彼の「移動装置」としての仮面を剥がし、再び「山下修一」という生身の人間として生きるための、希望だったのかもしれない。

彼は再び夜の闇へと車を滑り込ませた。今日の乗務の「最終目的地」へ向かって。
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