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Ⅱ 魔王国の改革
6節 食改革の下拵え
しおりを挟むさて。宰相の休暇明け直後の会議にて。
「皆さんは、龍脈の流れを操作する事はできるか?」
宰相は幹部達に問い掛ける。少し気になる事があった。
「不可能ではないだろう。しかし、龍脈とは大きな力の流れだ。私や幹部達は勿論、この城の魔術を扱える者達全員を以っても難しい」
「別に龍脈の流れを変えるのではなく、この城を通っている龍脈の上流に、龍脈の溜池のようなものを作りたいのですが」
「うむ………それなら、まだなんとかなるだろう。だが、何故だ?」
「……農業を、するのですよ」
その提案に、皆が息を呑む。そして、期待に目を輝かせ始めた。
最近のエイジは、魔力訓練の賜物で地脈からのエネルギー補給が可能となりつつあり、魔族となったことでそれに磨きがかかった。つまり、食事は不要となってきたのである。
しかし、彼は食事が好きである。食事量はあまり多くないし、栄養調整食品を好んでいる、というより、それだけで済ますことも多いのだが、味には幾らかの拘りがある。今の不味い魔王国飯に満足していない。それに、生物として必須の営みである食事を、元人間としては蔑ろにしたくないのもある。
加えて、魔族の中には魔力の補給を上手くできず、食事を必要とする者も多い。寧ろ、そちらが多数派だ。つまり、個人的に快適な食生活を送るためだけでなく、宰相的に魔王国市民を飢えから救う為にも、食卓の改革は必須、且つ急務なのである。
現在魔王国の抱える問題は、おおよそ二つ。まず、純粋に食材が足りない。種類も、量も。次に、料理という文化が根付いていない。そのまま食べたり、精々加熱したり。そして、その二つには少なくない関連がある。今回の改革でも以って食材の種類が増えれば、作れる料理のレパートリーも増えるというもの。冬を越せる者達も、年毎に増えるだろう。
「ほう! 遂に我が魔王国も農業を!」
「だが、この辺りの環境が農業に向かないことは、今までの経験から分かっている。どうするのだ?」
念願叶いそうで興奮気味のベリアルと、不安げな様子のエリゴス。そんな彼らの前で、エイジは胸を張る。
「よく思い出してください。以前、紙や配管作りのために赴いた南の森を。あそこは自然が豊かですよね? そこで私は気づいたのです。魔力が豊富な土地ならば、植物がよく育つと」
「そうか! 魔王城周辺にも大きな魔力溜まりを作ることで……」
「その上で農業すれば野菜がよく育つ、ってことかぁ。なるほど、さっすがエイジクン! あったまいい!」
レイヴン、そしてノクトの言葉を首肯する。
「そうだ。それに、近くに川を引いただろう? あそこの水を使って灌漑すれば、育つのに水を大量に必要とするものも栽培できる。そして丁度いい事に今は初夏。植物も動物も活発だ。始めるには、いい頃合いなんじゃないかな」
「ふむ。環境は整うか。だが、育てる植物はどこにある」
エリゴスの問いかけに、エイジは不敵に笑む。
「そこいらの森から、食えそうなものを持って来ればいい……そんなわけはないですね。調査報告書を見ましたが、到底足りません。でも、私は保険を用意しておいたのですよ。カモン!」
エイジが指を鳴らすと、会議室外で待機していたシルヴァ及び総務の面々が、何かを抱えて入ってきた。
「休暇中の統括部の者達に、偵察ついでに帝国領で、主食となりうる穀物の麦や米、大豆、トウモロコシにイモ。そして果実と野菜。ついでに、あれば蕎麦や茶葉など、食材を買ってくるように言いつけておきました」
植物の特徴を書いたメモを添えて、送り出したのだった。統括部の面々は、魔力を隠蔽し、魔術で角などを誤魔化し切ることができるなら、見かけはヒトとそこまで変わらない。言語に関しても、魔王国はなんやかんやでジグラド帝国との関わりは多いので、頭の良い者たちは帝国語をある程度話せるのである。また、魔族であると割れたとしても、交渉ができる客であるのなら、商人達は目を瞑るだろう。
また、行く前だけでなく帰ってきた後も、彼の部下達は相場が分からないからと躊躇し不安がっていた。しかし、エイジはその背中を押した。
「多少ぼったくられても構わん。むしろ口止め料みたいなもんだ」
それに、後で取り返してやる気満々である。初動のためなら、多少のマイナスには目を瞑る。
「それに、そのものだけではありませんよ。種や球根などの方が優先です。さらに、求めるのは食用植物のみにあらず。服を作るために、綿花も購入するように言いつけておきましたとも!」
「……金はどこから出した」
「宝物庫から拝借しました。……ちゃんとベリアルやエリゴスとも相談しましたよ」
「「そういうことだったかぁ!」」
レイヴンの問いに、しっかりと許しを得たことを明示して答える。これを聞いて二人は漸く、先日のお願いが腑に落ちたらしい。
こうして食材、ひいては種などが手に入ったわけである。聞いたところによると、帝国は食文化が発展しているらしい。また、その隣国は商業国家。大陸中の植物が集まる。
だがそれでも。エイジは疑問を覚える。南米やアフリカが原産である植物さえもが、普通に手に入ったのだ。この大陸は、エイジの予想ならば熱帯などは存在しないはず。あったとしても、非常に狭い地域だろう。ならば他の大陸から流れ着いたのであろうか。しかし……誰に聞いても、海外の存在を知らないのだ。
他の大陸から伝来したのならば、説明はつく。だが、他の文明の存在など影も形もない。人間が船で行けない距離なら、種が漂ってきたという可能性も極めて低い。
また謎が一つ増えた。
「ではこれで、農業ができるな」
「いえ、まだです。課題は山積みなんですわ」
その言葉に、ベリアルは首を傾げる。そして、お預けを食らって不満げでもある。
「植えて水さえあげれば、勝手に植物が育つわけじゃないんですよ。他国と魔王国では環境が違う。もっと強い品種にしなければならない。つまり、交配して品種改良するのです」
しかし、普通に品種改良していては何年もかかってしまうだろう。だが、この世界には都合のいい事に魔術がある。どうすればいいか、エイジは知っていた。もし無ければ何十年もかかって、詰んでいただろう。
「植物を急速成長させる鉢の魔導具? 随分マニアックなものを御所望ですねぇ。まあ、作れないことはないですよ」
「うん。確か、地属性の魔術に、植物を急速成長させるものがあったはず。でも、それで何がしたいの?」
かくかくしかじか、遺伝子のお話を。因みに、ノクト以外はちんぷんかんぷんという顔をしていた。
「へえ、生物の実験かぁ。うん、面白そうだ。なにかしらの役に立つだろうから協力するよん。で、フォラスくん、出力はどうする?」
「そうですなぁ……この植物程度であらば、ランク2の出力でも数時間で花をつけるでしょう。果樹等はできることなら、3のほうがいいでしょうか」
「では。お二人は品種改良をお願いします。エレンさんとエリゴスさんは、農場作りを。そして、皆さんで作物の発育を観察し、病気や害獣害虫等の研究調査も行なってください」
「承った!」
この作業をするには魔導、医療、調査、情報など多くの部署に協力してもらう必要がある。魔王国の総力を結集するのだ。
「それと、余力があれば、森で野生動物を捕獲してください。そして、放牧場を作ります。彼らには家畜として、食材を提供してもらいましょう。作物だけではなく、肉や乳製品も食べたいですから」
「うむ……これで会議は終わりか。ならば早速、行動開始といこう!」
すぐさま外に城中の魔族達を集め、作業を始める。方法は、皆で手を地に付け、魔力の流れを感じながら念じる。ただそれだけ。だが、時間がかかるうえ、傍から見るととてもシュールだ。結局、作業には数日かかってしまった。
その間、品種改良も行う。まず鉢の使い心地を確認し、数種類の小麦を開花までと実がなるまでの二通りに成長させて、特徴の確認及び試食をする。それから交配させて実を作り、また植えての繰り返し。
米や幾つかの果実も同時並行で進めたが、それでも一定の成果を得るまで一週間弱も要してしまったうえ、つきっきりで研究していた魔族たちも魔力を使い過ぎて疲弊していた。ただ、イモやトウモロコシ、蕎麦は元から丈夫な作物なので、改良はそれほど必要ではなかったことが救いだ。
龍脈の作業が終わると、宰相は兵站と調査班達に命じて、先日の調査結果を基に南西の森から、土と動植物を集めさせた。そして作ったばかりの龍脈溜まりの上の土を、豊かな森の土と総取り替えする。これである程度良い土壌の状態で始められる。
そして、そこへ品種改良を終えたものを数を十分に増やし、全滅の保険も備えてから植えた。豊かな土に龍脈、丈夫な性質に充分な水が整っている。これで失敗なら、目も当てられないだろう。
そして、彼は作物だけで終わらせるつもりはなかった。森で捕獲した牛に猪に鹿などに類似する一般の動物や魔獣たち。それらを飼育し、畜産や酪農を行うつもりだ。
それらの肉は野生だからか肉質は良かったが、栄養管理がされていないので栄養や味はイマイチ。乳もあまり美味しくなかったが、きっとこれも野生だからだろう。ちゃんとした餌を与えていれば、きっと美味しくなるはずである。
動物の交配は時間が短縮できないため諦める。あとは家畜になるであろう鶏と羊と山羊が欲しかったが、そこでは発見できなかった。いないなら仕方ない、と諦めることにした。
龍脈溜まりに作った畑の隣に柵を建て囲いを作り、牧草になりそうな草を植える。日光を苦手とする猪類には、小屋を作るよう指示。あとは囲いの中に、魔獣か一般動物かなどの分類をして放つだけ。野生だからか、入れられた直後は柵に頭突きするなど凶暴だったが、慣れればいずれ落ち着くだろう。
成果がすぐに出ないのが残念だが、取り敢えずこれで第一次食改革は終わりだ。次の食改革は、成果が実る秋になるであろう。
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