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Ⅱ 魔王国の改革
9節 宰相のお仕事 其の二 ⑤
しおりを挟む「よし、消火完了だ」
「宰相! 全ての窓を開けました!」
「よろしい。では入り口付近から離れろ。『headwind』」
またしても大型の魔術陣が展開され、そこから強い風が吹く。常人ではなんとか立ってられる程の強さだ。
「換気をするんだ。火事の一番の死因は火傷じゃない。煙に含まれる一酸化酸素による中毒だ。これは例え魔族であっても無事では済まな__のわっ!」
突然後ろから攻撃を受け、転ぶエイジ。体勢を立て直した彼の視線の先には__
「は? 魔導書?」
頁がひとりでに捲られていく、フワフワと浮いている魔導書があった。
「やりやがったなオラァ!」
苛立ったエイジは、虫にするように、魔導書を叩き落とした。そして、戻ってきていた魔族たちに確認する。
「火事の原因は、コイツか」
「はい……一番奥の危険な魔導書が収められたエリアの封印に、綻びが生じていたようで……他の皆さんは奥で対処にあたっていたんです」
「ここの管理者らはどうした」
「メディアさんは奥で封印を。モルガン様は別件のお仕事で留守でした」
「幹部がいてなお、か」
「ああ、誤解なさらないでください! メディア様はいち早く駆けつけてくださったのです。出火時にはおりませんでした」
モルガンは仕方ないとして、メディアがいち早く仕事をしているとは驚いた。何せ彼女は、普段ずっと最上階の展望台に引き篭もっているのだから。
「そうか。で、魔導書って勝手に動くものなのか?」
「一部の物は。著された神秘を守るために自衛するよう設計されています」
シルヴァが横にさっと現れ解説する。先程まで彼女がいた場所には、魔導書が五冊ほど落ちていた。処置もしたようで、再起動する気配はない。
「なるほど。だが、分かったことが一つある。それは……こんなものを作った奴は絶対性格悪い!」
余程頭に来たようでエイジは怒鳴る。が、深呼吸して直ぐに落ち着きを取り戻す。
「シルヴァ、奥の様子を確認して、まだ片付いていないようなら加勢してやってくれ。オレはここで換気を継続する必要がある」
「はい、承知いたしました」
指示を受けたシルヴァは颯爽と奥へ向かった。頼もしすぎる。
さて、エイジは先程の位置に戻って魔術を発動し直す。数十秒継続することで、焦げ臭い匂いや煙たい感じは徐々に薄れていく。
「ふう。よし、換気はこのくらいで……うっ」
少し気を抜いた瞬間、突然股間に何かが込み上げてくる感覚。それは、先程調子に乗って紅茶を何杯もがぶ飲みしたことによるものだった。
「ヤバイな、早く終わらせねえと」
久しぶりの、なんとも抗い難い感覚に、もう少しだからとなんとか耐えていると__
「エイジ様! 危ない!」
夢魔が叫ぶのと、エイジが危機を察知したのはほぼ同時。咄嗟に自身の周りにバリアを張ると、そこに何発もの魔弾が当たった。
「クッソ、マジかよ……ツイてねえな!」
周りを見ると、また何冊もの本が新たに出現。エイジに群がって来ていた。
「換気はここまでだ。くたばれ!」
魔術を解除すると、一瞬で全ての魔導書をはたき落とす。そしてさっき叩いた魔導書も拾い集め、簡単に封印処理を施す。
「す、すまないなキミ、私はちょっと用を足してくる。伝言頼んだ」
一瞬の出来事に呆気にとられていた魔族にそう伝えると、急いで部屋を飛び出した。
エイジは相当焦っている。というのも、あと二分くらいしか保ちそうにないからだ。走っているから尚更。そして用を足せる場所まで、あと六階も下りなければならないのである。
「ああ……クソ、ホント間が悪い!」
目に映ったのは、下の階まで通じる階段にまでひしめく野次馬の人混み。絶望の光景である。窓から下の階に跳び下りる手もあるが、着地の衝撃で膀胱がやられるだろう。
「しっかたねえなあオイ!」
魔族の群れの直前まで迫ると唐突に跳び上がり、壁を蹴りながら立体的軌道で頭上を通り抜ける。そして階段に到着すると、踊り場経由で、僅か二歩で一階を下る。そして、次の階段目指して走る。この時ばかりは端まで行かねばならぬのが恨めしかった。
そして二分後、彼の姿は地下三階にあった。なんとか間に合った様である。
お手洗いを済ませたエイジは、先程の切羽詰まった様子が嘘のように、軽やかに図書室に戻ってきた。エイジが部屋に入るとほぼ同時に、魔族たちが奥の部屋から出てくる。そこには報告通りメディアの姿があり、彼女とシルヴァを除いたほぼ全員が、煤を被るか怪我を負うかしていた。
「処理は終わったか?」
「はい。全ての魔導書に一時的な封印措置を施し終えました。しかし負傷者が多いため、完全な封印は日を改めるとのことです」
「そうか。……さて情報管理所の皆様、突然の事故にも拘らず身を挺して対処に当たっていただき、ありがとうございました。魔族を代表し御礼申し上げます。負傷をされた方がおられるようですし、お疲れでしょうから、本日は医務室にて治療を受けたのち、しっかり休養をとってください。明日の昼には、被害の確認と原因究明のため、事情聴取をさせていただきますのでお忘れなきよう。それでは、私はこれで」
労いの言葉をかけ、伝達事項を伝えつつ後始末を終えると、今度は一転、重い足取りでエイジは執務室に帰還する。
「はぁ~……ホントに今日は何なんだ。壁ぶち抜かれるわ舌やけどするわ本棚燃えて一部の書類ダメになっちゃうし……報告書類はこっちで編纂した原典残ってるし、いずれ全部作り直すからいいとしても……はぁ、疲れた」
ため息を何度もして、愚痴と悪態を吐くエイジに、統括部の者たちは憐憫の眼差しを向けることしかできない。因みに、舌の火傷は苛立って仕事の妨げになるからと、結局魔術で治していた。
「……エイジ様。定時はまだ先ですが、お疲れのようでしたら今日はもう上がってください」
「…………悪いな、そうさせてもらう。確かに文句ばかり言ってる奴がいたら、空気悪くなってモチベ下がるものな」
実際皆は本気でエイジを気遣っていて、エイジもそれに気づいていたが、つい捻くれたことを言ってしまう。そして、それを聞いて本気で悲しそうな顔をした者が数名いたことにも気づき、なんていい人たちだ、と感激して目頭が熱くなる。元いた企業の奴らにも見せてやりたい。
「……シルヴァもいろいろしてくれただろう、君も休め」
頭に手を乗せ、軽く撫でて労う。
「ダッキ、日没までまだまだあるだろう。人を集めて図書室の砕氷作業の指揮を執ってくれ。では、お言葉に甘えて私は休むよ」
そして、シルヴァの頭に手を乗せたのは軽率にして不躾、セクハラ扱いされて嫌われないかと後悔・反省しながら部屋を出ていくのだった。当人は満更でもなさそうだったのだが、それに気づくこともなく。
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