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Ⅲ 帝魔戦争
幕間 敵情視察 ③
しおりを挟む「まだ、案内は終わりませんから」
あのやり取りの後、すぐに中心街の説明が再開される。お互い遠慮がちに手を握りながら。
「なんかこれ、デートみたい」
「デッ⁉︎ ……もう惑わされませんから!」
耐性ができてしまったようだ。揶揄えなくなったアイザック君は残念そうである。
「この街は結構、いえ、相当大きいのでとても一日じゃ回り切れません。ですから、そうですね。これからあなたの生活で必要になりそうなもの、雑貨店や宿屋なんかも紹介しましょう。先ほど通った通りから、二つほど北の方の通りにありますよ。あまり時間が残っていませんので、ちょっと早足で行きますね」
また手を引かれる。早歩きの言葉通り結構速い。とはいえ、体格や身体能力でも優っているアイザックが遅れをとることは全くないのだが。
「着きました。この辺りです。この辺りなら、生活に必要なものは一通り揃っているはずです」
このエリアは幼い子供に老人、主婦らしき人々など、ベッドタウンの趣がある。と__
「ああ、リンゴが!」
「なんちゅうベタな……」
通りの先、坂の上の方からリンゴが転がってくる。アイザックはすぐに反応してぱっぱと拾い、坂を登って渡す。
「はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます。お礼にこれを一つ」
「いえいえ、私にはいらないものですとも。他の者に恵んでやって下さい」
「ああ、家畜が!」
「またかい。なんか、やな予感……」
そんなことをぼやきながらも、向かってくる鶏を四匹手早く捕まえて、飼育主に返す。
「あとは、アイツ!」
道に迷って動きの止まった牛に走って近づく。
「おとなしく、しろっ!」
角を引っ張り、これまた誘導する。動物相手の御し方は、以前の事件で身につけた。
「ありがとうございます!」
「すごいですね。私、びっくりして体が動きませんでした。これも農家としての経験、ですか?」
「まあ、そんなとこ」
実際はもっと凶暴な魔獣相手だったが。
「おっと、あれは……」
通りの右、階段の前で老婆が重い荷物に苦戦している。
「ボク、持ちましょうか?」
「ああ、ありがとうねえ。助かるわあ」
階段を上った直後。荷物を置くと__
「おっと」
真横から子供がぶつかる。
「わわっ、ごめんなさい!」
「こら。前を見ないとぶつかったり転んだりと危ないぞ。特に階段なんかはな。お婆さんに当たったりしたら大変だ」
軽ーいゲンコツを食らわせ、お説教である。
「こういう段差とか急な坂って、お年寄りや女性、子供みたいな非力な者にとっては暮らしにくいんじゃないか? 工事でもして整えてあげないと」
「……そうですね。これは改善が必要そうです。でも、こういうところに気がつくなんて。ふふっ、あなたは優しいんですね」
「ふん、こういうのを偽善っていうんだよ」
実際、この後戦争して攻め落とすのだから。人を助けるどころか、傷つけ殺めるというのに。
「それでも、誰かを助けようとするのはいいこと、素晴らしいことなんですから」
この十日後に何が起こるかを知る由もない貴族の女の子は、そう言って微笑むのだった。
階段を降り、先の通りへ戻る二人。今度はトラブルもなく、案内紹介はつつがなく進行した。
「さて、必要なことはおおよそ教え終わったでしょうか。ああそうです、疑問に感じたこと、質問とかありますか?」
「では、この国の経済について……」
「えっ!」
「ええと、税や通貨について」
それでもかなり深いところの質問だ。フレヤは驚きながらも説明をしていく。
「なるほど。一方的な税収ではなく、交易をしているようなものなのか。貨幣で農産物を売買。対等な取引と。その割には、ボクの集落では貨幣なんて見かけませんでしたね」
「そんなはずは……あるかもしれませんね。交易のできていない集落はあるでしょう。私たちにとって、この国土は広すぎたのかもしれません」
「他にも、集落同士が離れすぎていることによる不便がある。魔族が攻めて来た時なんかに情報の共有が遅くなったり、帰る場所を失った人々はどこに行けばいいのかとか」
「……あなたは不思議な方ですね。基本的には無知なはずなのに、理解が早いし、様々な視点で物事の問題に気づける。本当に頭がキレるのですね。補佐官に欲しいくらいです」
不思議そうな、興味深そうな顔をするフレヤ。アイザックは少し話し過ぎたかと思うが、それでも譲れない、訊いておきたいことがある。それは__
「あなた方帝都民にとって、魔王国はどういう存在なんですか?」
「!!?!?」
今度は尋常でないほど驚くフレヤ。それもそうだ、そんな単語が出るなど思いもしなかった。
「あなたにとって、魔王国は恐怖の象徴ではないのですか?」
「だからこそ、あなたに訊くんです」
「……少し、待って下さい」
深く考え込み始めるフレヤ。その時点でアイザックの中で結論は出た。帝都民は魔族への馴染みが薄いのだと。それもそうだろう、距離は離れているし、多くの兵士と設備に守られているのだから。
「……私たちにとって、魔王国とは敵であり、倒すべき存在です。帝国は彼らに何度も襲撃を受けていて、多くの犠牲者を出しました。まだ帝都に彼らの魔手は届いていませんが、周辺集落や国境付近での争いなど、受けた損害は大きいのです」
やはり、実感はないらしい。好都合であり、悲しくもあることだ。
「奴らについては、どのくらい?」
「実はあまり、よく知らないのです。でも、この国は魔族を嫌っている、そして襲撃を受けている。だから悪であると教えられました。だから、この国の一端を背負う私は、民に安寧をもたらすため、魔族を駆逐しなければならない」
自分らにはよくわからない存在であるが、悪だと教え込まれたから悪であると考える。要は盲目で、完全受身な考え。この考えが受け継がれて来たのならば、魔族が住みにくく感じ続けるわけだ。
「でも、彼らだって仕方ないと思うんだ。彼らのいるところはとても寒くて、土が貧しいから作物が育たない。世界中の人間から迫害されて居場所がないから、あんなところに身を寄せ合うしかなかったんだと……」
「……あなたは一体、なんなのです? 魔族の実情が分かって、さらに肩を持つなんて。それに、あなたが魔王国を呼ぶときは、帝国語ではなく魔族語だなんて」
強い訝しげな視線になる。完全に、話し過ぎただろうか、とアイザックは思うものの__
「本当に、優しいんですね」
顔は綻び、微笑みが向けられた。
この時、エイジの中で、ある醜い感情が湧き上がった。それは、攻め込んだ時、彼女に逢いに行って、自らの正体を明かし、その心を絶望でへし折ってやりたい、などと。
そんな悪意に満ちた彼の内心など知る由もなく。再び歩き出すフレヤ。
「さあて、だいたい説明終わったでしょうか。あとはもう少し施設の説明を……でも日も落ちて……いや、まだそんな時刻じゃ……おや? これは、雨?」
ポツリポツリと。そしていきなり__
「夕立、か」
激しくザーッと降り出した。
「い、いけない。雨宿りしましょう、こちらに__」
「いえ、その必要はありませんよ」
「え?」
アイザックはフレヤの手を引くと、パチンと指を一鳴らし。すると、薄紫色の壁が二人を包む。
「これは……防御魔術⁉︎ アイザックくん、魔術師だったの⁉︎」
「同じ穴のムジナってな」
いきなり魔術が使用された驚きに合わさり、訳のわからないことを言われて完全にキョトンとするフレヤ。
「ゔうん、同じく脛に疵持つ者同士。いやまあ、隠し事があるのは、貴女だけではないってことですよ」
「ッ⁉︎」
この瞬間フレヤは二つのことに驚いた。まずは特に驚きの強かった方。
「あなた、顔が……」
髪や目はそのままだが、アイザックは若作りした顔つきと身長の幻術を解いた。
「む、さてはあなた、結構いい歳ですね?」
「なんでそう思う~?」
隠す必要がなくなり、漸く何時も通りの話し方ができてエイジも気が楽。
「そんな落ち着いた顔立ちと声、少年のものではありませんから」
「あはは。流石に、バレるか」
「……そんな気はしていましたが、やはり演技とは。私を騙していたんですね⁉︎」
怒っているようだが、エイジからしてみれば可愛らしく、それに弱みも握っている。
「それはお互い様だろう?」
不敵な笑みをして、自らの頭を指差す。フレヤの同じ箇所には、特徴的な装飾の髪飾りが。それが驚き二つ目。
「それも、見破られてしまうなんて……折角貸していただいた魔道具だったのですが。今まで見破られることはなかったのに。でも、なぜ明かしてくれたのですか?」
当初、エイジは幻影を解くなど考えもしなかった。その心変わりの訳は、アレだ。
「まあこれは、検問の通過と、案内してくれたお礼ってことで」
「律儀ですね」
「君には負けるだろうさ。さて、もうしばらくしたら雨も止むだろう。そしたら、また案内頼むよ」
雨は夕立らしく、すぐに止んだ。そして雲が割れると、暮れかかった日が差す。人通りも、多いところと少ないところが入れ替わり始めた。アイザックとフレヤはというと、夕立後二つの通りを散策し、中心街へと戻って来ていた。
「さて、私はそろそろ家に帰らないと。怒られてしまいますからね」
「ああ、時間か。今日はありがとう、助かったよ」
中心街、それも帝城のすぐ近く。二人の周りに人影は少なく。
「ああ、そうです。私、あなたに伝えないといけないことがあるんでした」
荘厳な帝城のそば、夕暮れ時、男女二人、人影無し。これほどロマンチックな展開、何も起こらぬわけがない。
フレヤは、ポニーテールを支えている髪留めに手を伸ばす。
「あなたが正体を明かしてくれたのです。私も、お返しに」
マジックアクセサリたる髪留めが外されると、フレヤの姿が変わっていく。
その女性の身長はエイジの目線くらい、つまり比較的背が高い。顔立ちは極めて端麗。キリッと締まった表情だが、優しさをも感じさせる。髪は黄昏の日に劣らぬ、極めて麗しく輝く白金色。寧ろ夕日と混ざり、強い黄金色の煌めきを放つ。長髪は腰上に届く滑らかなストレート。
そして少し目を落とすと、そこにはより豊かとなった膨らみの主張がある。目線を上げ、目が合うと、そこにはエメラルドを想起させる綺麗な碧眼が映る。体格も騎士として鍛えられていながらも、女性らしさを全く損なわないプロポーションをしている。
つまり……超超弩級の美人である。年齢は娘というほどではないだろうが、若いのは間違いない。自分と同じくらいか、とエイジは予想する。そして真に顕となった服装は、緻密な刺繍と装飾の入ったワンピースだが、その一部は魔術紋様であり、ところどころに防具となりうる金属パーツが見て取れる。その様は、正に姫騎士。
「私の本当の名前は、テミス・フレヤ・ジグラッド。そして、この帝国の皇帝イヴァンの長女。そう、私こそ、ジグラド帝国第一皇女、テミスである!」
「………………ぇ」
「あ、このことは他言無用でお願いしますね? 中流貴族令嬢フレヤの肩書が使えなくなると、お忍びができなくなっちゃいますから」
硬直しているアイザックの前で、悪戯っぽく微笑んで__
「あ、そうそう。魔術が使えるのでしたら、この都市で食いっぱぐれることはないと思います。では、またどこかで会えることを願って。それでは!」
装備が光ると、装備主を強化。そして帝城の塀を軽く飛び越え、去って行った。
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