魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

7節 戦場の逢瀬 ③

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 玉座の間にて。

「ぐむう、そうか……」

 玉座に在る者、立派な白髭を持つ初老の男が、額に手を当て唸っていた。

 彼はこのジグラド帝国の皇帝、イヴァンである。シワだらけの険しい顔が示すように、非常に厳格な皇帝だ。たった今、帝都で起こっている惨状の報告を受け、ただでさえ険しい顔が更に深く歪んでしまっていた。

「父上、やはり私達も避難した方が良いのではないでしょうか」

 そう告げたのは、綺麗な白金色の髪をした、如何にも姫騎士といった感じの女性。イヴァンの愛娘、第一皇女テミスだ。

「いや、逃げても無駄だ。既にこの帝都に逃げ場はあるまい。我等は嵌められたのだ。それに、この座を明け渡すわけにはいかぬ」
「では、せめて近衛兵や私達も外に出て、兵士たちの増援に……!」

「ならん! もう手遅れなのだ。今更近衛に加勢させたところで焼石に水」
「民達が斃れていくのを、見殺しにしろとでも言うのですか⁉︎」

「打って出るよりは、障壁に守られ堅牢であるこの城の守りを固めるべきであろう!」
「攻めを放棄すれば、滅ぶは必定! それを教授なさったのはお父様です!」

「そうするだけの力は、最早なくなっているだろう。ならば余は、この場で皇帝として死ぬべきである。兵どもにも、我ら皇族のため殉職してもらう」
「……ならばせめて、民達を受け入れて__」

「籠城しておるというに、みすみす開錠するというか‼︎ 中に入られては臨終であるぞ!」

 覚悟を決めた様子のイヴァンと、なお足掻こうと提案するテミス。ここにいるのは、この父娘だけだった。だが、それは__

「なるほどねぇ、そういうことでしたか。いやぁ、なんで誰も出てこないのかなとか思ったら、こんなガンコ爺ィのせいだったとはねぇ」
「む、何奴だ⁉︎」

 突如蹴り開けられた扉より姿を見せた、この男によって崩れ去った。現れたのは、黒い外套を纏った、白髪オッドアイの青年。

「おや失礼、私の名はエイジ。お察しの通り、魔王国の者ですよ」

 戦場にいてなお飄々とした態度を崩さない様子、そしてその見た目などから只者でないとは推察できる。そして帝城玉座に単騎で姿を表すとなると、幹部格に違いない。二人は既にそう察した。

「何ッ⁉︎ 近衛どもは何をしておるのだ!」
「父上は逃げて下さい! ここは私が!」

 お姫様が前に出て、大剣を構える。

「ここに何をしに来た⁉︎」
「そんなの言うまでもないでしょう? ここまで来た記念に、あなた方に謁見したかったんですよ」

 大仰に手を広げ、事も無げに嘯いて、不敵に笑む。

「ふざけるな、魔族め‼︎」
「よせ、無茶だ! お前一人では幹部とはやりあえぬ! 増援を待て!」
「覚悟! やあああ‼︎」

 父王の静止も聞かず、テミスが切り掛かった。

「ふうん、さすがは姫騎士ってとこかな」

 その剣捌き、ただの兵士とは次元が違う。だが……つい先日魔王と戦ったエイジからしてみれば、遅い。軽い。鈍い。数度僅かな動きで避けると、適当な片手剣を取り出し受け止め、そのまま鍔迫り合いとなる。

「ほう、どうやらその剣、ただの剣ではないようだな」

 テミス姫が握るやや大きめの騎士剣は、刀身が仄かな金色に輝いている。

「ええ、よく分かりましたね。これは我がの国宝、ヴィクトリア! 龍殺しの逸話を持つ、B級相当の聖剣だ」

 片手剣と両手剣の中間程度の中途半端な長さ。所謂バスタードソードだ。とはいえ、その流麗な見た目に似つかわしく名前であるが。

「へえ……特殊な能力はなさそうだが、単純ゆえの強さがあるか」
「ではあなたの剣はどうなのだ? 私の剣と互角に打ち合えるとは、なかなかのものと見受けましたが?」

「ああ、これ? ふっふふ、残念だけど、これは大量生産された、ごくごく普通の剣だよ」
「なっ、そんな……どうしてそんなもので私の剣と切り結べるの⁉︎」

「そりゃ、オレの魔力で強化してるからさ! 強化した時の強度はB-といったところだよ。まあ、強化で無理矢理強度上げてるだけだし、耐久度的に元から強い剣に敵うはずないけど……君とやり合うのには不足は、ないかな!」

 実際、刀身が競り合う中、エイジの剣にヴィクトリアが食い込んでいった。とはいえ、元の性能からすれば十分すぎる強度だが。

「くっ……舐めるなよ!」
「格上相手だ、そうも言ってられないだろ? ハンデだよハンデ。ふっ!」

 エイジが力を込めて押し飛ばし、強引に鍔迫り合いを終わらせる。

「ッ……はああぁ!」

 突き飛ばされても、すぐに体勢を立て直し、テミスは再び切り込んでくる。凄まじい気迫だ、これほどの剛の者、そうはいまい。

「おっとぉ?」
「せッ!」

 躱してもすぐに、勢いを殺さず流れるように、綺麗なフォームで鋭く斬り返す。人の身で、この若さで、これほどの腕前にあることに感嘆しつつも、体捌きやサイドステップ、斬撃に剣を沿わせることで流したりと、軽く去なす。上級魔族に匹敵し、人の身を超越した力を持つ彼からすれば、二割もあれば如何な達人と雖も子供に感じる。

「君の性格通りだ、真っ直ぐすぎて剣の軌道が読みやすい。大人げないかもだけど、これも戦争だからね。ほらほら、頑張らないと父親ともども殺されちゃうよ?」
「くっ……はぁ、はぁ……」

 何度も何度も斬りかかったが、まるで当たる様子もない。一度距離を取って様子見に。

「どうした? もう息が上がっているようだが。さっきまでの威勢はどこに行ったのかなぁ?」

 剣先が落ち、戦い始めと比べるとやや姿勢に乱れがある。だがそれでも、眼の輝きだけは少しも落ちない。

「ふっ、まだまだ。焦ってしまったから、落ち着いているだけだ。それにそっちだって、防戦一方のくせに……」
「こっちが攻めたら一瞬で終わってしまうからね。……試してみる?」

 エイジの雰囲気が変わったことに気づいたのか、テミスは緊張し剣を構え直す。次の瞬間、彼女の視界からエイジがフッと消える。

「ッ‼︎ どこっ⁉︎」
「こっちこっちぃ」

 後ろに回り込み、すぐ後ろから声をかける。

「‼︎ くぁっ……!」

 後ろに振り向こうとした動きに合わせてまた後ろに回り込み、剣の腹で打つ。

「こんな風に、ね」
「ぐ、うっ……」
「炎よ……『Blaze Cast』!」

 エイジとテミスが離れた隙に、イヴァンが魔術を放つ。ランク3に相当する火球は、棒立ちのエイジに命中し、燃え上がる。だがそんなもの。

「おやおや、煤がついてしまった」

 燃え盛る火焔から何事もなかったかのように、エイジはコートの煤を払いながら呑気に歩いて出てきた。

「な……無傷、だと」

 まるでダメージになっていない。皇帝が悔しそうに唸る。

「あれ、それが全力? もうおしまいなのかなぁ?」
「まだ……まだ!」

 エイジがのんびりとしているうちに、体勢を立て直したテミスが吼える。

「なら、真面目にやって。もっと本気だしなよ」
「言われなくても! たぁああ‼︎」

 正面から真っ直ぐ、テミスが斬りかかる。それをエイジは甘んじて受け止める。

 バキッ!

「あ、ヤッベ!」

 この時、エイジの顔から余裕が消えた。慌ててテミスから距離を取る。

 バスタードソードは、その長さと重量から威力が高い。そして彼が持っていた片手剣は、今までダッキ戦などで射出に数度使用されており、魔力充填の負荷もあって疲労していた。そのため__

「ケッ……壊れやがった。ふんっ!」

 大きな亀裂が入り、使い物にならなくなっていた。苛立ったエイジが地面に叩きつけると、完全に粉砕された。

「ふう、どうです? 諦めてくれます?」
「ふっ、まぁさか! まだまだ剣なんていっぱいあるからねぇ」

 すぐさま余裕の表情に戻る。

「そうですか……ならば、貴方の最高の一を出すがいい!」
「ふうん……いいよぉ。別に抜くのが重い剣でもないから。でも……後悔しても知らないけどね!」

 そう言うと、エイジは手を正面に伸ばし、空を掴む。ように見えたが、その手には、かのアロンダイトが在った。色は青銅に近い。要はやや魔力が籠った状態。

「可愛がってあげるよォ。失望させるなよ? ふっ!」
「な、なん……て」

 エイジが念を込めると、その刀身が長大化した。刃渡りは実に倍となり、その大きさは彼の身長と同じほど。

「すっかり忘れてたけど、これもアロンダイトの特性なんだよねえ。変形能力。大きくなるときは、魔力から刀身となる金属を生成する。当然重くなるけどねぇ、オレにとっちゃ問題ない。さ、前置き長くなったけど……」

 右手右足を引いて腰を落とすと、剣先をテミスに向け、左手を添えて水平に構える。まるでビリヤードの構えのようだ。

「始めようか! ハァ!」

 そこから神速の突き。五メートルもの間合いが一瞬で零に。

「ぐっ、キャア⁉︎」

 素晴らしい反射神経で、その突きを剣の腹で受け止める。しかし、その衝撃は伊達でなく。優に数メートルは吹き飛ばされて、そのまま転がっていく。

「うう……」

 だが、尚も立ち上がる。

「へえ、驚いた。防いだとはいえ、相当の衝撃のはずだが?」

 テミスが剣を支えによろよろと立ち上がっている間、エイジは思考を巡らすと、ある違和感に気づく。

「う~ん、そういえば、この城に入ってからというものの、なぁんか体が重いんだよねぇ。それに兵士たちも、近衛ということを加味しても相当強い。まあ、オレの敵じゃなかったけど。もしかして、この結界の効果かなぁ?」

「フン、さすがは魔族だ。気付くか。ああ、そうとも。この結界の中にいるものは身体能力が強化されるほか、魔術発動時の魔力消費を一部肩代わりする。さらに、登録されていない異物には弱体効果を与え続けるのだ。我ら皇家が先祖代々守り、また改良させ続けたものよ。この国を護る、絶対の盾だ!」

「へぇ、何をペラペラといらないことまで。アンタ、皇帝失格だと思うよ。それに今破られてるから絶対じゃないし……てか、帝国のくせにここまで高性能とか生意気な。まあいいよ、参考にはなる。魔王国なら、もっっと良いもの作れるからね。さて、お喋りはここまでにするか」

 イヴァンから目を離すと、テミスに目を向ける。早くも彼女は満身創痍だが、戦意はまるで揺るがない。

「一つ、いいことを教えてあげよう。人外、バケモノとの戦いで長期戦は禁物だ。ダメージは蓄積し、体力も消耗するばかり。対して敵は万全のままだからね」

 剣を無造作に引きずりながら、エイジはテミスにゆっくりと向かっていく。対する姫騎士は、目を瞑り一息入れると、再び剣を正眼に構え、様子を伺う。エイジとの間合いを計るように、ジリジリと動く。

「うん、バーサークしなくなったのは良いことだが、それは悪手だ。オレが絡め手得意なのはそろそろ察したでしょ? はっ!」
「なっ……うわっ⁉︎」

 エイジが空いている手を突き出すと、そこから閃光が迸る。エイジの動向を注視していたテミスは、その目眩しをモロに受ける。

「そーれい!」

 そこで一気に距離を詰め、テミスの剣を床ごと斬り上げる。不意打ちの光を受けたことだけでなく、すぐ対応できるようにと力を抜いていたのが仇となったか。甲高い金属音を上げて剣は手をすっぽ抜けて飛んでいった。

「くぅ……」

 テミスは唯一の得物を失い、狼狽える。そして、霞む視界の中、剣を振り上げるエイジを最期の光景とすると、目をきつく閉じ、次来るであろう痛みに備える。

「そら、取りに行きな。そんくらいの時間はあげるよ」

 だが、攻撃は来なかった。目を開けると、そこには剣を肩に担ぎながら余裕の笑みを浮かべるエイジが。屈辱に感じながらも、テミスは彼に背を向けて剣を取りに行く。

「喰らえ!」
「だから効くかって」

 イヴァンの背後からの攻撃数発を、エイジは一瞥すらせずに指輪魔術で防ぐ。魔術の発動は、見ずとも感覚でわかる。

 その隙に、テミスは床に刺さった剣を引き抜く。そして、振り返ると__

「きゃっ!」

 目の前にはエイジがいて、剣を振り下ろしてきた。なんとか防ぐも、間髪入れずに次の攻撃が。

「そ~れそ~れそ~れそれ!」

 子供の棒振りのように、片手で無造作に、出鱈目な方向から剣を振るってくる。右上、左、右下、上、左下、左上、右、正面……そこに術理などない。だが、それ故に手練れに対してはに効果的なのだ。魔族の膂力で二メートル弱もの大剣が、予測できない方向から矢継ぎ早にで襲いかかってくる。受け止めるだけで精一杯。受け止めても、その反対方向に大きく弾かれる。

「あれえ、避けたりしないの?」
「私は、くっ……敵を倒すのではなく、弱き者を守る騎士だ!」

 後ろに守る者がいるとしたら。避けたり受け流したりするのではなく、受け止め防ぐ。そうした鍛錬をずっと続けて来たのであろう。その固い意志に、エイジは感服しこそする。しかし、攻撃の手は緩めない。

「だったら、盾の一つでも持ったら如何かな?」
「いつもなら携えているがな。今は背水。ゆえに敵を打ち倒すのみだ!」

「その割には、殺気が足りんなぁ! 人を殺したことがないのかぁ?」
「生憎だったな。民を守るため、賊や魔族を手にかけたことくらいはある!」

 剣戟が鳴り響く。アロンダイトから鈍い重低音、ヴィクトリアから甲高い金属音が、剣がぶつかり合う度に音を奏でる。そしていつかの上段攻撃、テミスは剣の腹を押さえ、両手で受け止める。

「ぐうぅっ……」

 上から強い力で押さえつけられ、顔を顰めながら膝が曲がっていく。そして、ふと力が抜かれると__

「ふ~い!」

 肩透かしをくり、強張っていたテミスは大きくバランスを崩す。その隙にエイジは肩を剣に当てると、刀身越しにタックル。

「うあっ!」

 体前面に大きな衝撃を受けたテミスは、またも転がされる。そしてエイジは腕を頭上に持っていくと、剣を盾のようにし左を覆う。そこにイヴァンの雷撃・氷塊・闇弾が当たるも防がれた。

「ランク3魔術の三連射。人間では凄いかもしれんが、ウチらじゃデフォだ」

 テミスに目を向ける。彼女は先ほどよりは早く立ち上がる。だが、手が震え、剣を取り落とす。先ほどから受け続けた衝撃のせいで、手に力が入らないのだ。

「どうする、もう諦める?」
「誰が!」
「あそ。まあ、させるつもりもなかったけどねぇ!」
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