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Ⅲ 帝魔戦争
7節 戦場の逢瀬 ⑥
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「……あれは?」
白髪に黒い外套、そして人ではあり得ざる速度。間違いない、自分の主人だ。
城内に侵入してからというもの、シルヴァは淡々と敵を倒し続けていた。物陰や天井の装飾などに隠れては狙撃、背後から接近し、不意打ちして気絶させるなど動きは完全に殺し屋。床や扉を氷漬けにして動きを阻害、氷柱など攻撃性の罠を設置するなど確実に敵戦力を削る。命じられた通りのことを完璧に熟していた。城が大きく揺れようと、きっと自分の上司の仕業であると考え、気にしなかった。
だが、自分を置いて、脇目もふらず全力で走って逃げているエイジを見て、シルヴァは混乱した。見捨てられた? いや、そんなはずはない。自分如きの身を、あそこまで案じてくれていたのだ。それにあの様子、何事か極めて焦っていた。何か尋常ではない事態でも発生したのかもしれない。
シルヴァは周囲を見渡し、身を隠せる場所へ滑り込むと、通信機を取り出した。聞こえてくる情報は、王国兵、緊急事態、撤退状況。
「王国……まさか、ルイス王国?」
であれば、間違いなく緊急事態であろう。ならば、彼があれほど急いでいたのにも納得がいく。
「……まずいですね」
だが、あれほど急ぎ、自分すら忘れているとなると、機密である通信機アンテナの存在も恐らく。
「ともかく、私も脱出しなければ」
障害物から飛び出すと、出口目指して一目散に駆ける。
「な、何者だ⁉︎」
「止まれ、そこの女!」
「魔王国の者だ! 出会え!」
「チッ、こんな時に……!」
かなり倒したはずだが、まだワラワラと出てくる。早くしなければ、この不利な状況では脱出が困難になる。
「邪魔を、しないで!」
接近戦覚悟で、弓を引き絞りながら、敵の群れへと突っ込んでいった。
エイジは城を全速で脱出し、出たところで目の前の建物の屋根までジャンプする。そのまま屋根伝いに本隊、魔王様のところに向かう。
移動しながら帝都全体を俯瞰してみる。指示はちゃんと全体に届いたのか、魔王軍全隊が高速で撤退していく。しかし、それ以上に目を引いたのは、帝都の惨状だった。
至る所から煙が上がり街は崩壊。街の各入り口には人と魔族の死体が夥しい量積み重なっていた。前回戦った時は、死体ごと全て消し飛ばしてしまったから戦争をしているという実感がなかったが、今改めて戦争がこうも酷いことかと気付かされた。戦争をする以上、こうなる事は覚悟の上だったが。
エイジが全力で移動したおかげか、殿のレイヴン隊とは直ぐに合流できた。合流すると、将軍の乗る馬車へと向かう。
「状況は⁉︎」
「エイジか。撤退は順調だ。破壊に関しても速やかな行動を心がけたからな、想定の七、八割は達成した。お前のプランにこういう事態も組み込まれていたことが功を奏したようだ。攻めより逃げを優先するとかな。今までの俺らだけでは考えもしなかった」
「おい、赤い信煙弾、あげたか⁉︎」
「ッ! まだだ。今撃つ」
作戦に動きがあったとき、後方の予備部隊にも状況が伝わるように工夫をした。緑の煙が作戦大成功。黒が完全失敗。黄色が進捗に難あり。赤が不測の事態だ。こちらが合図を打つと、他の隊も次々と赤い煙や閃光弾が打たれた。
「ベリアル様とも連絡とらねぇと」
「だが、通信機は通じないぞ。此処にはアンテナが無いからな……どうした? オイ、まさか!」
「ヤッベ……アンテナ回収……ああ! シルヴァ‼︎」
情報漏洩阻止のため、アンテナは回収、最悪破壊が必須。そして、あの秘書はおそらく律儀に自分を待つのだろう、と当然のように思えてしまう
やれやれといった様子で、額に手を当てるレイヴン。
「どうする。戻るのか?」
「いや、取り敢えず魔王様に連絡を」
「どうやってだ」
「これで」
右手をあげる。その中指には、赤紫の宝石が嵌められた指輪が。
「魔王様!」
『む、ああ、指輪か。エイジよ、無事だったか。一安心だ』
「ええ。撤退状況は?」
『予想外ではあるが、想定内ではあるからな。順調だ。村落に残してきた砦の部隊と合流できれば撤退成功、だったな? 道程の八割を超えた。そろそろ見える頃だ』
「はい。集落までは、わざわざ危険を冒してまで追撃には来ないでしょう。作戦の目標も八割がた達成していますし、撤退さえできれば、作戦成功。我々の勝利と言えます」
『そうか。機密装置の回収は?』
「……忘れてたので、これから戻って回収してきまーす」
『私たちのことは気にするな。お前は自分の任務に集中しろ。くれぐれも油断してやられるなよ』
白髪に黒い外套、そして人ではあり得ざる速度。間違いない、自分の主人だ。
城内に侵入してからというもの、シルヴァは淡々と敵を倒し続けていた。物陰や天井の装飾などに隠れては狙撃、背後から接近し、不意打ちして気絶させるなど動きは完全に殺し屋。床や扉を氷漬けにして動きを阻害、氷柱など攻撃性の罠を設置するなど確実に敵戦力を削る。命じられた通りのことを完璧に熟していた。城が大きく揺れようと、きっと自分の上司の仕業であると考え、気にしなかった。
だが、自分を置いて、脇目もふらず全力で走って逃げているエイジを見て、シルヴァは混乱した。見捨てられた? いや、そんなはずはない。自分如きの身を、あそこまで案じてくれていたのだ。それにあの様子、何事か極めて焦っていた。何か尋常ではない事態でも発生したのかもしれない。
シルヴァは周囲を見渡し、身を隠せる場所へ滑り込むと、通信機を取り出した。聞こえてくる情報は、王国兵、緊急事態、撤退状況。
「王国……まさか、ルイス王国?」
であれば、間違いなく緊急事態であろう。ならば、彼があれほど急いでいたのにも納得がいく。
「……まずいですね」
だが、あれほど急ぎ、自分すら忘れているとなると、機密である通信機アンテナの存在も恐らく。
「ともかく、私も脱出しなければ」
障害物から飛び出すと、出口目指して一目散に駆ける。
「な、何者だ⁉︎」
「止まれ、そこの女!」
「魔王国の者だ! 出会え!」
「チッ、こんな時に……!」
かなり倒したはずだが、まだワラワラと出てくる。早くしなければ、この不利な状況では脱出が困難になる。
「邪魔を、しないで!」
接近戦覚悟で、弓を引き絞りながら、敵の群れへと突っ込んでいった。
エイジは城を全速で脱出し、出たところで目の前の建物の屋根までジャンプする。そのまま屋根伝いに本隊、魔王様のところに向かう。
移動しながら帝都全体を俯瞰してみる。指示はちゃんと全体に届いたのか、魔王軍全隊が高速で撤退していく。しかし、それ以上に目を引いたのは、帝都の惨状だった。
至る所から煙が上がり街は崩壊。街の各入り口には人と魔族の死体が夥しい量積み重なっていた。前回戦った時は、死体ごと全て消し飛ばしてしまったから戦争をしているという実感がなかったが、今改めて戦争がこうも酷いことかと気付かされた。戦争をする以上、こうなる事は覚悟の上だったが。
エイジが全力で移動したおかげか、殿のレイヴン隊とは直ぐに合流できた。合流すると、将軍の乗る馬車へと向かう。
「状況は⁉︎」
「エイジか。撤退は順調だ。破壊に関しても速やかな行動を心がけたからな、想定の七、八割は達成した。お前のプランにこういう事態も組み込まれていたことが功を奏したようだ。攻めより逃げを優先するとかな。今までの俺らだけでは考えもしなかった」
「おい、赤い信煙弾、あげたか⁉︎」
「ッ! まだだ。今撃つ」
作戦に動きがあったとき、後方の予備部隊にも状況が伝わるように工夫をした。緑の煙が作戦大成功。黒が完全失敗。黄色が進捗に難あり。赤が不測の事態だ。こちらが合図を打つと、他の隊も次々と赤い煙や閃光弾が打たれた。
「ベリアル様とも連絡とらねぇと」
「だが、通信機は通じないぞ。此処にはアンテナが無いからな……どうした? オイ、まさか!」
「ヤッベ……アンテナ回収……ああ! シルヴァ‼︎」
情報漏洩阻止のため、アンテナは回収、最悪破壊が必須。そして、あの秘書はおそらく律儀に自分を待つのだろう、と当然のように思えてしまう
やれやれといった様子で、額に手を当てるレイヴン。
「どうする。戻るのか?」
「いや、取り敢えず魔王様に連絡を」
「どうやってだ」
「これで」
右手をあげる。その中指には、赤紫の宝石が嵌められた指輪が。
「魔王様!」
『む、ああ、指輪か。エイジよ、無事だったか。一安心だ』
「ええ。撤退状況は?」
『予想外ではあるが、想定内ではあるからな。順調だ。村落に残してきた砦の部隊と合流できれば撤退成功、だったな? 道程の八割を超えた。そろそろ見える頃だ』
「はい。集落までは、わざわざ危険を冒してまで追撃には来ないでしょう。作戦の目標も八割がた達成していますし、撤退さえできれば、作戦成功。我々の勝利と言えます」
『そうか。機密装置の回収は?』
「……忘れてたので、これから戻って回収してきまーす」
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