魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

6節 港区占領作戦 ③

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「宰相閣下! 海が見えてきました!」
「うん……? おお、そうか。てことは、目的地まで半分を切ったな」

 あとはその対岸に進むだけだ。目覚めたエイジは、海に目を向ける。

 実に久しぶりの海だ。就職してから海を訪れる機会は皆無であったし、学生時代も頻繁に行ったものでもない。さらに眼前の海は地球のものではないが、恐らくそう大差はない。事実、頰を撫でる潮風は同じ感覚だ。斜陽に照らされ輝く海面を眺めていると、なんとも言えない寂寥感に襲われる。

「これだけでも、見にきた甲斐はあったな」

 とはいえ、このまま何もないのも味気ない。気にかかるのはあの斥候。行き先に、たまたま軍でもいないかなと思っていると。

「宰相殿! 十字の方向から、何かが接近!」
「おっ、来たか。よし、加速しつつそのまま進行! 追いつかれて接敵距離に入られたら、応戦を開始する」
「了解! 全隊加速、振り切れ‼︎」

 振り切れ、という指示は出していないが仕方ない。本来戦闘は計画に入っていないのだから。つまり、一般兵達にとって、この状況はマズいということ。それに、自分が戦いを求めていると知られると、士気や信用に関わる。


 指示が通ると、ただでさえ速い進軍が、さらに二段階ほど加速する。もしかして、本当に振り切れてしまうのではなかろうか。

「ふむ、このまま行くと……ギリギリ掠るか。牽制に魔術を撃てばいいかな」

 白兵戦はできなくとも、チェイスはできよう。それに、奴らがしつこければ、戦えるかもしれない。

「おうい、目的地までは?」
「あと四分の一程度です! しかし、このままでは……」
「速度を維持できず追いつかれる? 誤魔化さんでいい」
「はい……その通りです」

 エイジの本心を知らずに、苦い顔で、言いにくそうに告げる部隊長。

「ふむ。では適度なところで停止し、迎撃体制を整える。敵軍の規模は」
「敵軍規模、千強!」

「へえ、敵戦力は約一旅団か。オレがいる、対抗できない数ではない。こちらに有利な地形を見つける、あるいは態勢を整える時間が取れるギリギリに接近されるまで走れ」
「了解しました! 全隊、五分後に行軍停止! 迎撃を!」

 やはり迎撃か。内心ほくそ笑む。少しは楽しめそうだ。

「よし、敵は射程圏内に入った。では、牽制射撃を開始する」
「この距離からですか⁉︎」

 真横に付かれて接近されているとはいえ、その距離は三百メートルほどはある。

「いけるさ、シルヴァほどではないがな。ヘズ!」

 左手に持つは、黄緑がかった金の弓。それは、捻れた木ような本体に、蔓が巻きついたような形状をしている。これ先月中頃、あの天使を名乗る不審者、モザイクを纏った変質者に、定規と共に差し入れられた武具の一つで、その質は最上級格のA相当。

「さあて、試し撃ちだ」

 これまた枝のような矢が番えられ、標準は上に向ける。

「一発目からとはいかねえだろうが……応戦狙撃、撃つ!」

 てきとうな力と標準で、一発弓を放つ。

「弱過ぎた!」

 先方のやや前方に落ちると、爆ぜ、土煙を上げる。敵に損害はないが、確かに足は鈍った。

「なら次は……」

 さらに引き絞り、魔力を強く込める。次弾は敵陣中央よりやや前方に着弾、数十人が吹き飛ぶ。

「てことは、この中間だ!」

 感覚を掴んだエイジは、適切な飛距離と威力を割り出し、次々と矢を放つ。百発百中、とはいかないが、敵の数を削り、進行を牽制するには十分。

「敵高機動隊、接近してきます!」
「次は魔術といこうか。グリダヴォル!」

 先行してくる騎馬隊を認めると、杖を取り出す。銀の柄に、先端に取り付けられた水晶玉を囲う羽のような装飾が特徴的だ。これまた高ランクの武器。

「行けよ!」

 杖を掲げると、先端に陣が展開され、そこから照射されたビームが敵を薙ぎ払う。

「やはり、媒介があると違うな」

 今まで魔術は、杖や魔道具などを手に持って使うことなく、素手での展開だった。それに比べれば、威力や標準、コントロールといい、やり易さが段違いだ。

「宰相! 迎撃態勢に移行します!」
「了解した」

 牽制が功を奏したか、敵をある程度引き離し、余裕を持った状態での部隊展開が完了する。


 魔王国側が態勢を整えたことに警戒しているのだろう。両軍が睨み合う。

「宰相、どうか後方に__」
「いや、その必要はない」

 提案や静止に聞く耳持たず、自ら先頭に立ちゆっくり歩み寄る。予想外すぎる行動に、両軍のギョッとしたような注目を浴びるエイジ。

「やあやあ皆さん、こんにちは。いや、そろそろ今晩は、かな」

 優雅に(なつもりで)一礼する。そのあまりの胡散臭さに、兵士達がどよめく。けれど、これは想定通り。不審な挙動で警戒させ、攻撃を躊躇わせることで交渉しやすくする。

「今回私たちは、戦いに来たのではない。というわけで交渉がしたい。代表者はいるかな?」

 その言葉に一瞬躊躇したようだが、

「だれが魔族ごときと!」
「帝国の怒りを思い知れ!」
「ものども、かかれぇ‼︎」
「「「ウオオオォォォ!!!」」」

 一蹴される。しかし、これも想像通り。寧ろ飲まれては困る、戦えない。そして、後ろの魔族達に不審がられることもない。

 魔王軍は小規模で、戦力差は圧倒的有利。王帝連合が、この報復の機会を逃すようなことはしなかろう。

「やれやれ、どっちが野蛮なんだか」

 彼は、掛かってくる兵士達から自身を守ろうとする魔族たちを手で制す。この程度で手を煩う必要もない。繰り出される槍や剣を摘んで兵士ごと放り投げたり、手刀で折り、殴り砕く。十数名相手して最初は楽しめたが、ちょっと経ったら飽きて面倒になったので、再度杖を出す。

「詠唱省略、O T A M S. 第五位魔術『Gouging Tornado(ゴウジング トルネード)』 」

 掲げた杖の先端にできた魔術陣。その陣は敵陣中央の地面に投射されると、そこから巨大な竜巻が発生し、百人規模を纏めて雑に吹き飛ばしてしまった。詠唱の省略により威力は落ちているが、雑兵相手には対して影響はない。

「ま、こんなもんだよな……」

 と、自分の強さに少し呆れてしまう。20%でこれだ。最早自分に、上級魔族以外の敵はいないだろう。そう思い至ってしまう。

「力の差は、分かってくれたね? では最後のチャンスだ、退け」
「断る!」

 強く拒否した者、その顔には見覚えがある。

「おやおや君は……ええと、ら? …り、りゅ? ……りょ__」
「リョウマだ‼︎」
「ああそうかそうか、忘れてたよ。てっきり何処かで野垂れ死んだかと思ってた」

 初陣で一度戦った、所謂勇者くんだ。帝国を襲撃したときにでも、その辺で巻き込まれて死んでた訳ではなかったようだ。

「よくも帝国を……覚悟!」
「ふふっ、少しだけ楽しめそうだ……」
「皆の者、行くぞ!」

 小隊長らしき者が号令をかけると、周りの兵士達も一斉に突撃する。すると驚いたことに先鋒の雑兵はエイジをスルー、後ろの兵士たちと交戦を始めた。

「まさか最強格に背中を向けるとはね!」

 素通りされたことを意外に思いながらも、無防備な背を向けている奴らに指先から魔力弾を放地、無慈悲に仕留めていく。

「お前の相手は俺たちだ‼︎」
「君に何ができるというんだい、リュウトくん?」
「なんだと……!」

 軽く煽ると顔を赤くして激憤していた。前と違うのは、仲間が数人増えていたことくらいだ。

「まあいい、始めよう。かかってきなさい」

 その言葉とほぼ同時に、仲間と陣形を組んで向かってくる。

「さてと……『evileye(イービルアイ)』activate(アクティベート)‼︎」

 普段は前髪で隠れている左目を、髪をかき上げて露出させる。そして、もう片方の手の指をパチンとひと鳴らし。と同時に彼の紫眼が光り、何かがパリンと砕ける音がする。それは勇者御一行様の強化魔術が解除されたことを意味する。この魔眼、石化以外にも様々な能力があるようで、意外と便利。

「壊してしまったお詫びに、これをどうぞ」

 杖を取り出し、振り下ろす。その拍子に幾重もの弱体魔術がかけられ、敵対者達は立つことすらままならなくなる。これで無力化、と思ったが、どうやら彼らは折角のプレゼントを返品しようとしているようだ。

「おっと忘れてた、魔術封印!」

 再び目が輝き、敵の魔術を封じる。

「ついでに、硬直!」

 これで完全に身動きを封じた、と思い周りを確認すると、いつの間に周囲の兵士たちがこちらを向いていた。つまり、囲まれた。

「ふうん、なるほど。他の雑魚は最低限の人員で抑えて、主将を集中攻撃するって寸法か……最初からオレ狙いだったというわけね」

 首、手首と足首を回し、ファイティングポーズをとる。

「面白いじゃないか、遊んでやろう!」

 完全に舐めているエイジに憤慨し、掛かってきた兵士。そのうち一人に向かって、突っ込むと同時に一瞬で剣を取り出して斬りつけ、振り返って槍を投擲。横から来た兵士の顎を蹴り上げ、外套で隠れるように生やしておいた尻尾で後ろから飛びかかってきた兵士を薙ぎ払う。まるで見えざる手の如し。そして、正面にいた者を魔眼で硬直させ、レーザーで腹部を数人まとめて貫く。左に敵が固まっていたので、武器を複数召喚し飛ばす。初見殺しの不意打ち技ばかりで、戦った者は何が起きたかも分からぬまま次々倒れ伏していく。

 さて、勇者御一行様はさっきの妨害を解除するのに手一杯のようだ。今のうちに雑魚を片付け__

「……あれ? 何か違和感が……まさか! 貴様、影武者か⁉︎」

 オーラ、魔力が違う。よく見れば、顔と装備が似ているだけの、一般兵でしかない。

「一体いつから……うっ、ぐっ、ああ! 頭が……」

 そのことに気づき、本物を探そうとするが、突然締め付けるような酷い頭痛がする。

「能力の後遺症か……? くっそ、こんな時に! う…ぁ」

 寝不足の頭痛より、少し強い程度の痛みが遅い、集中が乱れる。

「くっ、イムフル!」

 隙を晒したエイジの後方から突撃してくる兵士達に、大斧を振り向きざまに薙いで吹き飛ばす。

「クソがァ……なっ⁉︎」

 頭を押さえ、喘ぐエイジのもとへ、人垣の中からリョウマが跳び上がり、不意打ちで斬りかかる。

__くっ、どうする⁉︎ 剣を出すか、盾で防ぐか? 魔術で防御を……いや、カウンターで撃ち落とす⁉︎ 槍で突く、石化させ……いや! あの剣は、避けっ__

 痛みで考えの纏まらないエイジは咄嗟に反応できず。辛うじて体を捩ることはできいた。しかし、この一瞬の迷いが明暗を分けた。

 真っ二つになることこそ避けたものの、右肩に攻撃をくらってしまう。普通の攻撃なら、到底彼の防御を貫通できないはずだが……


「なっ……オレの……腕が……」

 漆黒に煌めくその剣は特別だった。それは彼の護りを貫通し、右腕を切り飛ばした。

「グッ……ガッ……ガアアアアアァァァ!!!」

 自分の腕がゆっくりと切り離れていくのに一拍遅れて、想像を絶する痛みが彼の脳を灼く。今まで経験したことのないあまりの激痛に、彼は混乱する。

「これでトドメ__うわっ!」

 エイジのやや後ろに着地したリョウマは、振り返り首を刎ねようとする。しかし、エイジはダメージに錯乱し、封印された力を一気に解放。体から魔力を爆散させて周りの敵を吹き飛ばす。それで少し冷静さを取り戻したようだ。

 そして、痛苦で意識が朦朧としつつも、斬り落とされた片腕を拾い、傷口にあてがう。そして、幾重も回復魔術を過剰なまでにかける。断面が綺麗だったためだろう、傷はほぼ完全に塞がり痛みも引いたが、僅かに痺れが残る。だが、そんなことはどうでもよかった。彼はかつてないほどの怒りに身を震わせた。

「よくも……よくも‼︎ よくもこのオレ様の腕を‼︎ 絶対に……絶対に許さんぞ‼︎ 鏖だ‼︎」

 屈辱だった。こんな痛みは、生まれて初めてだ。

「カアアアァァァ……ハァッ!!」

 発狂しかけたまま力を五割、即ち、現在扱えるフルパワーまで解放する。

「つ、追撃する! 奴は手負い、倒すには今しか__」
「ダメだ、逃げるぞ! 仕留め損なった、これはマズイ! 見るからに暴走している‼︎」
「あ、ああ!」
「逃がすとォ……思うなァ‼︎」

 痛みと怒りに任せて絶叫すると、地面を蹴り、全速力で逃げ出した奴らを追う。

「我らが壁になるぞ! 我らの命を賭してでも、彼らを逃す!」

 しかし他の兵が間に入る。

「雑魚どもがぁ! ジャマをォ、するなァ‼︎」

 正面にいた奴を全力で殴りつける。殴りつけた兵士は体が破裂し、臓物が飛び散る。空いた左手で別の者の頭を掴むと、握り潰す。最早彼に理性は無い、完全に発狂してる。そうでもなければ、この様な惨たらしい殺しはしない。

「動きを止めろ! 妨害魔術__」
「フンッ!」

 ただでさえ高い抵抗力には、殆ど通らず。成功したとしても、形振り構わず動く。効いている様子はない。

「シッ!」

 魔力を込めた左手で薙ぎ払うと、軌道上にいた敵の体は真っ二つになった。

「ハアァ!」

 掌から魔力光線を打ち出す。それだけでランク4魔術以上の威力だった。一瞬で数十人が消し炭に。

「うラあァ!」
「防御!」

 盾を構え、防御を強化した兵士たちが阻み、周りからチクチクと魔術が注ぐ。飛びあがろうにも、結界に閉じ込められた。

「にィあぁぁァッ!」

 その間にも、憎き奴等はどんどんと離れていく。邪魔臭い雑魚どもに遮られ、もどかしさのあまり咆哮を上げる。

「ギイィィヤァァァ‼︎」

 目標変更。アイツらは見逃す。しかしその代わりに、この旅団の殿は一人残らず鏖殺する。拳で腹を貫き、蹴りで体を割り、指で体を引き裂く。手当たり次第に武器と魔力を撒き散らし、射程外にいる敵には接近して殴りつけ、蹴り飛ばし。怒りと本能のままに、暴れ狂った。

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