【R18】恋情

貴水

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8.告白

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――6月に入った。

生徒たちは衣替えで男子は、学ランからシャツとズボンへ女子は、ボレロから夏用のセーラー服へと替わる。セーラー服といってもスカーフはなく、大きな襟の下は3つの校章マークの入った銀ボタンで留められている。上は白色で下は紺色のプリーツスカートだ。左胸はお気に入りの自分の誕生月の花が刺しゅうされていた。もちろん男子も同様で刺しゅうされている。京子は冬服の制服よりも気に入っていた。


 相変わらず京子は、図書室へと通っていた。

梅雨になり、雨がしとしとと降りだす。

誠と出会ってからまもなく1年になろうとしていた。

図書室、カフェテリア、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下で、京子は行く日も、静かに誠を見つめた。

変わらず誠の瞳は、笑っているようで笑っていない。どこを見ているのか……わからなかった……。

6月に入ってからというもの、ますます誠の瞳の陰りは増しているように感じた。


「誠様……」

図書室での、誠の表情を思い出しながらお気に入りのピンクの傘を刺し昇降口を出る。

しとしとと雨が降っていた。放課後の夕刻――。

昇降口を出ると右手に渡り廊下が見える。京子はふと、数人の女生徒に囲まれた1人の男子生徒が目に入った。

ひときわ目立つ、長身の美形。そう、それは誠の姿だった。

誠を周りに囲む女生徒たちは、生徒会の役員なのだろうか?それとも、誠のファンなのか?いずれにせよ誠の側近くにいる事の許された人たちなのだ。京子は胸がチクリチクリと痛んだ。

「誠様は、遠い人……」

京子は小声で呟いた。

雨粒を見つめ、思う。

(……あの日、あの時、誠様に出会った)

ギュッとポケットの中のハンカチを握りしめた。1年前を思い出し……。

空を見上げ、目を閉じた。

ポツリポツリと顔に雨の雫が落ちる。

――あの日。静かに私の事を拭いてくれた手。男の人なのに綺麗な指をしていた。

黒く、緩くウエーブのかかった癖のある髪が印象的で、美しく整った顔をいっそう引き立たせた。

男の人だけど美しい、中性的な容姿……。一目で恋に落ちた――。

じわりと涙が溢れた。その涙は雨の雫と一緒に流れ落ちた。

気が付けば京子は刺していた傘を下に下げ、全身で雨をうけていた。


「……何、あの子?」

「えっ?」

「傘持ってるのにずぶ濡れ。変な子……」


ふと視線を感じた。

渡り廊下にいた生徒たちが京子を不審に思い見ていたのだ。

京子と誠の目が合った。

二人は静かに見つめ合った。

「…………」

「…………」

その様子を誠の隣で見ていた女生徒が促す。

「……変な子。行きましょ。誠様」

「…………」

誠は動じなかった。

誠は京子を見ると、京子の手に持っていたピンク色の傘に目を落とした。

「…………」

「…………」

雨は変わらずポツリポツリと京子を濡らした。

京子は渡り廊下の誠の近くまで歩み寄り、誠を真っ直ぐに見据えると、背筋をピンと伸ばして口を開いた。

「……好きです。一年前、初めてお会いした時からお慕いしておりました」

周りにいた女生徒たちがざわつく。けれど京子には周りの事など目に入りはしなかった。

京子には誠、唯ただ一人だけ……。

「……1年前?」

「はい。誠様は覚えていらっしゃらないと思いますが、1年前、今日のような雨の日でした。私が横断歩道を渡っていると、誠様の車が勢いよく走って来て私の前で急に停まられたんです。そのせいで私は泥水で汚れてしまって、誠様に車で送っていただいた事がありました」

「……ああ。そんな事もあったね……。どうりでそのピンク色の傘に見覚えがあるはずだ……」

「あの日は私にとって忘れられない日になりました。誠様にもう一度お会いしたくて、この学園に入学しました」

ポツリポツリと雨粒の音だけが響く。

「……忘れられない…ね…。僕にとっても忘れられない日……だよ」

「え?」

辺りは静かだった。

京子は、誠の瞳が一瞬、陰りを見せたような気がした。

「……あの日は、父と母の…葬儀の帰りだった…」

「!」

「そのせいか、運転手も僕も物思いに耽っていたのだろうね。急ブレーキを懸けた時は驚いたよ……」

再び女生徒たちが、ざわつき始める。

誠が身を載りだし、京子の前まで来ると、京子の掌から落ちたピンク色の傘を拾う。

京子は、その動作を暗闇に捕らわれた心の中で見ていた。

誠は冷たい声で囁いた。

「君の気持には答えられないよ……」

そっと京子に傘を刺した。

ポツリポツリポツリ。今度は誠が雨の雫で濡れる。

「…………」

誠は新校舎へと戻って行った。

辺りには誰もいなくなる。

ただ、しとしとと降る雨音だけが京子の耳に響くのだった。


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