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番外編
【本編終了後】彼の不安、彼女と幸せ
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結婚(本編終了)後。カイルがふとしたときに不安になること。
ややシリアス寄り。微糖気味。
降り注ぐ温かい太陽の光が、昼下がりの午後の書庫に入り込んでくる。
開かれた窓からは優しい風が入り込み、そのたびにカーテンを揺らした。
両壁には所狭しと本の並んだ本棚があり、部屋の中央には大人三人が余裕で座れるぐらいのソファーが鎮座している。その前に置かれたテーブルの上には、ティーポットと飲みかけの紅茶が注がれたカップがふたつ乗っていた。
穏やかな時間の流れるこの空間には、利用者がやってきたときから静かにページを捲る音が響いている。
ソファーに座っているのは、ふたりの男女だった。
ひとりは銀色の髪をひとつに括った、端正な顔立ちの男性だ。彼は涼しい顔で文章や図形の並んだページ──恐らく軍略についての本なのだろう──に視線を走らせている。
そしてもうひとりは、彼とは反対の黒い髪を持つ女性である。彼女もまた片手に本を持ってはいたが、その目は閉ざされ、彼の肩に頭を預けて眠っていた。
ふと、彼──カイルは、本から視線を外す。そして自分の肩に頭を預けてすやすやと眠る妻の姿を見て、くすりと柔らかい笑みを浮かべた。
出会いから、結婚式、蜜月と過ぎて、あっという間に月日は流れていったが、彼女に対する気持ちは減るどころか増していくばかりだ。こんなに穏やかなときを過ごす日が来るだなんて、彼女に出会う前、すでに《番い》に出会うことを諦め掛けていた自分に言っても、きっと信じないだろう。
「……ん」
そのとき、彼女が小さく声を上げた。起こしてしまったかと思ったが、そうではなく、頭を乗せる位置を調整しただけだったらしい。初めて会ったときに比べて随分と長くなった黒髪が風とともに揺れる。
今日香穂が身に付けているドレスは、胸元がわりと開いて、彼女の素肌が見える形のものだ。
着られるドレスが少なくなるから、と恥ずかしそうに言った香穂からのお願いで、触れられるところすべてに口付ける、ということは少なくなった。
けれど素肌と胸元を覆う生地との境目にちらりと見えたのは、昨夜の名残だった。
真っ白い肌に色濃く残る、キスマーク。カイルの、独占の印だ。
半分とは言え、カイルには獣の血が流れている。そして兄姉妹の誰よりも、その血は濃いだろうと、彼自身も気付いていた。
だからつい愛情表現のひとつとして、その素肌に口付けて甘噛みをしたくなってしまう。それに、彼女の白い素肌に自分の印が残ることがひどく嬉しかった。彼女は、香穂は自分の《番い》なのだと、改めて感じることが、できるから。
未だに彼女が元の世界へ帰ってしまうのではないかと不安で夢に見て──正夢にならないために必死に繋ぎ止めようとしているだなんて、格好悪い理由は彼女には言えない。
この幸せが、永久不変に続くことだけをカイルは願っている。
目覚めたら香穂がいて、おはようと言葉を交わし、家を出るときにはいってらっしゃいという彼女の声を聞いて仕事へ行く。
帰ってきたら、おかえりなさいと言って微笑む香穂を抱いて、夜眠るときにはおやすみなさいと口付ける。
こうしてふたりで過ごす時間に、きっと自分は妻のことをもっと好きになる。
毎日、顔を合わせて声を聞けることが嬉しい。香穂が可愛くて、愛おしくて仕方がない。常に傍にいて欲しいし、腕の中に抱いていたい。
結婚してしばらく経てば、そういう欲求は落ち着いていくと言うが、引いている血を考えると、その可能性は極めて低いだろう。
何せ結婚して三十余年過ぎても父は、未だに母のことが好きで仕方ないと言うように、傍に寄り添っているのだから。
昔は妻の尻に敷かれたくはないなと両親の姿を見て思っていたが、香穂になら尻に敷かれてもいいなと思っているあたり、やはりあの父の血を引いているのだと感じる。
──子どもが産まれたら、そのうち俺もその子に嫉妬するようになるのかな。
そう思わず考えて、そして出たのは、躊躇なしの「……なるな」という結論だった。
まだ出来てもいないのに気が早いが、その未来のとき、隣にいるのは香穂以外には考えられなかった。
「……かいる、さん、すき」
舌足らずな声で聞こえた言葉に、カイルの動きが止まる。視線を眠っているはずの香穂に向けたが、目覚めている様子はなく、寝息を立てて眠っていた。
夢でも見ているのだろうか。だとしたら、夢の中の自分が少し羨ましい。
だが、それ以上に、香穂の見ている夢が幸せなものでありますようにとカイルは願う。
「俺も好きだよ、──愛してる」
そう囁くと、心なしか香穂の表情が嬉しそうに緩んだ──気がした。
それだけで不安だった心が満たされる。
カイルは微笑みを浮かべると、開いていた本を閉じる。香穂の手をそっと取ると、頭を寄せて静かに目を閉じた。
初出:2018/06/13-07/23 web拍手
再録:2018/07/24 ムーンライトノベルズ
ややシリアス寄り。微糖気味。
降り注ぐ温かい太陽の光が、昼下がりの午後の書庫に入り込んでくる。
開かれた窓からは優しい風が入り込み、そのたびにカーテンを揺らした。
両壁には所狭しと本の並んだ本棚があり、部屋の中央には大人三人が余裕で座れるぐらいのソファーが鎮座している。その前に置かれたテーブルの上には、ティーポットと飲みかけの紅茶が注がれたカップがふたつ乗っていた。
穏やかな時間の流れるこの空間には、利用者がやってきたときから静かにページを捲る音が響いている。
ソファーに座っているのは、ふたりの男女だった。
ひとりは銀色の髪をひとつに括った、端正な顔立ちの男性だ。彼は涼しい顔で文章や図形の並んだページ──恐らく軍略についての本なのだろう──に視線を走らせている。
そしてもうひとりは、彼とは反対の黒い髪を持つ女性である。彼女もまた片手に本を持ってはいたが、その目は閉ざされ、彼の肩に頭を預けて眠っていた。
ふと、彼──カイルは、本から視線を外す。そして自分の肩に頭を預けてすやすやと眠る妻の姿を見て、くすりと柔らかい笑みを浮かべた。
出会いから、結婚式、蜜月と過ぎて、あっという間に月日は流れていったが、彼女に対する気持ちは減るどころか増していくばかりだ。こんなに穏やかなときを過ごす日が来るだなんて、彼女に出会う前、すでに《番い》に出会うことを諦め掛けていた自分に言っても、きっと信じないだろう。
「……ん」
そのとき、彼女が小さく声を上げた。起こしてしまったかと思ったが、そうではなく、頭を乗せる位置を調整しただけだったらしい。初めて会ったときに比べて随分と長くなった黒髪が風とともに揺れる。
今日香穂が身に付けているドレスは、胸元がわりと開いて、彼女の素肌が見える形のものだ。
着られるドレスが少なくなるから、と恥ずかしそうに言った香穂からのお願いで、触れられるところすべてに口付ける、ということは少なくなった。
けれど素肌と胸元を覆う生地との境目にちらりと見えたのは、昨夜の名残だった。
真っ白い肌に色濃く残る、キスマーク。カイルの、独占の印だ。
半分とは言え、カイルには獣の血が流れている。そして兄姉妹の誰よりも、その血は濃いだろうと、彼自身も気付いていた。
だからつい愛情表現のひとつとして、その素肌に口付けて甘噛みをしたくなってしまう。それに、彼女の白い素肌に自分の印が残ることがひどく嬉しかった。彼女は、香穂は自分の《番い》なのだと、改めて感じることが、できるから。
未だに彼女が元の世界へ帰ってしまうのではないかと不安で夢に見て──正夢にならないために必死に繋ぎ止めようとしているだなんて、格好悪い理由は彼女には言えない。
この幸せが、永久不変に続くことだけをカイルは願っている。
目覚めたら香穂がいて、おはようと言葉を交わし、家を出るときにはいってらっしゃいという彼女の声を聞いて仕事へ行く。
帰ってきたら、おかえりなさいと言って微笑む香穂を抱いて、夜眠るときにはおやすみなさいと口付ける。
こうしてふたりで過ごす時間に、きっと自分は妻のことをもっと好きになる。
毎日、顔を合わせて声を聞けることが嬉しい。香穂が可愛くて、愛おしくて仕方がない。常に傍にいて欲しいし、腕の中に抱いていたい。
結婚してしばらく経てば、そういう欲求は落ち着いていくと言うが、引いている血を考えると、その可能性は極めて低いだろう。
何せ結婚して三十余年過ぎても父は、未だに母のことが好きで仕方ないと言うように、傍に寄り添っているのだから。
昔は妻の尻に敷かれたくはないなと両親の姿を見て思っていたが、香穂になら尻に敷かれてもいいなと思っているあたり、やはりあの父の血を引いているのだと感じる。
──子どもが産まれたら、そのうち俺もその子に嫉妬するようになるのかな。
そう思わず考えて、そして出たのは、躊躇なしの「……なるな」という結論だった。
まだ出来てもいないのに気が早いが、その未来のとき、隣にいるのは香穂以外には考えられなかった。
「……かいる、さん、すき」
舌足らずな声で聞こえた言葉に、カイルの動きが止まる。視線を眠っているはずの香穂に向けたが、目覚めている様子はなく、寝息を立てて眠っていた。
夢でも見ているのだろうか。だとしたら、夢の中の自分が少し羨ましい。
だが、それ以上に、香穂の見ている夢が幸せなものでありますようにとカイルは願う。
「俺も好きだよ、──愛してる」
そう囁くと、心なしか香穂の表情が嬉しそうに緩んだ──気がした。
それだけで不安だった心が満たされる。
カイルは微笑みを浮かべると、開いていた本を閉じる。香穂の手をそっと取ると、頭を寄せて静かに目を閉じた。
初出:2018/06/13-07/23 web拍手
再録:2018/07/24 ムーンライトノベルズ
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