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第二章 郵便屋さん

第29話 ヤッホー

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 窓から差し込む朝日。静かな室内。手に持つカップからは、コーヒーのよい香り。まさに理想的な朝と言えるでしょう。

「さて、いつ起こそうかな」

 僕は、椅子に座ったまま、壁にかけてある時計に目をやりました。

 時計の針は九時半を指し示しています。朝とはいっても、多くの人が起床し、活動を始めている時間。ですが、この家には、まだベッドの上で眠りの海をさまよっているお方が一人。そう、師匠です。

 朝にめっぽう弱い師匠。基本的に、僕が起こしに行くまで、ベッドの上でスヤスヤと眠っています。朝起こさずにいると、昼過ぎになってようやく自室から出てくるのです。昼夜逆転というやつですね。

「まあ、今日は仕事もないし、もう少し寝かせてあげようかな」

 そう呟いて、僕はコーヒーを飲み干します。そして、カップを洗おうと椅子から立ち上がりました。

 ちょうどその時。

 コンコン。コンコン。

 誰かが家の扉を叩く音。

「あの人かな?」

 僕と師匠が住んでいるのは、『迷いの森』と言われる場所。滅多に人が来るような所ではありません。ある一人を除いては。

 僕は、カップをテーブルの上に置き、扉に近づきます。そして、ゆっくりとドアノブをひねり、扉を開けました。

 ギギギと鈍い音をたてながら開く扉。ヒュッと室内に流れ込むさわやかな風。木々の優しい香り。

「やっぱりですか」

 僕の目の前には一人の女性。青色の三角帽子。軍隊のような制服。整えられた綺麗な短い黒髪。

「ヤッホー。弟子ちゃん、おはよう」

「おはようございます。郵便屋さん」
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