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第五章 弟子

第130話 よかった……

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 師匠の魔法によって、男性は、ピクリとも動かなくなってしまいました。

「し、師匠……」

 思わず僕の口から漏れだす言葉。それに反応するように、クルリとこちらを振り向く師匠。いつもと何も変わらない姿。それなのに、どこか別人のように感じてしまいます。

「あの……この人たちは……」

「大丈夫。殺したりしてないよ。ただ眠ってもらっただけ。まあ、起きるのは三日後くらいになると思うけど」

「三日後!?」

 相変わらず、とんでもないですね。

 師匠は、僕が座る椅子の前に立つと、ヒュッと杖を一振り。すると、僕の手足を縛りつけていた縄がほどけ、自由に動かせるようになりました。

「えっと……僕……」

 僕は、ゆっくりと立ち上がります。ちゃんとお礼を言いたいのに、なかなか口が動いてくれません。

 なぜかって? 当り前じゃないですか。今回のことで、僕がどれだけ師匠に迷惑をかけてしまったのか。全く計り知れません。ただ、少なくとも、「ありがとうございます」なんてちんけな言葉で済ましていいものでないことは確かです。

「よ……」

 僕がお礼を告げられずにいると、不意に、師匠が小さく何かを呟きました。

「師匠。何か言いま…………え!?」

 目の前の光景は、果たして現実なのでしょうか?

「よかった……」

 ボロボロ、ボロボロと。師匠の目からは、次々と大粒の涙が。

「し、師匠。あの……」

「よがっだあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「うええ!?」

 響き渡る師匠の泣き声。その姿は、まるで、親を見つけて不安から解放された子供のよう。

「で、弟子君に、何かあったらって思ったら……私……私……うわああああああああああん!!」

「お、落ち着いてください!」

「びやああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」

 大声で泣き続ける師匠。先ほどまでの師匠は一体どこへ行ったのやら。もう面影すらありません。

 思わぬ展開に、僕の頭は混乱しっぱなし。とりあえず、一旦外に出た方がいいのではと考え、師匠の背後に視線をやりました。

 その時、気がつきます。師匠の背後で、男性がナイフを持って立っていることに。
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