ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ

takemot

文字の大きさ
42 / 61
第三章 僕の知らない死神さん

閑話 とある日のお出かけ③

しおりを挟む
「しかし、そっか。ボクのいた将棋部にも新しい仲間が増えたんだね。よかった」

「私、部長がいなくなってから頑張ったんですよ。『将棋部を任せるぞ』っていう部長の言葉、今でも覚えてます」

「……重荷じゃなかったかな?」

「と、とんでもないです! 部長は、私に居場所をくれました。そんな部長の思いに応えることが、重荷なわけないじゃないですか!」

「フフ。ありがとう。そう言ってくれると、ボクも嬉しいよ」

 部長さんは、先輩に向かってゆっくりとその手を伸ばします。

 そして。

 なでなで。なでなで。

「……部長。恥ずかしい、です」

 なでなで。なでなで。

「フフ。やっぱり君は可愛いね」

 なでなで。なでなで。

「ぶ、ぶちょー……」

 僕たちは今何を見せられているのでしょうか?

 歯の浮くようなセリフを吐きながら先輩を撫でる部長さん。部長さんに撫でられ、トロンとした表情を浮かべる先輩。二人の周りには、ピンク色のオーラが漂っています。僕と死神さんのことなど蚊帳の外。完全なる二人だけの世界が構築されていました。

「そうだ。君、今日はすごくおしゃれしてるね。ボク、思わず見とれちゃったよ」

「あ、ありがとうございます。えへへ」

 本当に、何を見せられているのでしょうか? あと、目の前にいる先輩は、本当に先輩なのでしょうか? いつもの強気な彼女はどこへ?

「ねえ」

 不意に、死神さんが小声で僕に話しかけてきました。

「何ですか?」

「えっと。なんかごめん。軽い気持ちで、『先輩ちゃんに挨拶しに行こう!』って提案しちゃって。まさか、こんな甘々展開になっちゃうなんて思わなかったよ」

「別にいいですよ。まあ、胸やけがすごいですけど。ハハハ」

「ハハハ」

 僕たちの口から漏れるのは、乾いた笑い声。一体だれが予想できたでしょう。イケメン部長さん(女性)の登場、先輩のキャラ崩壊、そして、砂糖を吐いてしまうような甘ったるい世界の構築を。

「行きましょうか」

「そうだね。二人の邪魔しちゃ悪いし」

 僕と死神さんは、二人に気づかれないように、こっそりとその場を後にしました。



♦♦♦



「なんか、すごかったね。いろいろと」

「そうですね」

「月曜日、どうなるかな?」

「どうなるんでしょう、本当に」

 だんだん月曜日の到来が怖くなってきました。おそらく先輩は、いつも以上に鋭い目つきで僕に迫ってくるのでしょう。「もし土曜日のことを誰かに言ったりしたら……ワカッテルワヨネ」という脅迫付きで。

 仮病使おうかな。

「ま、まあ、気を取り直して、次行こう!」

 そう言いながら、死神さんは、握り拳を天空に向かって突き上げました。

「どこに行きますか?」

「そうだね。あ、じゃあ、さっきのペットショップにもう一回行きたいな」

「……また、周りの人をドン引きさせるようなことはやめてくださいよ」

 周囲の「うわあ……」という視線。思い出しただけで背筋がゾクッとします。もうあんな恥ずかしさはこりごりです。

「大丈夫、大丈夫! さあ、行こう!」



♦♦♦



 数分後。

「うにゃあああ」

 僕は、ペットショップから死神さんを引きずり出していました。即落ち二コマとはこのことでしょうか。

「うう」

 目をウルウルさせながら、ペットショップの入り口を見つめる死神さん。

 僕の心にチクリと軽い痛みが走ります。ですが、たまには厳しくいくことも大切ですよね。

「死神さん。柴犬の子どもが可愛いのは分かりますけど、もう少し節度を持ってください」

「ううううう。分かったよ」

「とりあえず、次は別の場所にしましょう。『別の』場所です」

 ここまで強調しておけば、「もう一回ペットショップに行くチャンスを!」とは言われないでしょう。さすがの死神さんでも。

「別……」

 死神さんは、腕組みをしながら考え始めました。ですがその目は、確実にペットショップの方へと向けられています。

 え? まさか言いませんよね?

「よし。決めた」

「ペットショップ以外ですよ」

「うん。君の行きたい所、行こ」

「へ?」

「私の行きたいところだけ行っても面白くないしね」

 こちらに向けられる赤い瞳。そこに映る僕は、一体どんな表情をしていたのでしょうか。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...